第135話 話しがあるってなんだろう?

 夕食が終わってお茶を飲んでほっと一息ついてるとき俺は、ロザリエールさんに『話があります』と耳打ちされたんだ。待ち合わせ場所は俺の部屋だってさ。


「りょーかい」


 そう、二つ返事で了解した。プライヴィア母さんと麻夜ちゃんの3人であれこれ報告を兼ねた話をした後、俺は部屋に戻ってロザリエールさんを待つことになった。


 スマホに表示されている『個人情報表示謎システム』の時間で21時を過ぎてた。部屋のドアを開けたらあれ? セントレナがいない。昨日はもう、この時間にはこっちにいたのに、どうしたんだ? そう思ったら背中に誰かの気配を感じたんだ。

 そこにはいつの間にかロザリエールさんいて、鍵をしっかり閉めたあとに、俺の右側をすり抜けるように歩いてきた――と思ったら、2人がけのほうのソファに座ったんだ。


 あれ? おかしいぞ。ワッターヒルズの屋敷にもこれに似たソファあるけど、ロザリエールさん絶対こっち側座らないんだよ。でも今は座ってる。どうしたんだろう? それにほら、何も話さないよ? すっごく機嫌が悪そうだわ……。


「……タツマさんよ」


 こっちを振り返らずにドスの利いた声で俺を呼ぶんだ。俺とロザリエールさんしかいないのに、『ご主人様』じゃなく『タツマ』って俺の本名を呼んでる。これいやマジで怒ってるわ。

 口調が素に戻ってる。今まで見たことがないくらい、おっかないほうのロザリエールさんだ。


 俺はロザリエールさんの向いに座ろうとしたんだ。ぐるっと回ったときに、こっちを見て睨むんだよ。怖い怖い怖い怖い怖い怖い……。

 彼女は俺に隣りへ座るように、ソファの右側を叩くんだ。『バンバン』とかなーり強く、ね。


「あの、向いに座るんじゃな――」

「ごちゃごちゃ言わずに座りな」


 逆らうわけにいかない、もの凄い威圧感と強制力を肌で感じた。だから俺は、素直に従うことにしたんだ。


「あ、はいっ、失礼します」


 そそくさと座る俺。でもぴったりと寄り添うわけにもいかず、拳1つか2つ分だけ少し離れてだけどね。

 うわ、何だろう? こんなに近くにロザリエールさんがいるのは初めてかも。何やらすっごくいい匂いが――いやいやいや、違うってば。そんな雰囲気じゃないんだってば。


 やっぱり俺、何かした? ロザリエールさんを怒らせるようなことしたか? 全然身に覚えがないだけど? 黒森人族の集落先で悪素を集めて、むちゃくちゃ怒られてご飯を串焼きだけにされたけどさ。あのときはここまで、機嫌の悪いロザリエールさんじゃなかったはず。

 俺が悪いことをしたから叱られただけで、ここまであからさまに表情に出ることもなかったんだよ。……でも間違いなく、俺と出会って史上一番おっかないロザリエールさんだ。一番怖い声絞り出してる。


 隣りに座っただけでこう、ビシビシと肌に伝わってくるこの感じ。間違いなく俺、何かやらかしたっぽいわ……。


「あの、……ロザリエール、さん?」

「…………」

「俺、何かやらかしましたか?」

「…………」


 座った状態でも座高は俺の方が高い。ということは目線も高いわけで仕方なく、やや下からのぞき込むようにロザリエールさんの顔を確認しようとしたんだけど。

 睨んでる睨んでる睨んでる――まじやっべぇ。俺は思わず視線を外した。それも首が折れんばかりの、俺ができるかぎりの速度で背中を向けたんだ。


「――ぅぉっ!」


 そのとき急に、俺の両肩が引っ張られる感覚があった。座った状態とはいえ、身体を回転させたこともあって不安定だったからか、あっさり転ぶように俺はソファに背中をつけるかたちになってしまった。

 そう、寝っ転がる感じだよ。そしたらほら、ロザリエールさんが睨んでる。見下ろしてる。うわ、おっかな、……あれ? 表情が徐々に穏やかになったかと思うと、見覚えのある『駄目な子を見るような目』になっていくんだよ。


 あれ? 後ろ頭の後ろ。何言おうとしてるんだかわかんね。いや、動揺してるけど、口に出してないから別にいいのかもだけど。

 うん、落ち着け。後頭部が柔らかい。軟化したわけじゃないぞ? 柔らかいものに押し当てられてる、いや、これってもしやあの、リア充の間でしか起きえないという伝説の『膝枕』ってやつですか?

