第143話 それはさておき。
呆然としていた麻夜ちゃんは、もう元に戻って『なるほどねーうんうん』という表情してる。ワッターヒルズにいるとき、麻夜ちゃんもギルド本部で登録したって言ってたもんね。どれくらいの活動をしてたかわからないんだけどさ。
おまけにプライヴィア母さんの総支配人室へ顔パスだからある程度裏事情も知ってたんだろうけど、クメイさんのことまでは知らなかったっぽい。同じギルドの仲間で身内といえばそうなんだけど、俺も彼女の身の上までは詳しく知らなかったんだ。
「ジャムさん」
「はい、何でしょう? 私が知っていることなら何でも答えますよ?」
そりゃそうでしょう。もうぶっちゃけモードに突入してるからね。彼の表情も、一番上のお姉さん、ジェノさんがいないからそれなりに緩んでるし。
「
「はい、ありませんよ」
「やっぱりねー。そんなこったろうと思ったよ」
「うん。麻夜も思ったよー」
なんだかんだでウェアエルズって敵国設定じゃないですか? やだー。
「正直言うとですね、湖の上は安全ではないんですよ」
「というと?」
「例えば、数は少ないですけど魚系以外の魔獣もいますし」
「魚系?」
「あれれ? あ、もしかしてオオマスってそういえば」
「どしたのさ? 麻夜ちゃん」
「うん。ダンナヴィナお母さんにお願いされて、悪素残ってるかどうか『鑑定』してみたらさ、あれって魔獣にカテゴライズされていたんだよねー」
「まじですかー」
「「まじです」」
ちょ、麻夜ちゃんとジャムさんハモってるし。
「確かにね、北限の湖とかならさ、オオカミとかクマとかいてもおかしく――」
「ぶふぉっ」
いきなりジャムさんが吹き出しちゃった。なじぇ? あ、そか。
「兄さん、オオカミはジャムさんにはツボったうでしょ?」
「はい。熊人族さんはいませんが、ウェアエルズは狼人族の国ですから」
あ、そか。ワッターヒルズには熊さんいたけど、こっちにはいないわけね。
「いや、俺魔獣の話ししてたんだけど?」
「いますよ? 狼も熊も魔獣になりますから」
「あー、そか。悪素かー」
「はい。話しを戻しますが。オオマスは捕ってもよい大きさになるとですね、麦粒くらいの魔石を持つようになるんです」
「あれ? 必ずあるわけじゃない? の? もしかして」
「いえ、魔石はあります。砂粒ほどで見逃してしまうほどに小さなものもあるんです」
「そんなに小さいのだとさ、価値ってあるの?」
「ありますよ。魔石は魔石なので」
「なるほどね。……そうなるとさ? 大きく育ったから魔石も大きくなるってわけじゃ」
「はい。ないですね。成魚になって一年目に満たない小さなものでも、麦粒を超えるものがあると報告が入っていましたから」
「うーわ。それって『やばやまいん』じゃない?」
ジャマイカ使わないと思ったら、なんつマイナーなネタを使った表現なのよ。長山院ってお茶のメーカーがあって、むかーし中高生の間で流行った『ヤバい』のスラングみたいなものなのに。てか、麻夜ちゃんまだ生まれてない時代だぞ?
「やばやまいん、ですか?」
「あ、それ。『大変なことになってる』という意味があって、子供達の間で昔流行った隠語みたいなものなんですよ」
「あ、そうなんですね。そうです。大変なことになっています」
「大きいの選んで獲るなら密漁だけどさ、それってもう乱獲じゃないの?」
あぁ、麻夜ちゃん『ジャマイカ』って意識して言ってたわけだ。口癖じゃないみたいだね。これが素? じゃないかもしれないけど。今はどっちでもいいか。
「えぇ、間違いありません。ウェアエルズではオオマスを食べる文化がありませんから」
「まじですかー」
「まじですかー」
狼や犬って魚はあまり食べないんだっけか?
