第160話 さて、どうしたものかね?

 階段を降りていき、受付で挨拶をしたあと俺たちは支配人室へ向かった。


「お疲れ様でございます」

「あ、はい。お疲れ様って、ジェノさん」

「はい?」


 あれ? ジャムさんとこの一番上のお姉さん、ジェノさんことジェノルイーラさんがいるんだけど?


「マイラ陛下のこと、良いんですか?」


 そうそう。彼女は本来、マイラヴィルナ陛下の専属みたいな立場なんだ。けどさ。


「はい。今日はその、ロザリエール様がいらっしゃいますのでその……」


 そうなんじゃないかな? と思ったとき、麻夜ちゃんがこっそり俺の耳元でこう言うんだ。


『暇なのよん。察してあげてねん』

『あー。そういうことね』

「お忙しい中失礼いたします公爵閣下。タツマ殿下、マヤ殿下がお着きになりました」

『通していいよ』


 奥からプライヴィア母さんの声。


「どうぞお入りください」

「ありがと」

「ありがとん」

『殿下だって、麻夜のこと』

『そりゃそうでしょうよ。公爵家の令嬢なんだから』

『うぷぷぷ、……麻夜ってば公爵家ご令嬢だったのね。まるでラノベみたいな展開』

『はいはい』


 あ、ジャムさん小さくなってる。自分の机の椅子に座って、お茶の入ったカップを両手で持って。ま、仕方ないわな。どれだけ長い時間、プライヴィア母さん、いたのよ。


「待っていたよ、タツマくん、マヤくん」

「あ、はい」

「お母さんただいまー」


 そういや麻夜ちゃん、俺よりもプライヴィア母さんに慣れちゃってる。麻夜ちゃんに『お母さん』って呼ばれてるプライヴィア母さんも、普通に受け答えしてるから。

 麻夜ちゃん、ソファに座ってるプライヴィア母さんに抱きついて、何気にモフってるし。親子の戯れとはいえ、根性あるな、ほんと。

 あ、肩口に顔埋めてくんかくんかしてる。あれが『猫を嗅ぐ』ってやつなのか?

 猫好きにはたまらない匂いがするとかしないとか。モフ好きなのは知ってるけど、麻夜ちゃんやっぱり匂いフェチなんじゃないの? 何がどういいのか、麻夜ちゃんにあとで聞いてみようかな?


 虎人族のプライヴィア母さんは、俺の匂いを嗅ぎ分けてドアを開けた瞬間『虎ハッグ』とか驚かせることがあった。けれど、匂いをどうこうするというのはきっと、獣人さんたちの間では普通のことなんだろうと思うんだ。

 ワッターヒルズにいるクメイリアーナさんもそうだったな。俺が近づいただけでドアが開くもんだから、自動ドアかと勘違いするくらいだったし。彼女も獣人さんだから普通のことだったんだろうな。きっと。


 それにしたって、この露骨なくらいに匂いを嗅いでる麻夜ちゃんに対して何のおとがめもしない感じ。プライヴィア母さんの器の大きさなのか、それとも虎人族のような獣人さんの間ではちょっとした子供のじゃれ合いのようにとられているのか。


