第130話 忙しい一日 その9。『ただいま』
厨房にウォーターサーバ型の解毒魔道具を設置して、ギルドの新しい建物にやってきた。外壁が一番最後になってたのか? まだ2割くらいしか仕上がってないけど、ここもレンガ色のモザイク柄になるんだね。
あぁでも、元のギルドはどうなるんだろう? 外壁の補修するのかな? じゃないと、スイグレーフェンにやってきた冒険者が間違っちゃうだろうに?
今日中に引っ越しを終えなきゃならないのか? ギルドの制服着た職員さんたちが、もの凄く忙しそうにあっちいったり、こっちきたりしてる。
「お、お世話になっております」
深々と俺にお辞儀をしたのはネリーザさんだった。すると、他の職員さんたちも手を止めて、俺に一礼するんだよ。けれどすぐに、皆さん持ち場に戻っていったんだ。ほんと、忙しそうだ。
「いやはやそれにしたって皆さん、俺に対してやたらと丁寧すぎやしませんか?」
「諦めてください。タツマさんはある意味、陛下よりも重要人物なんですから」
「その割に、相変わらず警護が一切いないんだけどね」
「あ、その、『必要ありません』って言われてますけど?」
「ひでぇ……」
そりゃそうだけどさ。
魔道具の設置を終えた後、中庭に案内してもらったんだ。うん、確かに中庭なんだけど、天井があってそこには小さなガラス窓が複数あってそこから光が差してる感じ? だから中庭というより温室みたいなものかな。
真冬だけどここは暖かい。あちこちに木や花が植えられてて、いかにも庭園という感じのこの場所。テーブルやベンチが設置してあるんだけど、警備上どこからでも見渡せるからか、すぐに2人とセントレナを見つけることができたんだ。
「では私はここで」
「ありがとうね、ジュエリーヌさん」
「ロザリエールさんにもよろしくお伝えください」
ロザリエールさんと仲良くしてくれてたもんね。最近会えてないだろうから。
「うん。わかったよ」
楽しそうにセントレナを撫でてる麻昼ちゃんと朝也くん。そこで思ったよ。『あーこうしてここでこの子たちは、イチャコラしてたんだねー』ってね。外に出られなければ、息苦しさを感じるかもだわ、こりは。いくら広くても、隠れる場所が全くない。誰もが気まずくなって、ここから立ち去りたくなるんだろうな。
『くぅっ』
セントレナが俺に気づいたみたい。俺は3人に近づいた。
「おじさんこの子、ものすごく。人懐っこいね」
「それにものすごく頭も良さそうなの」
「そりゃそうだよ。セントレナは俺たち人の言葉を理解してるんだから」
「「え?」」
『くぅっ』
そのあと、2人の指先も見せてもらって、悪素毒の症状がそれほど進んでないのを確認。2人とも、ギルドで最後に逢ったときよりしっかりした感じになってる。あの日俺がやったことは、間違ってなかった。それだけでも安心できたんだ。
なんでも、リズレイリアさんが神殿にいた上層部を解任。彼女を女王と認めない貴族家も解体。そこであぶれた回復属性魔法の使い手全員を、ギルドの職員にして毎日治療奉仕をさせてるんだって。だから悪素毒の影響もこの程度で済んでるみたい。
今日まで王城には魔道具がなかったからか、水も城下町の皆さんと同じようにギルドから購入してるんだって。俺が20台持ってきたから昨日よりもさらに水が行き渡るし、悪素毒被害も少なくなるだろうってさ。
「それじゃ元気でね。またそのうちこっちに来るから」
「はい。おじさんもお元気で」
「おじさん、お気をつけて」
「ありがとう」
この子たちはまっすぐ育てばいずれ、この国の国王と王妃、いや女王と王配かな? どちらにしてもリズレイリアさんの跡を継ぐことになるんだろう。
リズレイリアさんのことだから、案外厳しく躾けてるのかもしれないし。セテアスさんですら、あんなになっちゃったくらいだからね。
