第139話 主食と湖。

 馬車の中、麻夜ちゃんとの雑談はまだまだ続いてる。

 ここの地面って舗装路とは違ってさ、どっちかっていうと石畳だよね。

 だから馬車の速さは案外遅いのよ。


「そういえば『勇者召喚』って儀式はさ」

「なんだいとうとつに」


 その棒読みもツッコミどころ満載だってばさ。あえてスルーするけどね。


「外の世界から麻夜ちゃんたちを狙ってさらったってことじゃない?」

「そこは兄さんもだけど。とにかく器用だよねー」

「そう、そこなんだよ」

「なんだいとうとつに、ぱーとつぅ」

「母さんが言うにはさ、『やりようによっては王城にいる国王を、王妃を、王女を召喚ゆうかいすることだって可能なんだ』だってさ」

「まじですかー」

「『魔界も人界も共通した、不文律、暗黙の約束というものがあるんだ。もしそのような愚かな行為に出た場合、必ず回りの国から滅ぼされるだろう』って怒ってた」

「ひよぇえ」

「だから俺たちがあの王家を終わらせたのは、別に問題はなかったっぽい」

「そりはなによりだねぃ」

「やりすぎ感はあったけどね」

「自覚ありあり。でもありはストレス解消になったですよ」


 麻夜ちゃんノリノリでさ、後始末大変だったもんなぁ。……あれ? あ、そうだ。


「すっかり忘れてた」

「なんでしょ?」

「麻昼ちゃんにさメッセージでさ、『リズレイリアさんに、旧ハウリベルーム侯爵邸にあった召喚に使われた場所の保全をお願い』って送ってもらえるかな?」

「あ、それ大丈夫だよ」

「え?」

「もう、調査終わってるっぽいし、立ち入り禁止にしてもらったから」

「まじですかー」

「『立派な証拠だもの』って麻昼ちゃんがメッセくれたのよねー」

「それはよかった。いらぬ心配だったかー」


 あ、馬車が止まったっぽい。


「タツマ様、マヤ様。お疲れ様でございました」


 客車のドアが開いたのよ。いつものようにジェノルイーラさんが到着のご挨拶。ありがとうね。

 俺と麻夜ちゃんは降りて玄関へ向かった。相変わらず|プライヴィア母さんサイズの玄関ドア。どっこいしょと開けると、俺ってやっぱり力あんのね。あっさり開いちゃったんだ。


「「おかえりなさいませ、ご主人様」」

「へ?」

「うわ、ご主人様ですって奥様」

「誰が奥様なんだって。いやそれより、二人の声が聞こえてきたんだけど?」


 よく見ると、右側にはいつものロザリエールさん。あれ? 左側にいる、レンガ色のメイド服に似た可愛らしい服装。毛色から虎人族さんっぽいんだけど、また新しい人入ったのかな?

 深いお辞儀から身体を起こしてくれてこれまたビックリ。見覚えのある顔立ち。いや、忘れないってば、プライヴィア母さんそっくりなんだもの。


「え? マイラさん?」

「はい。ご主人様」


 そう。レンガ色のメイド服を着た女の子は、マイラヴィルナ陛下さんだったんだよ。


「いやいやいやちょっとまってってえぇええええ?」


 手を引かれて食堂へ。入ってみるとすげぇ。テーブル狭しと並べられた料理料理また料理。


「わたくしもですね、準備を手伝ったのです」


 ロザリエールさんを見ると、笑顔で頷いてる。

 奥のキッチンからは、みーちゃんことディエミーレナレナさんとダンナ母さん。椅子に座ると確かに凄い光景。


「今夜はですね、エンズガルドここの名物なんですよ」


 目の前にあるのは、40センチはありそうな魚の半身、それを揚げ焼きにしたっぽい料理。いや、よく見るとムニエルっぽい。とろみのある褐色のソースがかかっててすっごくいい香り。

