第142話 俺たちしかいないんだから。

 お米はのことはこっちに置いといて、このエドナ湖。エンズガルド側が広くて、あちら側が少し狭い台形に似た感じになってるんだよ。


「こっち側ってさ、切り立った崖になってるじゃない?」

「そうですね。船を出すにはここまで行かないと駄目なんです」


 冒険者ギルドエンズガルド支部の支配人で、体のめっちゃ大きい虎人族のジャムリーベルことジャムさん。ぶっとい指の先にある爪を伸ばしてある地点を指してくれた。

 虎人族の人の爪ってこんな感じにもなるんだね。昔見たSFアクションヒーローの爪みたいになってる。

 指差した場所はさ、あっちとこっちの中間あたり。東側の一点。こりゃ注意深く見ないとわかんないわ。小さくせり出した、陸続きの離島の浜みたいに書いてあるんだよ。


「漁に使用する船を係留する場所がないものですから、その都度馬で牽引してると聞いてるんです」

「いや、そこまで不便なんだ? こっちって」

「その昔、まだひとつの国だったころは、あちら側からなら楽だったんでしょうけどね……」


 大きい体で小さく『やれやれ』のような仕草をするジャムさん。


「ところでさ? 冬の間は禁漁になってるんでしょ? オオマスって」


 これは俺が母さんから聞いた情報。もちろん、麻夜ちゃんも一緒にいたから知ってる。だから『うんうん』って頷いてるね。


「そうですね。オオマスはここの川を経由して海から上がってきて、エドナ湖で産卵するとのことです」


 地図上の細い川を指してくれる。これって俺たちが上空から見たやつだと思うんだ。


「稚魚から成魚育つまでおおよそ2年ほど。産卵時期が冬なので、春から解禁になるというわけなんです。もちろん、ある一定の大きさに満たないオオマスは獲ってはならないと、一応ウェアエルズあちらさんとの取り決めもあるわけでして……」


 確かに、食卓に並んでたのも40センチくらいの大きさだった。ということは、頭と尻尾の一部を落としてあのサイズなら、おそらく50センチ以上のオオマスだけ獲ってるんだと思うんだよ。……本来はね。


 あれ? ちょっと待て。川から海って……。


「あ、ってことはあれだ。ここと海が繋がってるってことは、ここの悪素は……」

「いえ、悪素の発生源とされている場所はここだけではありませんので」


 そうだよ。海と繋がってるからって、スイグレーフェンやワッターヒルズの水源にここの悪素が注がれてるわけじゃないんだ。そんなに単純なことじゃないんだよ、きっと。


「あー、ごめん。つい深読みしちゃったかも」

「いえ、そう思ってしまわれるのは仕方のないことですからね」


 苦笑するジャムさん。いやほんと、申し訳ないわ。この国の、このエドナ湖が原因ってわけじゃないんだから。ここも被害を受けてるんだ。勘違いしちゃ駄目だってば。


「兄さん」


 あ、モフってた麻夜ちゃん、こっち見て呆れてるっぽい。


「はい。わかってますよ。俺の考えすぎだったね。ジャムさん。本当にすまない」


 俺は素直に頭を下げる。そうしないと、麻夜ちゃんに怒られちゃうからね。いや、ロザリエールさんに話が通って、もっと凄いことになるから。また串焼き5本の生活は嫌だよ……。俺がそうしてもこたえること、ロザリエールさん知ってるからなぁ。


「タツマ様、頭をお上げください」

「いや、俺が悪いんだから謝るのは当たり前でしょ?」

「うんうん。素直にごめんなさいできる子は麻夜、好きだなー」


 そう言いながら、ジャムさんをモフりに戻ってるし。


「あのねぇ……。それより話の続きだよ、ジャムさん」

「はい」

「ダンナか――いや、ダンナヴィナさんから聞いたんだけどさ」

「ぷぷぷ。兄さんったら」

「だまらっしゃい。いいじゃないのさ。母さんは母さんなんだから」

「そりゃそうなのよん。麻夜のお母さんでもあるんだからねー」

「あ、ごめんジャムさん。脱線した。それでオオマスの漁獲量が年々減ってるって聞いたんだよ」

「そ、そうですね」


 揺れてる揺れてる。ジャムさん、笑いを堪えてるっぽいわ。なんだかなぁ。


「無理しなくてもいいってば。笑いたきゃ笑えばいいじゃないのさ? ここには別に、俺たちしかいないんだから。立場はとりあえず置いといてさ、少なくともジャムさんも俺と近しい年齢だし。友人みたいなものだと思ってるんだからさ」


