第134話 検証の結果。

 改めて、ワッターヒルズとスイグレーフェンから持ってきた、水と肉、野菜、土。麻夜ちゃんが集めてくれたエンズガルドの同様の素材。それらの悪素含有量を調べた結果。ここから遠くなるに従って、ある程度少なくなってはいても、結局のところ。


「水だよねー」

「そだね。間違いないと思う」


 底辺に水、頂点に肉。同じように肉の代わりに野菜を、食物連鎖のようなピラミッド図に置き換えてみる。すると、水を取り入れて育つ肉と野菜が、一番含有量が多いことがわかったんだ。


 魔界だろうが人界だろうが、人間は水も肉も野菜も取り入れないと生きていけない。人間は水だけじゃ生きられないから肉で多くの、穀物や野菜でさらに多くの水分を取り入れてることになる。


「そういや忘れてたけど」

「なんでしょ?」

「雪、集めてもらったやつ」

「あー、忘れてやした、親方ー」

「やっぱりね」


 麻夜ちゃんは手のひらの上に、ビンを取り出してくれる。あっちの雪と違って、濁った感じのないシャーベット状のもの。


「雪っていうよりみぞれだったんだね」

「そっそ。ぼた雪っぽい感じ?」

「なるほど」


 外はもう雪が積もってきている。麻夜ちゃんがビンに取ったときは、まだ雨から雪に変わったばかりだったって、ことなのかな?


「それで、どう?」

「んー、……あれ? 何これ?」

「ん? どったの?」

「砂と同じくらい。いやいや、それより少ないかも」

「え? 限りなく0に近いってこと?」

「うん。0.1以下って出てるのよん。どういうことだろう?」


 麻夜ちゃんの『個人情報表示謎システム』の鑑定画面、半端ない性能だな。


「もしかしたら、大気中の水分には、悪素は少ないってこと?」

「……かもしんない」

「そうだ。麻夜ちゃん、こっち」


 俺は風呂場に急いだ。このお屋敷も、ワッターヒルズの屋敷と同じように、お湯が循環してるんだ。ということは。


「この湯気。どう?」

「んー、あ」

「やっぱり?」

「いやいやいや。これ兄さんか、マイラ陛下が聖化しちゃった水じゃないの?」

「あー、そっか」


 この屋敷にある水は、綺麗になった後の水だったか……。


「んじゃ、厨房だ」

「おっけ」


 俺と麻夜ちゃん、ディエミーレナさんは部屋を出ようとした。すると、てっこらてっこら、足音が続いてくる。


「セントレナ」

『くぅ?』

「お前は留守番」

『くぅ……』


 残念そうな声を出さないの。


「んー、じゃ、中庭にしよっか」

「わっかりやした親方」


 敬礼しないの。MMO時代『まーや』のころからこんな感じのノリだったんだよね。


 部屋の扉を閉めて、少し廊下を進んで振り向いたんだよ。


「あ、やっぱり」

『くぅ?』

「ほら、麻夜ちゃん、レナさん」

「あ」

「あ」


 予想通りセントレナは、鼻先で器用に扉を開けてる。


『くぅ?』

「そんな、誤魔化しても遅いって」

「あははは」

「そういうことだったのですね」


 中庭に出て、野営に使った鍋を出す。


「さて、どうやって加熱するかだけど」

「魔法でやろっか?」

「できんの?」

「それくらいなら多分ね」

「勇者ぱねぇな……」

「称号ないから違うってば」


 鍋にビンに入った水を入れて、鍋の底からゆっくり熱してもらう。鍋に入れた水は、王城の中庭にある水路から取ったおおよそ2パーセントのもの。麻夜ちゃんの手のひらには確かに炎があった。すげぇ、ってかずるい。俺も欲しい、その魔法。


「ぐつぐつしてきたね」

「うん。それでどう?」

「んー、あ? え?」

「どした?」

「やっぱりそうだ。鍋のお湯は2パーセントくらいなのに、湯気は限りなく0に近いのよ」

「そっか。悪素は細かく水に溶け込むような状態になるけど、水銀みたいな金属のようなものじゃない。日の熱である程度蒸発、いや、昇華なのか? まだなんともいえないけど、ゆっくり蒸発した水分には含まれない可能性が高い。雪には含まれてないということは、大気中の水分にはほぼ含まれない、かもだわ」


 固体から液体にはなるけど、気体にはならない。そこまではわかったってだけでも十分収穫あったってことになるかな?


 てことは、ここもワッターヒルズも、スイグレーフェンも。水源に何かがあるってことか。ワッターヒルズはあの川の上流。スイグレーフェンは湖に流れ込んでるさらに上流。


「いや、盲点だったわ。大気中に含まれてないことがわかっただけでも上出来だよ。とにかく、コーベックさんに作ってもらってる魔道具で、飲み水は安全になる。いや、もっといけるかも。例えば天日で乾燥させるみたいな、海水から塩を作る原理と同じにしたら? 風呂のお湯みたいに、低温で蒸発させたらもしかするかも。……いや、麻夜ちゃんみたいに鑑定スキル持ってないとだめか。ありがとう麻夜ちゃん。飲み水はもしかしたら、いずれ解決するかもしれないわ」

「いやー、褒められても何も出ないってばさ……」


 照れてる照れてる。でも、悪素対策に鑑定のスキルがこれほど効くとは思わなかったよ。戦う相手がわかれば対策は難しくない。これは俺たちがMMOゲームで何度も繰り返しやってきたことだから。


「金属じゃないかったのは幸いだけど、俺たちが知るあっちの世界になかったものかもしれない。じゃないとこんな人を、生き物を蝕むなんてありえないんだよ。最悪、死んでしまうまであるから。実際、マイラさんは一度死んじゃってるし。やっべ、わけわかんなくなってきた……」

「兄さん、……兄さん? お・に・い・さ・ま?」

「は、はいっ」


 うわ、ぞわっとするなその呼ばれ方。


「兄さん。飲み水だけでもなんとかなりそう。それを喜ばない?」

「そうだね。麻夜ちゃんの言うとおりだ」

『くぅ』


 ぼふっと俺の頭に顎を乗せる。セントレナだね?


「アレシヲンさん、重たいですから」


 ありゃ? ディエミーレナさんにアレシヲンが顎を乗せてる。2人とも彼女が面倒見てくれてたんだろうね。慣れてる感じがするよ。


「ダブルもふもふー」


 アレシヲンとディエミーレナさんに抱きつく麻夜ちゃん。セントレナとアレシヲンに気を使わせちゃったみたいだね。


「ありがとう。セントレナ」

『くぅっ』


 水を安全にできたとして、野菜はどうにもならない。飲み水を畑に使うわけにはいかないだろうから、どうしても悪素は残ってしまうはず。たとえ野菜が安全になったとして、肉や魚は無理だろう。草食の獣でも、どこの草を食べたかまでは制御できない。それこそ、安全な飼料を使って飼育、養殖しないと駄目なんだよ。


「かといってなー、獣と魚を解毒しても、悪素が抜けてるかなんてわかんないんだし……」

「お兄様?」

「うひっ、ぞわっとするからやめてってば」

「まーたうじうじ悩んでるでしょ? 駄目だってば」

「そうだね。俺ひとりで悩むことじゃないんだ。母さんに相談するよ。今日の結果報告もしなきゃだからね」


 あまり悩んでいる暇はない。俺が解毒しちゃった、貯水池の水がどれだけの間持つかもわからない。だからここの人たちが、安全な水を飲める環境作りをしていかなきゃいけないんだ。


「兄さん」

「ん?」

「もう悩んでない?」

「ん、いまんとこ大丈夫かな?」

「そう。ならよかった。あのね、兄さんは明日からまた、神殿で治療を再開するわけでしょ?」

「そうだね」

「そしたらね、麻夜もね。一緒に行っていいかな?」

「どういうこと?」

「アイラベリナさんらしき人の像をね、一度見てみたいのね」

「あー、そっか。いいと思うよ」

「うん、ありがとう」

「その代わり」

「え?」

「みんなの手伝いをすること、いいね?」

「はぁい」


 治療に来る人たちの案内とか、記入作業とか、沢山あるんだよ。仕事はね。


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