第129話 忙しい一日 その8。『おじさんと呼ぶのは』

 あーそっか。正面から入ればよかったんだ……。そう思ったときはもう遅い。ロザリエールさんと一緒に潜入した、裏口に着いちゃったんだよ。


「ごめんセントレナ」

『くぅ?』

「今来たとこ、戻ってくれる?」

『くぅ……』


 やめて、その駄目な子を見る目は。わかってるって、行き当たりばったりな俺がいけないんだから。


 いちど跳ね橋まで戻って、そのまま王城の正面玄関へ。いや、初めて通るんだよね、ここ。あの『ハウなんとか』のときも、裏口から入ったからさ。でもこれ、このまま入っていいの?


「あ、あのっ、申し訳ありませんが」


 門番? 衛兵? 兵士みたいな格好した人2人に止められちゃったよ。


「はい?」

「どのようなご用件、……でしょうか? あ、聖人様じゃないですか」

「あ、あーっ、ギルドで見たことあるなと思ったら」


 2人とも立派な格好してるんだけど、冒険者さんだったんだ。どうりで見たことあると思ったよ。


「はい。これもギルドの依頼なんです」

「へぇ。ところで元々いた衛兵さんは?」

「はい。役に立たないからと、ギルドで冒険者として出直しさせるとか、させないとか」

「あははは。実力主義ってことなんだね」

「はい。我々を信頼してくれている、女王陛下を裏切れませんからね」

「ところで、その馬、……じゃない。なんです? あ、もしやあの噂にあった走竜、いやでも白いって聞いてたし……?」

『くぅ?』

「あ、それ。セントレナじゃなく、母さんのアレシヲンだと思う」

「お母様? あ、本部の総支配人ですか?」

「そっそ」


 すげっ。もう片方の冒険者さんに頭撫でさせてる。余裕だな、セントレナさん。俺よりもリア充の素質あるよ。


「リズレイリアさん、いる?」

「陛下ですね。はい、いますぐ確認をとります」


 セントレナをわしゃわしゃしてた冒険者さん。慌てて走って行っちゃった。すげ、足速いよ。さっすが冒険者さんだわ。


「おや?」


 冒険者さんと一緒に戻ってきたのはなんと。見覚えのある2人だったよ。


「おじさん」

「おじさん」


 俺をおじさんと呼ぶのは、この世界で3人だけ。麻夜ちゃんは兄さんって呼ぶから、もうあとはこの子たちしかいない。


「久しぶりだね、元気にしてた? 麻昼ちゃん、朝也くん」

「はい、元気です」

「えぇ、麻夜ちゃんはその、ご迷惑をかけていませんか?」

「大丈夫だよ。みんなと仲良くしてくれてるから」

「よかったです」


 さすが麻夜ちゃんの双子のお姉さん。ってあれ? 2人とも俺なんかより、セントレナに興味ありありだわ。


「んっと、俺リズレイリアさんに用事あるからさ、セントレナをちょっとみててもらえるかな?」

「いいんですか?」

「やたっ」

「中庭だっけ? そこで待っててくれたら多分俺もわかるから」

「はいっ」

「セントレナちゃん、いきましょ」

『くぅっ』


 なるほど、正面から中庭って、あっち行くんだ? あれ? さっき構ってくれてた冒険者さん。うらめしそうに2人を見てる。まぁ、仕方ないよね。


「では、ご案内を」

「あー、大丈夫」


 場所はなんとなくわかるから、って言おうとしたんだけど、ばつの悪そうな表情したジュエリーヌさんがこっちを見てるし。


「あ、おはよう」

「お、おはようございます」

「ギルドじゃないんだ?」

「いえ、その、最近こちらへ転属になってしまいまして……」

「あー、もしや、たたき直す系のあれ?」


 さっき冒険者さんが言ってたあれか?


「そうですね。私がいると、支配人のセテアスさんが仕事をしないからと、こちらの事務官さんとほぼ入れ替えで。今は受付を、ネリーザさんがみています」

「あははは。大変そうだ」


 確かにギルドの受付さんの制服じゃなく、前にネリーザさんが着てた制服身につけてるし。デザインは似てるんだ。作ったところは同じだったりするのかな?


「大変でしょう?」

「いえ、すっごく暇なんです」

「え?」

「リズレイリアさん――いえ、女王陛下の身の回りの世話が仕事なので、あとは基本待機なんです……」

「そうなんだ」

「エトエリーゼちゃん朝から昼過ぎまで、セテアス亭なので楽しそうですけど」

「あー、セテアスさんの妹だもんね」

「知ってますか? セテアス亭って今、国営なんです」

「まじですかー」


 ジュエリーヌさんの愚痴を聞きながら、気がつけば2階へ到着してた。


「失礼いたします。殿下をお連れいたしました」

「へ?」

『入ってもらってください』


 あ、聞き覚えのあるリズレイリアさんの声だ。


「では、私はこれにて『まーたしばらく待機ですよー』」


 ぼそっと愚痴を残してジュエリーヌさんは行っちゃった。


 うわ。総支配人室と違って、だだっ広いお部屋。女王陛下の執務室なのかな? 


「ところで、何で俺が殿下なんです?」

「エンズガルド王国王位継承権第2位。なんでも、ロザリエール殿を正室に、女王陛下を側室に迎えるそうで?」

「へ?」

「そんなソウトメ様を、殿下と呼ばずしてどうすればいいんです?」

「いや、その話だって俺はまだ了解したわけじゃ」

「プライヴィアも喜んでいました。『これで私も安泰だよ』って」

「まじですかー」


 とかなんとかいいながら、プライヴィアかあさんのことは呼び捨てなのね。


 ジュエリーヌさんがお茶を持ってきてくれた。また暇になるってぼやいて帰った。なんだかなー。


「さて、手、いいですか?」

「どうぞ」

「なんだか自信ありげですね」

「別にありませんよ」


 黒ずみがうっすらと出てるよ。けれど前のアホ王と違って、逃げてないってことだと思うんだ。


「痛みはありますか?」

「気にはなりませんね」

「近いうち治療しましょうか」

「えぇ。忘れないうちにお願いしたいです」


 どういう経緯で家がなくなって、どうギルドへ入ったか? どうやってプライヴィアさんと出会ったのか? でもこういう人が国王なら、変なことは起きないと思うんだよ。


「そういえば、あのアホどもはどうなったんです?」

「大人しくしてるようですね」

「そうなんだ?」

「何せ、『死ぬことすら許されない』と、理解できているようですから」

「んー、俺遠いとこにいるんだけどなー。ぎりぎり1日か。間に合うかもだけどね」

「ある意味怖いことをおっしゃるんですね」

「そりゃもう。俺の家族に手を出したんだから、逃げるのは許さないよ」


 ロザリエールさんだけじゃない。麻夜ちゃんもそう。麻昼ちゃんと朝也くんもそう。リズレイリアさんを含め、ここにいる人たちもそう。俺の同志であって、家族みたいなもんだから。じゃないとあんなに、必死に治療したりしないってね。


「……ありがとうございます」

「いえいえ、どういたしまして」

「そういえば、ワッターヒルズで例の魔道具、20台預かったんですけど、どこに降ろしますか?」

「ありがたいです。王城ここの厨房に1台、あとは新しいギルドに全部お願いできますか?」

「わかりました。厨房はジュエリーヌさんに聞きますね」

「えぇ。おねがいします」


 俺は挨拶を終えると、リズレイリアさんの執務室から出る。ここの隣には、ジュリエーヌさんたちの部屋があるんだ。まるで総務部みたいな雰囲気なんだよ。


「ジュリエーヌさん」

「はいはい。やっとお仕事ですね?」

「そんなに暇なんだ」


 ジュリエーヌさんを始めとした元ギルド職員だった女性が集まってる。もちろん俺も見覚えのある人ばかり。みんな苦笑してるよ。ギルドの仕事よりは忙しくないんだろうね。


「あの魔道具ね、厨房に1台。あとは新しいギルドに19台降ろすんだってさ」

「厨房ですね、こっちです」

「ジュエリーヌさん、『こちらです』じゃない?」

「あ、そうでした」

「あははは」


 リズレイリアさんの執務室は2階。あの日ロザリエールさんと一緒に踏み込んだところの途中にあったけど、ここって確か素通りしたんだよね。


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