「ねね、ジャムさんジャムさん」
「何でしょうか?」
「
「我々虎人族、猫人族とは食習慣が違うんです。狩猟で肉が手に入りますから、好んで食べようとはしなかったと聞いています。我々は肉も好きですが、魚は別腹なほど大好物ですからね」
「オオマス美味しいもんねー」
「えぇ」
確かに、あの香ばしい皮と脂ののった身は美味かった。それこそご飯があったら、何杯でもいけるもんな。
「特にですね、塩漬けした皮だけを直火で炙って食べるのが賛否分かれますが、これまた美味でして。お酒が進むんですよ……」
「麻夜もそれ大好きっ。絶対ご飯が進むヤツっ。あ、お米ないんだっけか、しょぼーん」
「うん。ご飯があったら止まらなくなるやつだね」
食べ物の話しになったら止まらなくなる。問題は密漁をどうしているか?
「その『オコメ』というものはどのようなものでしょう? もしよろしければ、私が調べておきますが?」
「まじで?」
「まじで?」
「伺っているとおり、ほんとうにそっくりなご兄妹ですね」
みんな言うんだよね。確かに本質的に少し似てる部分はあると思うけどさ。
「あのねあのね」
麻夜ちゃんは、スマホの画面にある何かの写真をジャムさんに見せようとしているみたいだ。そりゃ見たことがない魔道具なんだから、彼も最初は驚くけど、そこは支配人を任せられるだけはあるね。
「これは何の、……なるほど。『そういう』魔道具なのですね」
「うんうん。話しのわかる猫さんは大好きよん」
「私は虎なんですけどね」
そういって苦笑するジャムさん。麻夜ちゃんは気にせず写真をあれこれ探してるっぽい。
「あ、これこれ。これがね、米なのよん。鍋で料理するとね、こうなるのよねん」
「これは珍しい穀物ですね。これだけ特徴的なら、もしみつかれば間違うことはないと思います」
『みつかれば』ね。
「見つかるかどうかは別にして、うちはその、ギルドですから」
ジャムさんが胸を張って言うんだ。そうだった、ここって『冒険者ギルド』だったわ。荒事まではいかなくても、調査なんかの依頼は普通にこなせるってことか。
「あー、すっかり忘れてた」
「ですよねー」
「すみません、脱線しました。密漁の件についてはですね、我々も手をこまねいているわけではなかったのです」
「ん? 過去形になってない?」
「ん。なってるね」
何やら渋そうな表情に見えるジャムさん。俺たちの間ならきっと、表情を作っていちいち誤魔化す必要ないから。ほんと、何かあったんだろうな。
「
「うん」
「うん」
「堂々と冬場の日中に漁が行われることはありませんでした」
「だろうね」
「だねぃ」
そりゃそうだ。禁漁中の冬場に船を出してたらいかにも悪さをしてますって言ってるようなものだもんな。
「我々が隠れて漁をする必要はありませんでしたので」
「うん」
あ、麻夜ちゃんまたジャムさんをモフりながら話しを聞いてる。
「昼の間の湖しか知らなかったのです。ただですね、夜間に密漁が行われているという疑念、疑惑があったことで調べるようになったものですから、我々の知らないオオマスの生態が明らかになったわけなんですね」
「うん、というと?」
「オオマスなどは夜になると浅瀬に集まる習性があったようなのです」
「ほほぅ、夜に浅瀬へね」
「そういやさ兄さん」
「ん?」
「エンズガルド側ってさ、崖っぷちでドン深っぽいところばかりジャマイカ?」
「あー、確かにそう見えたような気がするけど」
「そう、それなんです。ウェアエルズ側は浜がありますが、
「あ、それってさ」
「はい。夜になるとあちら側へ集まっていたと思われるんです」
「それはどうやってわかったのかな?」
「我々が船を降ろす場所も比較的浅くなっているので、その周りには比較的小さなオオマスが集まっていたからなんですね」
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