第154話 異常発生?

「兄さん、ちょっと後ろへいって」

「大丈夫なの?」

「最悪落ちても兄さんがいるでしょ?」

「いや、まだ麻夜ちゃん死んだことないでしょ? それに湖に落ちたら、音でまずいことに」

「あ、そうだった。でも大丈夫。ロザリエールさん、アレシヲンたんお願いね」

「はい。わかりました」


 セントレナより少し上に飛んでるアレシヲンから飛び移る麻夜ちゃん。


「よっと。セントレナたん、痛くなかった?」

『くぅっ』


 大丈夫と言ってる口調。

 うまく落ちて、俺とセントレナの首の間にすっぽり収まる麻夜ちゃん。


「はい。兄さん」

「ありがと」


 ロザリエールさんから預かった、肉と野菜と、マヨソースの入ったサンドイッチみたいなパン。


「麻夜ちゃん」

「なんでしょ?」

「飲み物は大丈夫?」

「もっちろん。インベントリ様々ですよん」

「抜かりはないわけだね」


 俺もインベントリの中には温かいものも冷たいものも、酒も入れてるからね。


「今度はセントレナたんが少し上に飛んでくれるかな?」

『くぅ』


 ほんと、身軽なものだよね。あっという間にアレシヲンの首とロザリエールさんの間に滑り込むように落ちた麻夜ちゃんの姿。


 今のうちに晩ご飯を食べようということになったんだよね。でも、持っているのはロザリエールさん。それならと麻夜ちゃんが預かって、インベントリに突っ込んで俺の近くに来たってこと。

 落ちたら即死は免れない上空を飛ぶセントレナとアレシヲン。そんな二人の間を、ほいほいと飛び移るのは怖くないのかな?

 いくら死んでしまっても俺がなんとかするからって、痛いんだよ? 苦しいんだよ? 死ぬのってさ。麻夜ちゃんはまだ知らないから、こんな気軽にできるのかもだけど。まぁ、それだけ俺のことを信じてくれてるのは嬉しいんだけどさ。


「いただきます」

「いただきまーす」

「はい」


 うん。さっすがロザリエールさん、相変わらずのうまさ。あーでも、ダンナ母さんが作ったのかもだよね。ま、このソースは俺が大失敗して、ロザリエールさんが作り直してくれたものなのは間違いないけどさ。


「あれ? ロザリエールさんは?」

「大丈夫ですよ。あたくしはマイラ様と一緒にいただきましたので」

「あ、そっかー。麻夜たちちょっと遅くなっちゃったもんね」

「味見も兼ねていますので、気にしないでくださいね」

「うんっ」


 ロザリエールさんはこの程度のことでは嘘を言わない。だから本当だと思うんだ。彼女は俺が、隠し事をしたり嘘をつかなけりゃならない状況を作らないためにも、そうしてるって言ってたっけな。

 おそらくだけど、ジャムさんところから連絡がいったときに、急いで食べたんだと思う。俺たちの弁当を詰めてるときに、マイラ陛下と一緒にね。ダンナ母さんはプライヴィア母さんと一緒に食べてると思うよ。


『くぅ』

「セントレナにはちょっと味が濃いから、これが終わったら作ってもらおうな」

『くぅっ』


 食後のおやつを食べてる余裕なかったもんね。わかってるって。セントレナにも嘘は言わない。これも絶対だもんな。


「そういや虎人族さんたちって、あまりパンを食べないんだっけか?」

「もったいないよねー。こんなに美味しいのに。麻夜、毎日でもいいよこのマヨソース」


 ダンナ母さんやディエミーレナさんと、料理について話をしてるだろうロザリエールさんに聞いてみた。すると、ジャムさんから聞いた話とは違った答えが返ってくるんだよ。


「ありがとうございます。そうですね、あたくしが聞いた感じですと、人によるかと思います。マイラ様からは、パンが好きだと聞いているものですから」

「そうだったんだ。インドア派かアウトドア派かの違いなのかな?」


 見た目でプライヴィア母さんをアウトドア派って言っちゃ駄目かもだけどね。それでもあちこちにあるギルドの支部に、アレシヲンに乗せられて行ったり来たりしてたらしいから。インドアってことはないと思うんだよ、俺はね。


「兄さんそれ関係ないんじゃ? 麻夜インドアだけどパン好きだもん」

「いや、俺たちは人間、いや人族か。そもそも俺たちは肉食でも草食でもなくて雑食だから」

「ま、そうとも――あ、ちょっとまって兄さん」

「ん?」

「麻夜たちの船の先」

「俺たちの、あ、うん。エンズガルドのことね」

「そそ。船からおそらく500メートルくらい先に、未確認浮遊物体がね」


 余裕あるな、麻夜ちゃん。無理矢理こじつけでネタを言おうとするくらいだもんな。


「水上のUFOみたいな言い方してるけどそれって要は船でしょ?」

「うん。そうとも言うね」

「ちょっと待って、それってあれか? ウェアエルズあっち側の刺客か何か?」

「刺客かどうかわからないけど、でも犬人族って出てるよ。2隻でね、人数は4人かな?」


 2隻の船に4人か。でもそれって。


「それ、当たりじゃないの」

「そうとも言うかもね」


 水面っていっても、俺には真っ暗でまったく見えないからなんとも言えないんだ。ロザリエールさんの使う補助魔法だっけか? こんな真っ暗でも見えるんだな。

 それにしたってこの遠距離で種族まで判明する鑑定スキル。チートじゃないのさ?


「セントレナも見えるの?」

『くぅ』

「あっちから来るのってその2隻だけ?」

『くぅっ』

「まじか。俺だけ見えてないのかー」


 麻夜ちゃん見たら、笑いこらえてる表情。ロザリエールさんも同じ。


「それでどうする? 兄さん。ぱぱっとやっちゃう? やっちゃう?」


 大事なことだから二度言います、みたいな。麻夜ちゃん、エアカッターの仕草をしてる。やっちゃうって『っちゃう』のことかいな? 物騒だな、この子ほんとに。


「とりあえず、殺っちゃだめよ。こっちから手を出したら負け。それにこっちには俺がいるんだから。さらわれさえしなければあの人たちは大丈夫。例え命がやばくなってもね」


 もちろん、あらゆる怪我にも対応できるのはあの冒険者さんたちも了解してくれてる。MMOゲームのときもそうだったけど、回復役ヒラがいるかどうかで戦略も変わってくるからね。


「しょぼーん」

「あのねぇ」

「――ぷぷっ」


 ロザリエールさん、相変わらず沸点低すぎ。でも、こんなやり取りで笑ってくれるなら、彼女もリラックスしてるって証拠。くぐってる修羅場の数が違うんだろうな、やっぱり。


「――あと200メートル。追い風だと速いねー。こっちは50も進んでないのに」

「相手は帆船なの?」

「一応帆は上がってる。音が出ないから風上からなら有効なのかもねん」


 麻夜ちゃんはそのあたり十分理解してるね。魔導具なんかでスクリューでも回してたら、音でわかっちゃうからなぁ。


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