第140話 ちょっと寄り道して海へ。
そろそろ朝日が昇る時間。『個人情報表示謎システム』上の時間で午前4時ちょっと。俺と麻夜ちゃんは早起きして調査を始めた。俺たちはセントレナに乗せてもらって、朝方の湖へまずは偵察に出ることにしたんだ。
森の向こう側が北側なはず。薄く明るくなってるってことはこっちの世界って、北側から朝日が昇るのか。さっすが異世界って感じだね。
城の屋上から飛び立つ準備をしてるけど、ここからでも十分明るい感じが見てとれる。あっち側に住んでる人たちも獣人族らしいから、薄暗くても見える人もいるんだろうけど。空なら大丈夫でしょう? ということで、短い時間だけ偵察することになったんだ。
「兄さん」
「ん?」
「こっちって北だよね?」
「そうだと思うんだけど」
麻夜ちゃんはウェアエルズ側を指差したんだ。
「朝日が北から昇るのねん?」
「うん。俺もそう思った」
「さっすが異世界って感じ」
「だね。ところで麻夜ちゃん暖かくしてきた?」
「ばっちこいですよー」
外套を見せてくれる。その下にもそれなりに暖かく着込んでるみたいだね。
「まったくどこで覚えたんだか?」
「あははは」
「気をつけてくださいね?」
「兄さんがいるから大丈夫ですよ、ロザリエールお姉さん」
「確かにご主人様『だけ』なら大丈夫でしょうけど。『殺しても死にませんから……』」
お見送りはロザリエールさんだけ。あれ? 今、小声でぼそっと何か言ってない? ま、仕方ないけどさー。
ロザリエールさん以外はみなさんまだ夢の中。マイラ殿下もこっちにお部屋をもらったらしく、ロザリエールさんの部屋の近くなんだって。まぁ4時じゃ仕方がないっしょ。
「それじゃセントレナ。ちょっとだけお願い」
『くぅっ』
プライヴィア母さんの城を飛び立って王城を飛び越す。中庭の右側に細い水路みたいなのがずっと森まで続いてる。
「あれがサンプルの水をとった水路?」
「そっそ」
今朝はおあつらえ向きにうっすらと霧が出てる。あまり高くいかなくても、大丈夫じゃないかな?
「いやしかし」
「うん」
「あの木、高いねー」
「そだねー。こっちからじゃ湖が見えないのも納得だもんね」
ポプラみたいに細い木なんだけど、これがまたとんでも背高さん。木と木の間も狭くて見通すなんて難しい、まるで壁だよ。でも昔はひとつの国だったらしいんだよね、あっちとこっちって。
「ウェアエルズだっけ?」
「そっそ。確か、半農半狩猟の国? 犬人さんと狼人さんが住むって聞いたよね。もふもふは正義」
「でもこっちの世界まで犬と猫が仲が悪くなるとか、困った物だわな」
「犬と猫というより、狼と虎らしいけどねん」
確かにこっちエンズガルドは虎人族が治めてて、あっちウェアエルズは狼人族が治めてるって聞いた。
「主食は肉なんだろうね。でも兄さん、犬って魚も食べるはずなんだけど?」
「そこはほら、異世界だから」
「そういうもの?」
「深く考えたら負けでしょ」
「あいあい」
「セントレナ、もう少し上がって」
『くぅ』
どっこいしょという感じにセントレナが木の上を越えた。なんだよこれ? 木を超えただけじゃ湖が見えやしない。森の厚みだけで数百メートルあるんじゃね?
「セントレナごめん、も少し上がってくれる?」
『くぅっ』
セントレナにやや上空へ上がってもらう。するとやっと見えてきた。
「うはー。でっかいねー」
「あぁ、こりゃ凄いわ」
何だろうね。エンズガルドが横に2つはすっぽり入るほど、縦に至ってはあっち側がやっと見えるくらい。それくらいの大きさはある湖。エドナ湖って名前だったかな?
