第128話 忙しい一日 その7。『そうだったんだ』

『くぅ』


 セントレナが俺の肩口に顔を寄せてくる。

 スイグレーフェンの城下町、セテアスさんの宿屋に到着したのはいいけれど、そういや直接こっちに来ちゃったんだよ。


「あ、そうだ。厩舎行ってこないと」


 すると、セテアスさんは俺の目の前に鍵を出して。


「うちの階段は壊れませんから、そのままお部屋までどうぞ」


 そう、言ってくれるんだ。


「いいの?」

『くぅ?』

「忘れてませんか? お部屋の出入り口の大きさを?」

「あ、確かに大きいけどあれって」

「はい。身体の大きな他の種族さんが訪れても、対応できるようにしてあるんですよ」

「そうだったんだ。じゃ、一晩だけどお世話になるね」

「どうぞどうぞ、やっと眠れます……」


 観音開きになる玄関の扉。そこからセントレナが『いいの?』という感じに入ってくる。彼女が入ったあと、セテアスさんが扉の鍵を閉めてカウンター裏の部屋へ戻っていった。


「それではおやすみなさいませ。ふぁああああっ。あ、失礼」

「悪いと思ってないでしょ?」

「そりゃもう」

「あははは。それじゃおやすみ」

「はい。ごゆっくり」


 カウンター前を通り過ぎる。床は確かに木製だけど、ものすごく丈夫な材質のものを使ってるみたい。階段もそう。思った以上に幅あったんだね。セントレナが乗ってもきしんだりしない。


 いつもの部屋。鍵を開けて扉を開く。俺が先に入って、セントレナはちょっとだけ頭を下げたらあっさり扉をくぐることができた。扉を閉めて、鍵をかける。魔道具なんだろうね、火を使ってる気配がないのに部屋が暖かいからさ。


『くぅっ』


 セントレナは窓際に立ってる。


「ここがいいの?」

『くぅっ』


 俺はインベントリから10枚ほど布を取り出してその場に敷く。するとセントレナは、布の上に伏せるんだ。


『くぅ……』


 そのまま眠っちゃうセントレナ。体力的にはそうではなくても、忙しい1日だったから、精神的に疲れたんだよね? 俺もそうだし。


「それじゃ、おやすみ」

『くぅ』


 ベッドに寝っ転がると、セントレナの規則正しい寝息が聞こえてくる。なんか妙に落ち着くな。


 ▼


 朝起きて、まだ眠ってるセントレナの背中を撫でてから、ひとっ風呂を浴びていまここという感じ。

 早くからやってる肉の卸などが並ぶ場所で買い物。セントレナの朝ご飯、昼ご飯になるくらいの肉、おそらくはロースか肩ロースだと思う部位を買ってくる。もちろん、サンプルとなる肉と魚、根菜、葉菜も買ってインベントリへ放り込んでおく。


 セテアス亭に戻ってくると、キッチンにいるミレーノアさんにセントレナの朝ご飯をお願いする。そのまま部屋に戻ると、セントレナが目を覚ましたようだ。


『くぅ?』

「あぁ、おはよう」

『くぅっ』


 まだ少し寝ぼけてるのか、俺に顔を寄せて頬ずりしたり、顎を頭に乗せたり。実は、『わかっててやってんじゃね?』とも思うけど、やりたいようにさせてみる。


「セントレナ、お腹すかないか?」

『……くぅっ』


 きょろきょろ部屋を見回して、頭を縦にうんうんとする。一瞬、ここがどこだかわからなかったのかもね。厩舎なら朝ご飯が出されたかもだから。


 いや確かに、このセテアス亭は広い。部屋の出入り口、階段、この食堂もそう。俺のご飯を食べながら、となりで大きく口を開けてるセントレナに、ミレーノアさんが焼いてくれた一枚肉を食べさせることができるんだから。


「ほんとうに、美味しそうに食べてもらえるものなんですね」

『くぅっ』

「きっと、美味しいって言ってるんだと思いますよ」

「そうなんですか?」

「はい。ほら、食べ終わると口開けて待ってるくらいですから」

「あらまぁ」


 ミレーノアさんも喜んでくれてる。彼女の作る料理は元々薄味だったけど、かなり美味しいほうだった。それにロザリエールさんの味付けが備わったんだから、もうまもなくするとご飯を食べに来るお客さんでこの食堂もいっぱいになるらしいんだからさ。


