第153話 さぁ、原因を突き止めようかね。

 俺たちの目の前にある大きなテーブルの上に、湖の形をした地図のような見取り図が広げられてた。そこに赤いペンで矢印を書き入れていくジャムさん。


「この位置からこちらの方角へ匂いが出ているとのことです。先ほど私も確認したので間違いはないかと思います」


 向こう側のおそらく浅瀬、浜になってる部分なのかな? 右寄りに矢印が数本書かれてる。風は真北から吹いてるっぽいけど、匂いの向きは右側からという感じだね。


「それで今回はどうするの? 俺たちが強襲するわけにもいかないでしょ?」


 ロザリエールさんと麻夜ちゃんがいるから、やってやれないことはないけどさ。そのまま争いごとになっちゃったりするのはちょっとまずいと思うんだよ。


「はい。こちらからは船を2隻出します。1隻は囮で、もう1隻は援護ということになります」

「うん。全部で何人?」

「はい。操船するものが1人。ほかに2人で合計6人になります」

「なるほどね。とにかく今回は俺たちがいるんだ拿捕だほされることはないから、しっかり証拠をつかもうよ。母さんからも『期待してる』って言われちゃったからさ」

「お互いに……」

「大変だよねぇ……」


 俺はプライヴィア母さんから、ジャムさんはジェノさんからの期待が肩にどっしり重たい。似てるな俺たち、なんとなく。


「ところでさ、行き当たりばったりですっかり忘れてたんだけどね」

「どしたの兄さん」

「虎人族さんや猫人族さんたちはさ、匂いで人を認識できるんだろうけどさ」

「うんうん、便利だよねー」

「セントレナは見えるみたいだけどさ、もちろんアレシヲンもね」

「うん」

「麻夜ちゃん見える?」

「うんにゃ」

「だよねぇ……」


 すっかり忘れてたのよ。こんな暗くなって、上空から船の状態見えないわけよ。それに今さっき気づいたってわけ。


「あーそれ、麻夜はだいじょぶっぽい」

「なんで?」

「ロザリエールさんがね、それっぽい魔法を使えるんだってさ」

「まじで?」

「はい。あたくしが闇の魔法を付与できますので」

「そっかそっか」

「あ、ですが。あたくしから離れてしまうと難しいと思うのですが……」

「え?」

「麻夜くらい近くないと駄目っぽいよ」

「じゃ、俺は」

「うん。無理」

「申し訳ございません」

「まじですかー」


 ばふっ、と俺の頭にいつもの感触。


「うん。セントレナ、どした?」


 俺が振り向くと同時に、セントレナは乗せた顎を持ち上げて、俺を見下ろして見覚えのある目をするんだよ。あぁこれはよく、ロザリエールさんがする目。『駄目な子を見る目』だわ。