こっち側は高い木に阻まれてよく見えなかったけど、あっち側はそうでもないんだね。森が見えはするけど、そんなに木は高くない感じがするんだ。
「ほっほー。西側に海が見えるのねん。北東にまだ山が見えるし」
「だねぃ。このあたりは平野ってことなんだ」
「ふっとい川がずっと海まで続いてる。あのオオマスって川登ってくるんジャマイカ?」
「かもしんないね」
「あー、ってことはあれだ。海も悪素が……」
「ん。多分汚染されてると思う。こっちから流れ込んでるのがそれなりの濃度だから……」
「この高さから『鑑定』効くの?」
「うん、わかるよー。レベル上がったからかな?」
「なるほど、それにしても困ったもんだね……」
「表面しかわからないけどね。深いところは駄目っぽいのよ」
「うん。ありがと麻夜ちゃん。セントレナ。ちょっとあの川沿いを下って海まで行ってもらえる?」
『くぅっ』
セントレナならすぐだろうから。やっぱり気になるのよ。海が汚染されてるかどうかね。
「どう? 麻夜ちゃん」
俺たちは砂浜を歩きながら、簡単な調査を始める。ま、麻夜ちゃんに『鑑定』スキルを使ってもらうだけ。
「んー、3%」
「まじですか」
「まじです。水平線の先はわかんないけどね」
そういいながら、麻夜ちゃんはサンプルをビンに突っ込んでる。
俺もインベントリから取り出して、水をすくってビン越しに見る。ついでに聖銀製の杖『名無しくん』を取り出して、ビンの海水に触れる。
「『
「ん。0%。おーみーごーとっ。ぱちぱちぱち」
「同じように海水からも悪素を取り除けるわけだ。うん、一安心。じゃ、湖に戻ろうか?」
「あいあい」
防風林の根元に伏せてたセントレナのところへ戻る。
「セントレナ、おまたせ」
『くぅ』
「セントレナちゃん。またお願いね」
『くぅ』
跳び箱を跳び越すように麻夜ちゃんはセントレナの背中へ。俺はそこまでしなくても、乗れるんだけどね。
俺が前に麻夜ちゃんが後ろに、こっちへ来るときのプライヴィア母さんと同じスタイル。俺はセントレナの首元をぽんぽんと叩いて合図を送る。すると揺れを感じさせないようにして、立ち上がって飛び上がってくれる。
「こっちから見てもさ、エドナ湖ってでかいねー」
「んむ」
「セントレナ。上から見てさ、誰もいないのを確認したらね。エンズガルド側の湖畔に降りてくれる?」
『くぅっ』
俺、麻夜ちゃん、セントレナの目で上空から船の存在を確認する。とりあえず、いないっぽいね。密漁なら今朝みたいに霧がかかってたほうがありそうかな? って思ったんだけど、杞憂だったっぽいわ。
「じゃ、あのあたりに降りてくれる?」
『くぅ』
うん。水辺だけど寒いわ。砂浜はそんなでもなかったけど、こっちは雪積もってるし。
「けれど」
「んむ」
「「なんじゃこりゃ?」」
俺と麻夜ちゃん、おっどろいた。
「何よこのドン深」
「崖? ダム? 水面まで何メートルあんのよ?」
「軽く10メートルはありそうだね」
「右みても左見てもこれ、どっから降りるのよ?」
ほぼほぼ垂直な自然のダム状態。防波堤? ってくらいに切り立ってる。上から見たときはわかんなかったけど、これは酷い。
だってこれ、どこを見ても船が係留されてる場所ないのよ? どうやってオオマス獲ってるの?
遙か遠くにウェアエルズ側の対岸が見える。あっち側はおそらく砂浜みたいなところもあるんだろうな。なにせ小さくだけど、船みたいなものが見えるからさ。
セントレナにあの上を飛んでもらうのが一番かもしれないけど、俺が原因で争いごとになるのもまずいから、さすがに無理な話だけど。
「これさ、誰かに聞かないわわけわかめだよ。兄さんや」
「確かにお手上げだよね。麻夜さんや。いつも迷惑かけて済まないねぇ」
「おじいちゃん、それは言わない約束でしょ? って何言わせるのよ」
「あははは。じゃ、帰ろっか?」
「んむ。お腹減ってきたなう」
麻夜ちゃんスマホ取り出して俺に見せたよ。ありゃ? もう6時回ってた。
「セントレナ、帰ろう。お腹空いたでしょ?」
『くぅっくぅっ』
ささっと飛び立ってもらって、俺たちは朝ご飯へ向かって戻っていったんだ。
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