第163話 長年の積もり積もった。

 俺たちはウェアエルズの犬人族あちらさんの尋問を終えてささっと帰ってきたんだ。

 いやはや、プライヴィア母さんが機嫌の良いこと良いこと。長年の積もり積もったものが解消できたんだろうな。まだオオマスの不漁が解決したわけじゃないけど、『来年は我慢せずに食べられるようになるよ』って嬉しそうに言ってたっけ。


「そういや麻夜ちゃん」

「なんでしょ兄さん」

「麻夜ちゃんってやっぱり猫派なの?」

「よくわかったねぃ」


 隣でお茶をいれてくれてる、麻夜ちゃん付きの侍女で猫人族の女性、ディエミーレナさんの尻尾をもふってる麻夜ちゃんが即答するんだ。モフられながら平然と仕事をこなしてるレナさんも、ジャムさんやプライヴィア母さん同様、凄いなとは思うんだけどね。


「そりゃね。あの犬人族ひとたちの尻尾に興味なさそうな感じだったから」


 ジャムさんに対するモフりまたを見ればわかるけど、麻夜ちゃんは基本、男性女性構わずモフる。けど、犬人族さんたちの治療中、驚きか感動かわからないけど、尻尾振ってたのを見てるはずな彼女は、目で追ってる感がなかったんだよね。


「あー、だからか」

「ん?」

「ワッターヒルズのギルドでクメイさんにも素っ気なかったの」

「あー、うんうん。犬さんはあまり興味がないのと、ロザリエールさんとの関係がねー、険悪な感じだったからねぃ」

「あ、そっちもか。うん、相性悪い――」

「ご主人様、お茶のお代わりを」

「あはい。ありがとうございます」


 びびびびっくりした。いつの間にかロザリエールさんがいるし。あっちでマイラ陛下さんがクスクス笑ってる。俺何かまずいことやった?


「あはは。とにかくね兄さん。犬派と猫派の間には某ジャンルのかけ算の要に、深くて険しい狭間があるのだようんうん」


 何やら物騒な言葉が聞こえてきたんだけど。


「モフりながらドヤらないの。レナさんも大変だね」

「いえ。慣れておりますので」


 ジャムさんみたいに平然としてる。プロだなって思うわ。さすが俺より2つ年上だけはあるかー。

 猫人族も虎人族、黒森人同様に長命らしいから。寿命換算したら、麻夜ちゃんと同じくらい、もしかしたらもっと若い感じかもだからね。


 ▼


 その日の晩、ジャムさんはプライヴィア母さんの屋敷で俺たちと一緒に夕食をとっていた。なぜならこの後、例の報告があるはずなんだ。夕方あたりにやっと報告書のまとめが終わったらしくて、それなら一緒にということで、今は晩ご飯中。


「これはなんというか、中毒性のありそうな美味ですね……」


 ジャムさん、ロザリエールさん特製のマヨソースに驚いてる。


「兄さんがおなかを痛めて作ったのを、ロザリエールさんが完成させてくれたんだもんね?」

「やめってってば。まるで俺がおなかを痛めて産んだみたいじゃないのさ?」

「とにかくですね、とても美味しゅうございました」

「いいえ、どういたしまして」


 俺の後ろにいたロザリエールさんも満更ではない様子。

 今夜の晩ご飯、メインディッシュは俺と麻夜ちゃんで話していて、食べたくなったオオマスのムニエルマヨソースがけ。これがまた美味いんですよねー。

 次の作戦の前祝いというか、勢いづけというか。50センチくらいの半身。これを1人1枚の大盤振る舞い。麻夜ちゃんと俺はその半分、大きすぎるからさ。プライヴィア母さんは『たまにはいいだろう』って許可してくれたんだ。

 ジャムさんったらさ、オオマスをおかずにパン食べてた。やっぱり虎人族もパン食べるじゃないのさ?

 肉だけじゃさ、ジャムさんの大きなからだは維持できないと思う訳よ。カロリー的にも穀物食べなきゃだめでしょ、……ネコ科だけに油なめたりしなけりゃだけどさ。


 俺も麻夜ちゃんもおなかいっぱい。プライヴィア母さんもご満悦。ジャムさん、この身体で案外小食なのかな? あれで足りるんだろうか? 俺も麻夜ちゃんも行儀悪いのわかってるけど、マヨソースを一滴も残したくないからパンで拭って食べちゃったし。……さておき。


「ま、まずはですねそのっ、ゲーネアス氏が男爵であることは間違いないようです」


 食後のお茶タイム。ジャムさんはお茶の香りを楽しんだあと、思い出したかのように報告を始めたんだ。


「ふむ」

「ブレーアス、リーヅアス、メクーアスの3名」


 ジャムさん、3人に『氏』をつけてないな。ということは。


「彼らはゲーネアス氏の家臣ということになりますね」


 確かグリースエ男爵だっけ? 男爵の家臣というと騎士爵になるのか? それともただの家臣なのか? わかんないけど。


「ほほぅ」

「ゲーネアス氏はいわゆる役人で、普段は入国管理の統括をしているとのことです」

「入国ってどういう?」

「ジャムさんジャムさん、入国管理って門番、統括ってことはその親方さんってことなの?」

「貴族でしょ? そんなわけ――」

「はい。マヤ様のおっしゃるとおりです」

「まじですかー」

「まじですかー」


 麻夜ちゃんも言ってみただけだったらしく、普通に驚いてる。俺もなんだけどね。

 衛兵の管理。確かにお役人の仕事なんだろうけど。事務官よりも下の仕事っぽい感じはするよね。


「日中は交代で、入国の審査をさきほどの3人で取り仕切っているとのことでした」

「門番さんってことか、あれって貴族の仕事なの?」

エンズガルドわがくにでは、軍の管轄ですね」

「そだよね。麻夜の目にはとてもとても、軍人さんには見えなかったもんね」

「うん。線が細いというか、どっちかというと役人って感じ?」

「そっそ。事務仕事かと思ったのよん」

「そうするとだね、ジャムリーベルくん」

「は、はいっ」


 プライヴィア母さんからの質問だ。さっきまで一緒に晩ご飯食べてても、いざ報告となると緊張すんのね。


「彼らはオオマスの処理などに関していえば、管轄外ということになるのかな?」

「おそらくそうだと思われます。普段からあのような斥候任務をこなしているわけではないようですし」

「だよねぃ。いくらエンズガルドこちらがわの出方がわかってるからってさ、慣れている仕事で油断してるからって、あの格好は斥候スカウトには見えないもんね」

「うん。あれは荒事の服装じゃないよ。冒険者にも見えやしないから」

「まったくもってその通りです」


 さすがのジャムさんも呆れてるっぽい。でもなるほどね。


「結局さ、あちらの狼人族も犬人族もさ」

「はい」

「オオマスは食べるために捕ってたわけじゃないんでしょ?」

「そうですね。魔石目的だという話です。もちろん、あのオオマスの焼けた匂いは、焼却処分とのことでした。実にもったいないです……」

「あぁ、全くだね……」


 ジャムさんとプライヴィア母さん、まじで怒ってる。食い物の恨みは根深いわ。


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