俺は2人に見送られながら、跳ね橋手前から直接飛び立っていった。俺が飛んだんじゃなく、セントレナが飛んでくれてるんだけどね。
昼過ぎにワッターヒルズへ到着。屋敷へ戻るともうコーベックさんが来てた。寝てないのがよーくわかるんだ。目の下に隈作ってるし……。
「『
「それはもう」
「ほんと、子供なんですから……」
子供のようにはしゃぐコーベックさんと、呆れるブリギッテさん。
「これをですね、こうすると」
稼働時間の調整は、なんと鍵。鍵穴が10カ所あって、短い鍵を挿してその位置で時間を決めるんだってさ。魔法概念で動く魔道具を、制御するのは物理的な装置。魔道具って奥が深いわ。
「右から左に挿し替えることでですね、稼働時間が長くなります」
「ほほー」
「一番右がスイグレーフェン、ふたつずれてワッターヒルズという感じですね」
なるほどね。スイグレーフェンを1と考えて、3倍がワッターヒルズ。最大10倍の稼働時間ということになるわけだ。
「ほほー」
「その分、魔石の消耗が早くなりますが」
「それは仕方ないと思うよ。前よりは全然マシでしょう?」
「それはもう」
「で? これ、何台用意できそう?」
「10台ご用意いたしました」
「まじですかー」
そりゃブリギッテさんも呆れるわ。
俺はワッターヒルズを発つ前に、ロザリエールさんから教えてもらった食肉の加工をしている店へ向かった。なんでもギルドから直接買い取る、いわゆる食肉商、いわゆる食肉の卸問屋みたいなところ。
ここで加工された肉が、串焼きの店などに卸されるんだってさ。ここだけじゃなく、ギルドがあるスイグレーフェンでも同じような店があるって聞いてる。
「どうも」
「おや、聖人様。ロザリエールさんじゃないんだね?」
「そうだね。これ、あとこれもいいかな?」
「はいよ。まいどあり」
並びにある野菜を置いてる店であれこれ買って、全部インベントリへ。これで準備完了っと。
「それじゃ、エンズガルドへ帰りますかね」
『くぅっ』
こっちの世界でも、冬は北から風が吹くんだね。ワッターヒルズよりもさらに北にあるエンズガルドへ向かう方角。そっちから風が吹いてるのは俺にもわかるんだ。
だから若干だけど、こっちへ来るときより時間がかかったような気がする。それでも無事、エンズガルドに戻ってきたんだ。
「あ」
『くぅ?』
「ワッターヒルズのギルド、寄ってくるの忘れた」
『くぅ……』
こっちに
1階にある厩舎でセントレナを丸洗いして、ブラッシングを終えたあと、晩ご飯を食べてそのまま部屋へ戻ってきた。風呂に肩まで浸かって、温まって出てきていまここ。
「うぁああ……、いい湯だった――ってセントレナ、おまえさんまたそんなとこで」
テラスの外で目が光ってるからすぐわかるんだ。こっちを見てるセントレナの姿があったよ。俺は呆れるように、テラスの扉を開けた。すると彼女はは、さも当たり前のように部屋へ入ってくると、寝室前にあるリビングの中央にどっこいしょと伏せる。
『くぅっ』
きっとお休みって言ってるんだろうね。そんな感じがしたなと思ったら、もう寝息を立てて寝てるし。俺もそのまま寝室へ行って、ベッドに大の字になった。
エンズガルドを出て、ワッターヒルズへ。そのままスイグレーフェンへ行って、ワッターヒルズへ、エンズガルドへ戻ってくるまで実質丸1日の強行軍。ほんと、忙しい1日だったよ。
「――うわっ。び、びっくりした。セントレナさん、なんでまたここにいるんだよ? ご主人様はなにやってんだか?」
ロザリエールさんが驚いた声で起きたのは、あぁやっぱりって思ったよ。『ただいま』の前にもちろん、こんこんと怒られたんだけどね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます