第144話 密漁はどうなった?
ジャムさんはそれから、
例えば、湖自体に国境を作らない。湖より少し離れた自国側にだけしか城壁や城門などは作ってはならないなど。それが長年守られてきた最低限のルールみたいなものだったらしい。
元は同じ国だったとはいえ、国が割れた際に隣国となってしまったウェアエルズ。この冒険者ギルドエンズガルド支部では、ある問題について調べ初めていたんだ。それはダンナ母さんが言ってた『オオマスが獲れなくなった件』だった。
海から登ってきたオオマスが湖で卵を産まなくなったからか? それとも、悪素毒が強くなり魔獣化が進んだことで産卵数が減ってしまったのだろうか?
可食部位の多い魔獣を狩れば、その肉で生きていくだけなら大丈夫だろう。だがそれはマイラ陛下もプライヴィア母さんも望んじゃいないとのこと。なぜなら二人とも、いや、ダンナ母さんも含む、虎人族は『魚料理が大好き』だからだ。
麻夜ちゃん曰く、彼女の侍女である猫人族のディエミーレナこと『みーちゃん』も魚は大好きだそうだ。
ちなみにセントレナとアレシヲンも、魚を喜んで食べるんだよ。俺だってロザリエールさんだって、麻夜ちゃんだってそうだ。
このエンズガルドでは穀物を調味料の一部としては使うけど、基本は肉と魚、野菜が主食。俺とロザリエールさん、麻夜ちゃんがパンを焼いてもらって食べるくらいなんだ。
今は肉がメインで魚はごちそうらしい。お客さんに振る舞ったり、ちょっとした贅沢、『美味しいものを食べたいな』というときに魚料理となるくらいなんだって。
焼いてよし、揚げてよし、煮てよし。生で食べないくらいで、実にバリエーションの広い料理なのが肉より魚だったりするんだよ。野菜が前菜と付け合わせ、肉がごはんで魚がメインディッシュみたいな感じなのかな?
「昨年、冬に入って少ししてからですが、調査に
「それってそれって?」
「どんな感じの?」
「はい。あちらの国境付近から、風に乗って魚を焦がしたような、食欲をそそるとても良い匂いがするという」
「魚が焼ける焦がした良い匂いねー、……あれ? 兄さんそれっておかしくない?」
「ん?」
「だってさ、あっちの人って」
「うん」
「魚食べないって言ってなかった?」
「あ」
そっか、確かにそう聞いたわ。
「その通りです」
ジャムさんが大きく頷いたんだ。麻夜ちゃん落ちそうになって、またよじ登ってる。器用だな、おいおい。
「我々の一般常識としてウェアエルズでは、『魔石を取ったあと、身の部分は刻んで畑などの肥料にしているものだ』と教えられていました。
「うん」
「冬場は決まって北の山から吹き下ろす風が吹いています。ウェアエルズからこちらへ吹く感じですね。ですが以前はその風に乗って、匂いが漂ってくることもなかったんです」
「それってさ、どこあたりで匂いを確認したのかな?」
「はい。我々が船を降ろすあたりの浅瀬を調査しているときに確認できたと報告があったわけです」
たまたま調査へ行った際に、その状況にぶち当たったというわけだったのか。
「なるほどね。ところでさ麻夜ちゃん」
「なんでしょ? 兄さん」
「魚の肥料っていうとさ、普通は魚粉だよね?」
「でしょ? まさか燃やした灰を蒔くだなんてもったいないことしないと思うけど? そにそんなアホな『知識チート』を伝えた先人さんなんていないでしょ?」
魚を燃やして灰にして肥料にするとか、そこまで変なことをドヤ顔して伝えた人がいないとは限らないけど、いやたぶんいないと思う。なにせ、結果が伴わないだろうからね。
こう見えて麻夜ちゃん、へたすると俺より頭いいから。間違いなく学校の成績という面なら上だよね。俺が大卒でやっとこさ入ったあの会社、高卒で入るくらいだから。
「だよね。あれって、魚を煮て水と脂を絞って乾燥させて、細かく砕いて余すことなく肥料にするって、何かの特番でみたんだよね」
「うんうん。麻夜も動画でみたことあるよー」
「ははぁ、そうだったんですか。我々は頭や骨も油で揚げておつまみにするほど、オオマスが好きなもんですから」
塩振った皮を七輪で焼いたり、三枚おろしした残りの骨を油で揚げても美味いはず。
「それは美味そう。酒が進むなぁ」
「ごはん何杯もいけるヤツだねぃ」
「ってことはあれだ」
「んむ。焼却処分はおかしい」
「そうなんです」
俺、麻夜ちゃん、ジャムさんの意見は合致。普通に考えたら絞った油だけ燃やしても、そんなに『良い匂い』になるわけないんだよ。虎人族さんはさ、ただでさえ俺たち人間よりも嗅覚が鋭いんだ。そんな彼らが『良い匂い』だって言うんだ。間違いなく皮や身も焼いてるはずなんだよ。
「それでジャムさん」
「はい」
「例年ではそんなことなかったんでしょう?」
「そうですね。冬場はほぼあちら側から風が吹きます。我々虎人族も猫人族も、嗅覚は鋭いほうですから、間違うことはないと思っています」
「そりゃね。猫さんも虎さんも、魚好きだもんねー」
「えぇ。大好きですから」
「その報告と、ダンナ母さんが言ってたオオマスの不漁。そりゃ間違いなく」
「密漁を疑っちゃうよねー」
「だよねぇ」
「えぇ。我々は狼人族や犬人族の匂いを頼りに調査を始めたんです」
「あぁ、なるほど。獣人さんはそうなんだ、やっぱり。そういやクメイさんがよく俺が開ける前にドア開けてたんだよね。母さんなんて俺の匂いでドアあけて、ベアハッグならぬ虎ハッグされて死にそうになったことあるもんな」
「ぷぷぷ。虎ハッグとか」
「虎ハッグですか?」
「んっと、母さんにね、口から内臓が飛び出る勢いで抱きつかれたんだ。本来は相手に向き合ってこう、両手を背中に回して締め上げることなんだけど。これで意味通じる?」
「あぁ、なんとなくわかります。我々虎人族は、他の種族より力が強いからか、『幼い子供には手加減をしないといけません』と教えられていますので」
「母さん、手加減してないんかい?」
「うはは、麻夜はくらいたくないでございますよ」
「わかる。さておき、その調査はどうだったの?」
「えぇ。朝から昼と昼から夜の両方行いまして」
「うんうん」
「昼までですが、目視範囲に船の姿はなく、匂いも感じられないと報告がありました。もちろん、私も現場を訪れて確認しております」
「すげ、陣頭指揮をやってたわけだ」
「そりゃそうですよ。上の姉様が結果を出せと……」
「あぁ、そういうことね。なんともまぁ」
「なんまんだぶなんまんだぶぅ……」
姉ジェフィさんの過大な期待という名のプレッシャーは置いといて、『いつものことですよ」と苦笑するジャムさんはこう説明してくれた。
エンズガルド側が設けたわけではないが、湖の中央から先に行ったあたり、その西と東にはいつの間にか城壁に近い関所が作られていた。あちらへ行くこともないから実害はないとはいえ、過去の取り決めを無視してるって、ジャムさんは困ってたよ。
あとでセントレナにお願いして見てくるつもりだけど、そんなのがあったわけね。そのせいもあって、
同時にあちらさんも獣人だから、
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