第136話 約束ですよ?
「とにかくですね」
「はい」
「おふたり、……いえ『ごめんなさい』をしなければならないと、思える方にはですね……」
「はい、謝っておきます」
「約束ですよ?」
「はい、約束します」
「それでは、おやすみなさいませ」
「おやすみなさい」
ロザリエールさんのお叱りが終わって、彼女が部屋を後にしたらすぐ、ベランダの引き戸が開いた。ここから出入りするのは1人しか知らない。
もちろん。バレバレなのにこっそり入って来ようとする、漆黒の大きな姿。
「セントレナ、おーまーえー……」
多分あれだよ。外からずっと見てて、話も全部聞いててさ。頃合いを見計らって『そろそろいいかな?』って感じなんだろう。ほんっと、頭がいいというかなんというか。
『くぅ?』
器用に引き戸を閉めてこっちを向くと、『どうかしたの?』みたいに首を傾げてる。そのあとさっさといつもの場所に座って
「セントレナ、ご飯食べた?」
『くぅっ』
「あとは寝るだけ?」
『くぅっ』
「そっか。俺風呂入ってくるわ」
『くぅ』
『いってらっしゃいな』という感じに聞こえる。セントレナはなんともマイペースだよね。俺なんかよりある意味大人なんだろうけどさ。
▼
「――ということがありまして」
翌朝、ご飯のあとにお茶を飲んでたとき、ロザリエールさんが始めた『駄目な子を叱りましたよ』という
麻夜ちゃんからの相談内容から、ロザリエールさんが思っていたことまで、昨晩あった話を全部包み隠さずあれもこれも実に耳が痛い。
「以上でございます。タツマ様」
俺を見て『ほら、さっさと』と促すロザリエールの目。前を見ると、うわぁ。プライヴィア母さんも、ダンナ母さんもがドン引き手前までいってる。麻夜ちゃんはさもありなんと頷くだけ。
「あ、はい。なんといいますか弁解の余地はありません。ほんっと、すみませんでしたっ」
平謝りするしかなくなったというわけでございました、っと。
「まぁ確かに。以前より私も我慢してはいたんだがね」
「えぇ。わたくしも
「そうなのよー。さすがの麻夜もね、かなーり呆れることがあったんだものー」
散々な言われよう。まぁ、言い訳もできないくらいに正論だから、どうしようもないんだけどさ。気がつけば俺が何をやらかしたか、更なる情報共有の場になってるし。
ロザリエールさんってば、こうなることを見越してたんだろうか? それとも、……いや、間違いなく計算してたな? だってほら、彼女の口元が緩んでるから。
ま、それだけみんなに心配させちゃったのは事実。俺が悪いんだから仕方ない。ここは甘んじて受けるとしますかね。偉そうかもしれないけどさ。
「そういやさ兄さん」
騒動が落ち着いたあと、ふと思い出したかのように麻夜ちゃん。
「なんだい? 愛する妹の麻夜ちゃんさんよ?」
「うっは、愛する妹ってどんなイジメ? 背中がぞくぞくするってばさ」
「麻夜ちゃんの『お兄様』だって、同じくらいの破壊力あるってばよ」
「本当にお二人は仲がよろしいのですね」
お茶を入れ替えてくれるロザリエールさんが呆れたように言うんだ。
「そっかな?」
「そっかな?」
「そんなところかと思いますが」
クスりと笑いながら、ロザリエールさんに同意する。麻夜ちゃんの言うところの『みーちゃん』こと、彼女付き侍女になった猫人族のディエミーレナさん。
「似てる? 俺、可愛い女の子じゃないからなぁ」
俺と麻夜ちゃんはお互いの顔を見て首を傾げる。するとすぐに麻夜ちゃんは下を向いて何やらごにょごにょと言ってる。ちょっとして顔を上げたんだけど、恥ずかしそうな表情になってるんだけど? 俺何かしたか?