「それじゃセテアスさん、ありがとう」

「いいえ。どういたし――ふぁあああっ。あ、失礼」

「全然悪いと思ってないでしょ?」

「えぇ、確かに」

「あははは」

「あははは」


 俺とセントレナは、2人に挨拶をしてセテアス亭を後にする。『個人情報表示謎システム』上の時間は朝の8時を回ったところ。城下町にはそれなりに人も歩いてるけど、セントレナに乗った俺を見て、振り向くことはあっても驚くようなことはない。挨拶をしてくれる人はかなり多いんだけどね。『聖人様』ってさ……。


 ギルドへ向かう途中、土と湖の水をサンプルとしてビンに入れておく。これでスイグレーフェンでのサンプル収集は終わり。あとはギルドに顔を出せばいいだけ。


『ぺこん』

「お?」


 麻夜ちゃんからのメッセージだね。


『兄さんおはよー。今日のご予定は?』

「はいはい。えっと、『これからギルドに寄って、そのあとワッターヒルズ行って、エンズガルドに戻る予定』、送信っと」

『ぺこん』

『こっちは雪降ってるなう。寒い寒い、でもみーちゃんあったかい』

「雪かー、あ、そうだ。『その雪、ビンにとっておいて』、送信」

『ぺこん』

『りょうかいー。では気をつけて帰ってきてちょ』

「『了解。みんなによろしく』、送信」

『ぺこん』

『あいあい』

「よし、セントレナいこっか」

『くぅっ』


 ギルドへ向かって歩き始めたセントレナ。見慣れたレンガ色のモザイク柄した外壁。そこには何やら慌ただしく人の出入りが見られるんだけど何かあったのかな? と思ってたら、背後から声がかかった。


「ソウトメ様すみません」

「ん? あ、セテアスさん、さっきぶり」


 冬だっていうのに、額に汗が滲んでる。ここまで走ってきたのか? もしかして。


「はい、さっきぶりなのは間違いありません。ただ、申し遅れました。今日から引っ越し作業が始まっていまして」

「あー、新しいギルドの建物。やっとできたんだ」

「はい、そうなんです」


 ということはここ、近いうちに俺の家になるんだよな。あ、解毒の魔道具、ここに卸すつもりだったんだ。


「そういえばセテアスさん」

「はい」

「解毒の魔道具なんだけど」

「助かります」

「20台、ここに降ろしちゃっていい?」

「いや、それはちょっと……」

「麻昼ちゃんか朝也くんは、こっち来てないの?」

「そうですね。お二人は王城まだいると思います。昼後から、大きな物の移動をお願いはしてるんですけどね」

「あー、2人ともやっぱり空間属性持ってるんだ」

「はい。実に羨ましい限りで……」

「そしたらさ、俺、ふたりのどっちかに渡してくるよ」

「できるならお願いしたいです」

「それじゃ」

「では、お気をつけて」


 セントレナは、俺が指差した方向へとっとことっとこ走り始めた。道順は簡単なんだよね。湖に出たら、水路に沿って走るだけ。ほら、王城が見えてきた。


 ここに来るまでやっぱりなんだけど、セントレナの姿を見て驚く人はいなかったんだ。というより、俺がいるからなのか? いやたぶん、プライヴィアさんが目立ってたからだと思うんだよね。


 王城の敷地まで伸びる跳ね橋。懐かしく感じるね。馬車も通るからだろうけど、セントレナが歩いてもそんなに狭く感じない。あ、あんなところに新しい建物が。あれが多分、ギルドの建物なんだろうね。


 俺はそのまま王城へ。とりあえず、リズレイリアさんに会ってから帰ろうと思ってるからさ。セントレナがいると、跳ね橋から王城までの距離は楽々だよね。


「あぁ、歩いていたときの、あの長かったことよ……」


 初めて俺がこの世界に連れてこられたあの日。王城から逃げ出してやれやれと思った矢先の初見殺しだったからなぁ……。


『くぅ?』

「いや、こっちこのこと」


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