 焼きたての香りがするパン。新鮮そうな温野菜、そこにはマヨソースがかかってる。いや実に美味そうだ。

 ロザリエールさんが入れてくれてるやつ。これ、5ミリくらいのさいの目に切られた野菜が沢山入ったスープ。これは前にワッターヒルズの屋敷で彼女が作ってくれたやつだね。


「兄さん兄さん凄いよこれ」

「どうしたの?」

「あのね、濃度が0.1%なのよ。一生懸命毒抜きしてくれたって証拠。もう、愛情しか感じられないってばさ」

「なるほどな。多分ダンナ母さんが頑張ったんだと思う。マイラさんは聖属性魔法使っちゃ駄目って俺と約束してるからさ」


 ちらっとマイラさん見たら目を反らさずにひとつ頷いて笑ってる。彼女は性格的には麻夜ちゃん寄りだから、嘘ついてたら目が泳ぐんだよね。だから大丈夫。


「だろうねー」


 あれこれ驚いてる間に、プライヴィア母さんが到着。


「おや? 今夜は何かのお祝いかな?」


 指定席に座りながらそう言って笑う。口元から牙がチラリ。


「そうなんですか?」


 プライヴィア母さんを見て、マイラさんを見ると違うっぽいね。ロザリエールさんを見ても苦笑してるだけ。


「いいんじゃないですか? 美味しいご飯が食べられるなら、素直に感謝しましょうよ?」

「そうだね。マヤちゃんの言うとおりだ」


 ある程度準備も終わって、ロザリエールさんもマイラさんも、ダンナ母さんもレナさんも座ってる。


「それじゃいただこうか」

『『『『『いただきます』』』』』


 ナイフとスプーンが目の前に置いてある。スプーンで身をそっとおさえて、ナイフで切っていく。なんだろう? あのバターそっくりの油で揚げたのかな?

 うん。やっぱり薄く衣がついてる。こりゃそうだ。


「兄さん、ムニエルっす。それも赤身のムニエルっすよ。鮭かな? 鱒かな?」

「うん。口の形から見るにさ、鱒に近いんじゃないかな?」


 鮭なら口先がちょっと違うからね。


「よくわかったね。これは魔獣の類いでね、『オオマス』っていう魚なんだ。そこの湖でも獲れる、虎人族も猫人族も、好んで食べる魚なんだ」

「なるほどなるほど。これは美味いですよー」

「兄さんと同じ。美味しいですよー」


 身がほろほろしていて、脂ものってる。やっぱり鮭科に近い魚なのかー。海から登ってくるんかな? やっぱり。

 温野菜サラダも柔らかく湯がいてあって美味しい。ソースもマヨソースでばっちり。うまいわー。

 スープも前と同じ。これまたうまいのよ。根菜の歯ごたえと染みた味がまたいいんだなー。

 パンも外側さくさく、中はしっとり。薄く切って、ロザリエールさんがオイルを塗ってくれる。そこにぱらぱらっと岩塩みたいなのを振るのよ。これがまたいいんだってば。


「――ふぅ。堪能した堪能した」

「ん。美味しかったね-」


 残さず食べた。スープも一滴も残ってないよ。だって残したら悪いもの。こんなに美味しい料理を作ってもらえるんだから。食べる方は好き嫌いしちゃいけない。ま、嫌いな物がないんだけどさ。


「あのね、タツマちゃん」

「どうしたんです? ダンナ母さん」

「このね、オオマスの漁獲量が年々減ってるのよね。『あちらの方々』はこれを食べないという話を聞いているから、おそらくは……」

「あぁ。乱獲だろうね」


 そう、母さんがあっさり言い切るんだ。


「乱獲? そりゃどうしてまた? 食べないのに余計に獲るとかおかしくないです?」

「あのね、タツマくん」

「はい」


 うーわ。プライヴィア母さんの目。ロザリエールさんがよく見せる『駄目な子』を見る目になってるよ。俺、何か変なことを言った?


「このオオマスは魔獣に近いと説明したよね?」

「はい、そうですね」

「魔獣というのはどういうものだったかな?」

「あー、それ――」

「マヤちゃんはわかってるみたいだよ? お兄さんがわからないのは、どうかねぇ?」

「んー、……あ、もしかして魔石?」

「そう。それなんだよ。覚えているかな? 飛文鳥ひふみちょうの動力源になっている、小さな粒の魔石を?」

「あー、あっちのギルドで見たことがあります」

「あの魔石はこの、オオマスから獲れるんだ。だから食べない国でも乱獲してしまう。我々エンズガルドとの間にね、『冬場のある期間は漁を行ってはいけない』という取り決めがあったのだが……」

「それをあちらさんは無視してる」

「いや、おおっぴらではないんだ。いわゆる『密漁』なんだよ。雪が溶けるまでは禁漁の期間、それでも無視をして湖に出ているものがいるんだ」

「うーわ。そりゃ質が悪いねー」


 麻夜ちゃんもストレートに言うこと。


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