「似てないでしょ? おじさんじゃないからねー」
んべっと、舌を出してる。んー、よくわかんねっす。
「そだ、忘れてた」
「お、おう」
「兄さんさ」
「ん?」
「ダイオラーデン、いあ、スイグレーフェンの城を出る前のあのタブレットもどき覚えてる?」
「うん。……あー、あれね。ダダ漏れタブレットもどき」
『個人情報表示』のダダ漏れタブレットもどきか。
「そっそ。あのときさ、兄さんの回復属性のレベル、1だったっしょ?」
「あー、実はここだけの話」
「うんうん」
「
「……はい?」
「あのタブレットでは1って表示されてたけどさ、俺の『個人情報表示』画面にはね、1Fって出てたんだ。おそらくは――」
「もしかして16進数?」
「そっそ。10進に直すと31だったわけよ」
「まじですかー」
俺たちが遊んでた共通の
「おそらくあのタブレットもどきには、10進数でしか情報表示できないんだよ」
「あのさ兄さん」
「ん?」
「麻夜の『個人情報表示』画面。今でも10進表記なんですけどー?」
「あ、俺のは未だに16進だよ」
「兄さんのだけバグってたわけね」
「いやいやいや。俺、優遇されてないし。回復属性以外の魔法、使えないよ? いまんとこさ」
「んー、だって麻夜のはリセットされちゃってたんだけど?」
仕方なく俺は、ネトゲのキャラそのままのステータスだったことも伝える羽目になったわけなのよ。あのあとやったレベル上げから、リズレイリアさんから受け取った魔道書の話までね。
「良い意味でバグってたわけねー」
「えらい言われようだ。でもさ、ダンナ母さんが言うには、俺たちはレベルの上がり方がバグってるらしいんだよ」
もちろん、ダンナヴィナさんから聞いた話も共有する。
「まじですかー」
こんなとんでも情報を開示してる場面、プライヴィア母さんは黙って聞いてくれてる。だから俺は続けることにしたんだよ。
「麻夜ちゃんも、麻昼ちゃんも、朝也くんもさ」
「うん?」
「みんなレベル1だって言ったじゃない?」
「そだねー」
「そしたらさ、俺だけ31とかまずいじゃない? 勇者よりも高いんだよ? まるでチートじゃない? だからバレないうちに逃げたわけよ」
「そりは仕方ないと思う」
「俺だってさ、あいつらを信じたわけじゃないよ。無理矢理連れてこられたのはわかってたからさ」
「うん」
「ネリーザさんは良い人だと思ったんだよ。だから一度は信じちゃったんだ、あの腐った国をね。だから俺には責任があったんだ」
「うん。麻夜も弱かったから。何もできなかったのは理解してるってばさ」
「いやいや。俺自身、保身に走ったのは事実だよ。勇者のみんなと比べられたら、あのままじゃ一般人扱いだからさ」
「うん。仕方ないよ思うよ。あのときは麻夜もさ、兄さんに正体明かしてなかったからねー」
「とにかくさ、バレないように逃げ出して、なんとかギルドにたどり着いたわけよ」
「うん」
「ほら、『冒険者ギルド』っていったらさ? 情報が得られるわけじゃない?」
「ですよねー」
「俺がさ、どこかステ的におかしいのも実感してたんだ。あの世界じゃできない『何か』ができるはずだって」
「うん。麻夜も思った」
「でしょ? それにね、俺はギルドでさ、リズレイリアさんから言質をとったんだ」
「どんな?」
プライヴィア母さんも興味ありそうにしてる。そんな表情なんだよ。
「俺は『悪素毒に侵された身体を治すことができる』って。その秘密を守れるか聞いたんだ。そしたらね」
「うん」
「『冒険者ギルドって奴はね、この国の機関じゃない。何かあっても、ここへ逃げ込めば、籠城戦だってやれるんだ』って言ってくれたんだよ」
「あぁ。間違ってはいないよ」
プライヴィア母さんがここだけ口を挟んでくれた。
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