 されたことないから、……あ、一度だけあったか? ロザリエールさんと初めて出会ったときだっけ? うわ、あのときの感触、まったく覚えてない。自分の身に何が起きてるかわからなくて、それどころじゃなかったんだけどさ。


「あのな、タツマさん」

「あ、はい」


 ロザリエールさんはまだ俺をタツマって呼んでる。


「麻夜ちゃんからな、相談があったんだよ」


 普段ロザリエールさんは、麻夜ちゃんのことを『麻夜さん』って呼んでる。けど今は『麻夜ちゃん』だ。こっちが地というか素の状態なんだよね。忘れてたけどさ。

 それと口調が戻っていません、まだ怒ってるかもだから気をつけないと。って。


「え?」

「タツマさんがな、悩んでる理由がわからないって」

「はい?」


 どういうこと? 悩んでる理由?


「話を聞いたあたいもな、そりゃおかしいと思ったさ」

「……どういうことでしょ?」

「あのな、はっきり言っておくぞ?」

「は、はい」


 ロザリエールさんの目がすっごく優しかったんだけど、急に厳しくなった。けどすぐにまた優しくなったんだ。やっぱり『駄目な子』見る目なんだよ。


「悪素はな、あたいらが生まれるよりも前にあったんだ」

「はい、そうですよね」

「なんでもな、300年以上前にあったらしい、あたいも知らない『大戦』が原因だって聞いてる」

「はい。プライヴィア母かあさんから、そんな話は聞きました」


 口調が普段とは完全に逆転してる。つい今し方気づいた俺。気づいたかどうかわからないロザリエールさん。彼女が気にしてないならいいんだけどさ。


「麻夜ちゃんが言うにはな、『自分以外の心配をして頭抱えてる兄さんがどうなっちゃうのかわからなくて怖い』だそうだ」

「俺以外の人……?」

「悪素はタツマさんの責任じゃないだろう?」

「そりゃそうですけど」

「それならなぜ、なぜあんたが悩んで壊れそうにならなきゃならないんだ?」

「……麻夜ちゃんがそんなことを?」

「あぁ。手伝えなくて辛いって。何もできなくて辛いって。早く強くならないと駄目だって。笑みを浮かべながら、本当に辛そうに涙を流すんだ。あんなに幼い娘がだぞ?」


 まさか、そんな辛い目に遭わせていただなんて。


「まじですかー……」


 てことは、ロザリエールさんも、同じ気持ちだったから、あんなに怒ってたのか?


「麻夜ちゃんから聞いてるタツマさんの話。悪素の治療も、水の、作物の解毒も、人々のためになってるだろう。あたいも、黒森人族あのこらも、あんたに関わったすべての人たちを救って、それでも常に悩み続けてる。違うか?」

「否定できません」


 今日、麻夜ちゃんに言われたばかりだったな。あれって、最後通告みたいなものだったのか? 耐えきれなくて、ロザリエールさんに相談したのか?


 ロザリエールさんはぺちっと指先で弾くように、俺の額をデコピンしてくる。痛い。まじで痛いです。手加減してないんじゃないの?


「――ぁぃたっ!」

「あんたはあたいの家族だよな?」

「は、はい、そうだと思ってます」

「あたいはあんたの家族だよな?」

「はい? そうですね」


 逆の意味だよね?


「麻夜ちゃんもプライヴィア様も、ダンナヴィナさんもマイラ陛下も皆、家族だよな?」

「あぁ、そりゃもちろんですよ」

「だったら相談しろよ」

「……はい。ごめんなさい」

「ちょっとしたことでもいいんだ。あんた1人じゃ消化できないことなら、相談してくれよ」

「はい」

「このまま放って置いたらな、手の届かない場所へいってしまう。麻夜ちゃんもあたいもそう、思ってしまうんだ」

「はい」

「2人で麻夜ちゃんを助けるために、ダイオラーデンを獲りにいったこと、覚えてるよな?」

「はい」

「楽しかったよな?」

「そりゃもちろん」

「ならいいんだ。とにかく、ため込まないで相談してくれ。約束できるな?」

「はい。約束します」

「以前、似たような話を、プライヴィア様も仰ってた」

「なんていうか。駄目駄目ですね……」

「ほんとうに、駄目な弟を持った気分だよ」


 うーわっ。ストレートに言われちゃったよ。完全に『駄目な子』扱いだ。


「ほんと、すみませんでしたっ」

「……いい加減にしてくださいよ? ご主人様」

「ごめんなさい。心配かけました……」


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