 ジャムさんやセテアスさんみたいな存在って貴重なんだよ。肩肘張らずに話せる男の人って、俺にはふたりくらいしかいないからさ。


「あ、ありがとうございます。ちょっとすみません。ふ、あはははは、……失礼しました」


 横向いて身体を揺すりながら笑ってるよ。これ、マジだわ。


「なんだかなぁ。……さておき、それでどうなんだろう?」

「タツマ様の仰るとおりです。一昨年はそうでもなかったのですが、昨年から極端に減ってしまったのは間違いありません」

「ねぇねぇジャムさんジャムさん」


 モフりまくっていた麻夜ちゃんが、手を止めてジャムさんの頭の上から質問してる。彼の顔をのぞき込むようにしてバランスとってるし。よく落ちないもんだな。


「何でしょうか? マヤ様」

「うはーっ、麻夜様だって麻夜様。兄さん、初めてっすよ。麻夜ってば『様』づけされちゃったのはー」


 マジで照れてる麻夜ちゃん。きょとんと上目遣いで見てるジャムさん。


「いえ、マヤ様、タツマ様のお母上は総支配人ですがこの国の公爵閣下ですよ? その、総支配人のご息女ですし、マヤ様と呼ぶのが普通じゃありませんか?」

「まぁ、間違っちゃいないわな。ぃょっ、公爵ご息女」

「うは、くすぐったいって、……あ、そういえば、うちのお母さん。ゼダンゾークって名字じゃなかったっけ?」

「はい。プライヴィア・ゼダンゾーク公爵閣下ですが?」

「お母さんってエンズガルド性じゃないのねん?」

「そうですね。ご幼少のころは名乗っていたと聞いていますが?」

「なるほど――って忘れてた。あのねあのねジャムさん。あっちのウェアエルズだっけ? なんで国が別れちゃったのん?」


 うーわ。ストレートなご質問。


「はい。様々な理由があったと聞いてますが、先代のウェアエルズ公爵家がですね」


 あぁ、あっちは公爵だったんだ。なるほど。


「プライヴィア閣下と陛下のお母上でございました先代の女王陛下にですね」

「あー、そっかそっか。話は読めちゃった」

「どしたの、麻夜ちゃん」

「あれだ。麻夜たちのお婆ちゃんにあたる先代陛下にさ、悪素毒の責任を迫ったわけだ」

「え?」

「平たく言えばそのとおりですね。その日、国が真っ二つに割れたと言われています」

「うーわ。誰のせいでもないじゃないか」

「そうなんですけどね。特に北側だったウェアエルズ家の被害が酷かったらしく、『誰かが責任を負わなければ』と、提案したのがあちらの今の王家でして……」

「だって先代の、いや、母さん達のご両親も結局、悪素毒で亡くなってるわけでしょう?」

「えぇそうですね……」

「なんつ、理不尽な……」

「まったくだよ。兄さんより『ドン引き』案件だってばさ」

「俺と比べないでくれますか? 麻夜ちゃん」

「無茶な背負い方しなければ、考えておくよん。そうだ。あとねジャムさんジャムさん」

「はい。私が答えられることであればなんでも」

「ワッターヒルズの本部にさ、ウェアエルズの王女様がいるじゃない?」


 うわ、更にぶっ込んできたよ。クメイリアーナさんのことだよ。麻夜ちゃん遠慮ねぇな。まじで。


「あー、はい。あの方はですね」

「そうそう、ロザリエールさんとすっごく仲が悪いのよねん」

「麻夜ちゃん、ぶっ込みすぎ」

「あははは」

「大丈夫ですよ。クメイリアーナさんは我々虎人族の、いえ、『ギルドの秘密を守れる人』ですから」

「と、いいますと? どういこと?」

「『留学という名の亡命者』といえば、わかりやすいかと思います」

「はい?」

「はい?」

「クメイリアーナさんは現在、王女ではありません。というより、ウェアエルズへ帰ったら最悪反逆罪で死罪までありますから」

「まじですかー」

「まじですかー」


 いやおっどろいた驚いた。まさかクメイさんが亡命してただなんて。だからあのとき、冗談でもプライヴィア母さんがあんなことを言ってたんだ。


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