「タツマくん、麻夜くん。スイグレーフェン、ワッターヒルズと同様、非常に手厚く治療をしてくれていると、報告を受けてるよ」

「いえ、俺ができるのはその程度ですから」

「うんうん。麻夜もね、兄さんと同じですよー」

「本当に種族は違えど、良い息子を、良い娘を持つことができたと思ってる。ありがとう」


 プライヴィア母さんはテーブルに額が着いちゃうんじゃないかって思うほど、頭を下げるんだ。麻夜ちゃん、よく落ちないな……。

 母さんの顔が上がったとき、広角が持ち上がってそこに牙が光ってるくらいにニヤッと笑うんだよ。


「さて」

「はい」

「う、うん」


 もそもそとプライヴィア母さんから降りて、俺の隣にちょこんと座る麻夜ちゃんと、自分の机で大きな身体を小さくして事態を見守ってるジャムさん。


「どうやって口を割らせようかね……」


 ジャムさんの尻尾がぶわっと広がってる。ビビってるビビってる。わかるようんうん。まじでおっかないから。その笑顔。食べ物の恨みは怖いんだよ。うんうん。まじで。

 麻夜ちゃんが隣で俺の手に両手を乗せてぎゅっと力を入れてるんだ。痛い痛い結構痛い。きっとビビってる。わかってる、わかってるから。俺もちょっと怖いから。


 俺は麻夜ちゃんの背中をぽんぽんと軽く叩いて、『はいはい、怖くない怖くない』って声をかけた。すると、俺の手を痛いほど握ってたのが、和らいでくる。


『兄さん、あのね』


 麻夜ちゃんがごにょごにょと俺の耳元で相談事。うんうん、まじですかー。


『うん。それはいけると思う。でもできるの? そんなこと』

上空そらから「狼人族」だって見えたんだよ?』

『あ、それはそうか。うん、ならいける。やってみる価値は十分あるよ』


 麻夜ちゃんのビビりがちな目元に力が入ってくる。俺を見てた彼女は、プライヴィア母さんを向いて、目をしっかりと見て話す。


「あ、あのねお母さん」


 身長差があるから、見上げる感じになるのは致し方ないんだけどね。だから余計に、頑張ってる感は出てると思うんだよ。


「どうしたのかな? 麻夜くん」


 更にプライヴィア母さんを見つめて麻夜ちゃん。


「そのね、ウェアエルズあっちの人たちの取り調べ、麻夜に任せてくれませんか?」

「ほほぅ、……何やら自信がありそうだね?」

「はいっ、お母さんの期待に応えられますよ。絶対にね」


 麻夜ちゃんは、俺のほうを振り向いてやっと笑顔になった。

 プライヴィア母さんがこっちを見てるから、ひとつ頷いてみせた。すると、腕を組んでうんうんと納得してくれたよ。


「いいだろう。やってみなさい」

「ありがとう、お母さん」


 俺、麻夜ちゃん、母さんとジャムさんは、4人でぞろぞろとギルドの地下室へ。石造りの建物だし、ダンジョンみたいな感じなんだろうなと予想していたんだけどさ。なんとまぁ、まったく圧迫感がありゃしない。

 そりゃそうか、ジャムさんやプライヴィア母さんが余裕で降りられる位幅のある階段だし。地下2階まで階段降りたら納得。通路もそう。ジャムさん三人くらいがすれ違えるくらいの広さがあるんだから。


 ジャムさんが先頭になって歩いてる。次にプライヴィア母さん。麻夜ちゃんと俺。牢屋だと思ってた地下は部屋のドアが並んでるだけ。これはこれで意外性があってなんとも新鮮だよね。


「ねぇねぇ兄さん」

「何かな?」

「麻夜たち、牢屋に向かってるんじゃないの?」

「俺もそう思ったけど、違うのかもだね」

「んむぅ」


 あ、突き当たりにドアがあるよ。ジャムさんが余裕で通れる大きさ。これもすげぇ。


「ジャムさん、ここに?」

「そうです。地下牢は私の実家にもありますが、色々とそのあそこは危ないものですから」


 もしかしたら、ジェノルイーラさんがストレス解消にあれこれやらないか心配してたりなんかして。


「うちの一番上の姉がですね」

「あぁそうだね。あの子ならやりかねないかな?」

「はい。ここの方が安全ですから……」

「まじですかー」

「まじですかー」


 いわゆる処断コースってやつか。マジドン引きかもだわ。俺が人様のこと言えた義理じゃないのは重々承知の助。まだいいじゃん、生き返らせただけさ。


『ジャムさんとこに置いちゃうと、処されちゃう可能性が』

『うん。あったのかもしれないね……』

『ストレス溜まってるんだろうねー』

『まじやばいわ』


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