『くぅっ』

「何?」

『くぅ、くぅっ』

「もしかして、セントレナが?」

『くぅっ』

「任せなさいって?」

『くぅっ』


 あ、声の質もそうだし、頷いてるよ。


「兄さん、ほんとにセントレナたんと会話できてない?」

「なんとなーく、わかるんだよね。セントレナは俺の話を完全に理解してるっぽいし」

「少々けますけどね。あたくしとしましては」


 ロザリエールさんが冗談言ってる。珍しいな。俺のやっちまったミスをフォローしてくれてるのかもね。


「よぉしっ」

「ん?」

「お母さんはアレシヲン譲ってくれないって言ってたけどね、仲良くしちゃ駄目って言われたわけじゃないのよねん」

「どういうこと?」

「だからね、アレシヲンとお話をできるべく、頑張ってみようかと思うわけ」

「ほほぅ。それは俺に対する挑戦だね?」

「兄さんに近いところまではいけると思うのよん」

「何を根拠に?」

「ほら。麻夜には『鑑定』があるから」

「うわ、チートいくないっ」

「ふふふん」


 そんな雑談をしながらだけど、俺たちは建物を出て、船の準備ができるのを待ってる。こちらは別に漁へ出るわけではないから、船を担いで出て行くだけみたいだ。


 担ぐとはいっても、カヌーのような細いものではなく、ごく普通の5人は乗れる漁師さんの船なんだ。それをひっくり返した状態で、どっこいしょと持ち上げる虎人族さんたち。

 三人で前、中、後ろと分かれて持ち上げてるんだけど、彼らは皆ジャムさんくらいの体格なんだよね。

 虎人族の男性は皆、ジャムさんみたいな大柄な人ばかりじゃないんだけど、漁師をしている人は案外体格がいいんだって。その後ろについていくのが、今回調査に出る冒険者さん。

 操船に慣れてる漁師さんと冒険者を兼務してる男性が1人、斥候が得意な冒険者さんが2人。それぞれ3人ずつで6人ということらしいんだ。なるほどなぁ。


 お手伝いの人も含めて合計10人の虎人族さんが歩いてる。その後ろをアレシヲンとセントレナがとことこ歩いてる感じだね。俺たちも知ってるあの東側にあった浅瀬。あそこまで船を持って行くんだって。

 ドン深になってて崖になってるこちら側から無理に下ろすことはないらしい。かなりあるもんな、水面までね。


 虎人族の皆さんが浅瀬に船を浮かべて乗り込んだ。俺たちはこのまま上空へ上がって待機することになってる。


「それではお願いします」

「了解」


 冒険者の彼らも、俺たちが上で待機してるから何かあったときには対応することがわかってる。だから安心して調査に出られるからか、表情が明るいんだ。

 そりゃそうだよね。彼らも走竜の2人の強さは話に聞いてるみたいなんだよね。おまけに俺のことも知ってるから、えらい頼りにされてるみたいだね。期待に応えなきゃだな。うん。


「麻夜ちゃん、いこっか」

「りょっかい」


 ロザリエールさんを見ると、彼女は麻夜ちゃんのうしろから頷いてくれた。


「じゃ、セントレナ」

『くぅ』

「アレシヲンたん」

『ぐぅ』


 船の上で照明を焚くわけじゃない。だから少し上がっただけでもう、見えなくなってきた。すぐ隣に飛んでるアレシヲンに乗る麻夜ちゃんの声は、まだ直接聞こえる感じかな。有事のときにはスマホでやりとりをすることになってるんだよ。


 いくらセントレナがアレシヲンの隣を飛んでるからといって、翼を広げたらそれなりの大きさがあるから寄り添って飛んでるわけなない。だからロザリエールさんの闇の魔法のバフを頼りに暗い水面を見通せるわけじゃないんだ。

 まともに見えてるのは、ロザリエールさんと麻夜ちゃん。アレシヲンとセントレナも見えてるっぽい。


「どう? 麻夜ちゃん」

「うん。今のところ2隻とも異常はないっぽいね」

「そっか。船の進路上に何か見える?」

「なんも見えませーん。広いねこの湖って」

「そだねー」


 2隻の船は真北じゃなく北東を目指して進んでる。実にゆっくりみたいだから俺たちはホバリング状態で船と同じ速度を保ちながら前に進んでる。

 船の動力は一応人力でいでる。緊急時には魔石を動力にして動くモーターみたいなのを使えるらしいんだけど、長い時間動かせるわけじゃないらしい。それでも結構速いらしいんだ。


「いやそれにしてもさ」

「ん?」

「あの船の周りの水、凄いねー」

「何が?」

「悪素」

「あー、すっかり忘れてた。なるほど、水しぶきを浴びるのも、身体に悪そうだからゆっくり進んでるとかあるのかな?」

「どうだろうね。飲まなきゃ大丈夫だと思うんだけど」


 麻夜ちゃんはそんな話をしてくれるけど、彼女の感じから今のところは異常がないっぽいとわかるんだ。ロザリエールさんも何も言わないもんね。


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