第151話 夜の闇にうごめくその陰は?
ギルドの支配人室でジャムさんと俺、麻夜ちゃんでいつもの打ち合わせが終わった。さーて、帰ろうかねーと思い屋上に出た。
セントレナは俺たちを乗せるとゆっくりと立ち上がる。翼を広げて雪がちらつく夜空を飛び上がろうとしてたんだ。
「しかしまぁなんというか」
「どしたの?」
「ここから屋敷まで890メートルだっけ?」
「うん。鑑定する場所で変わっちゃうけど、だいたいそんな感じだねぃ」
「そうだとしたらさ、セントレナ」
『くぅ?』
「こんなに近いところだけど、ごめんね」
『くぅう』
「あ、今のセントレナたん、何を言いたそうにしてたかなんとなくわかるかも」
「ん?」
「『そこはごめんなさいじゃないでしょ?』、だとおもう」
『くぅっ』
あ、ほんとだ。そんなニュアンスっぽいわ。ごめんねじゃないとすると、あれだ。
「そっかんー、……ありがとうな、セントレナ」
『くぅっ』
「なるほどなるほど。こんな感じに意思の疎通してるわけなのねん。こんど麻夜もアレシヲンたんでやってみよっと」
そいや昨日麻夜ちゃんが言ってたっけ。実は彼女は、プライヴィア母さんからアレシヲンを譲り受けるか、走竜の出所を調べてもらって自分の子を手に入れようと思ってるらしいんだ。
あくまでもアレシヲンはプライヴィア母さんのパートナーだし、まだまだ
確か、龍人族から譲り受けたってプライヴィア母さんが言ってたっけ? それなら育ててる可能性も高いんだよね。
そろそろ屋敷へ到着――というタイミングだった。
「兄さん、あれ、なんだろね?」
「ん?」
「ほらあそこ。飛んだり跳ねたり、まっすぐこっちに走ってきてない?」
「ん、あぁ。言われてみたらそんな、……え? あれってもしかしてジャムさんが言ってた?」
「うんうん。鑑定したらね、モフモフ猫人族さんなのよん。あ、男性だよん。モフに性別は関係ないけどね-」
「なんとも。……セントレナ、近寄れる?」
『くぅっ』
セントレナは軽く左へ旋回していく。麻夜ちゃんが指差した人っぽい影のあたり。するとどうだろう? その影が屋根の上で立ち止まってこっちに両手を大きく振ってみせるんだよ。
うわ、面白い。瞳がぼうっと光ってみえるのよ。もしかして、プライヴィア母さんたちもそうなのかな?
「あー、兄さんや」
「そうだね麻夜さんや。多分あってる、間違いなく俺たちに用事があるんじゃないかな?」
だと思うよ。
「てことはやっぱり忍者さん?
「それを言うなら忍者じゃなくお庭番。男性なら弥三郎さん系だろうね」
「そっかそっか。時代劇は実に奥が深いのぅ」
いや、それを知ってるだけ凄いって。お錫さんとか十ん年前の時代劇。確か麻夜ちゃん生まれてないんだってばさ……。
プライヴィア母さんの屋敷から、広い道隔てて向かいにある建物の屋上。場所的におそらくは、貴族さんが住む屋敷なんだろうけど。普通は屋上に人が出ることが少ないからか、なんもない平坦な作りなんだよね。
プライヴィア母さんの屋敷に屋上施設があるのは、セントレナとアレシヲンがいるからなんだよ。実際神殿とギルドの屋上は、それを想定して作られてたのか。出入りする扉があったんだよね。あれは驚いた。
いやそれにしたってここも見た感じ建物の5階だよね? かなり高い位置にあるんだけど、そこを走ってきたの? この猫人族さんは。
セントレナが降りて俺たちも彼女の背から降りたんだ。俺たちが降り立ったその場に立て膝になって控えてる猫人族さん。忍者やお庭番という古風な姿じゃなく、黒を基調にしたギルドの制服そっくりな服装。
あー、スイグレーフェンの酒場の制服にイメージが似てる。メサージャさん、元気かな? ロザリエールさんも飲みに行ってないから、ストレス溜まってないかな?
なんだろう。大人の男性というより少年っぽい? 背も低くて小柄。麻夜ちゃんが言うんだから間違いなく猫人族。けれど耳も黒くて肌も黒い。
「うほほほ。ボンベイかな? ペルシャかな? まさかアメショの黒じゃあるまいな?」
さっそくモフろうとしてる麻夜ちゃん。髪と耳をもてあそばれていながら、動揺することなく自己紹介してくれるんだよね。
「タツマ様、マヤ様。お初にお目にかかります。自分はジャムリーベル様付きの従者でベルベリーグルと申します。ベルベとお呼びください」
従事ってんなら間違いなく男性だね。声がやや高くて、それでも男の子っぽい感じ。おそらく若いんだろうな。わからないけど。
「凄いな。麻夜ちゃんがモフってるのに動揺しないだなんて。ジャムさんみたいだわ」
「はい。事前に伺っておりましたもので」
「うんうん。よろしく。それで?」
「はい。ジャムリーベル様よりご伝言にございます。『事が動きました。急ぎお戻りください』とのことです」
「なるほど了解。準備したらすぐに戻るからそう伝えてくれるかな?」
「かしこまりました」
「麻夜ちゃん、そろそろ解放してあげて」
「し、しかたない。これくらいにしといてやらぁ」
「はい。ありがとうございます。では、失礼いたします」
ベルベさんはその場でぺこりと会釈をすると、元来たであろう屋根の上を走って戻っていった。
「兄さん。密漁、始まったのかな?」
「それっぽい匂いを感じ取ったってことでしょ?」
「なるほどん。じゃ、ロザリエールさんとアレシヲンたんを呼びに行かねば」
「だね」
『くぅっ』
俺と麻夜ちゃんはその場を飛び立った。いつものようにプライヴィア母さんの屋敷にある中庭に降りる。玄関前にはなんとロザリエールさんが出迎えて待っててくれてた。あれ?
「兄さん、あれ」
「うん。これはびっくりだよ」
ロザリエールさんだけじゃなく、マイラヴィルナ陛下とディエミーレナさん。ダンナ母さんとプライヴィア母さんもいるんだよ。
ディエミーレナさんはアレシヲンを連れてきてる。降りた麻夜ちゃんへ、彼と一緒に駆け寄ってくるんだ。
俺にはプライヴィア母さんが足早に近寄ってきた。うわ。目が怖い。もしかしたらあれだ。
「驚いているようだね。さきほどこちらにもね、ジャムリーベル君より連絡があったんだよ」
「なるほど。そういうことだったんですね」
ジャムさんところのお庭番さんは、ベルベさんだけじゃないってことだ。複数のベルベさんみたいな人が動き回ってる。すげぇよ、ジャムさんたちの実家、ザイルメーカ家ってさ……。
母さんの表情が厳しかったのはきっと、オオマスがらみだからだろうね。食い物の恨みは怖いわ、まじで。
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