第127話 忙しい一日 その6。『ワのxx』

 俺とセントレナは、ワッターヒルズへ到着と同時に俺の屋敷に降り立った。ブリギッテさんにセントレナを預けると、そのままコーベックさんに歩み寄る。


「コーベックさん、とにかく食堂」

「はい」


 俺とコーベックさんは、食堂に急いだ。


「例の魔道具だけど、図面とかあったりする?」

「はい、ここに」


 いつも持ち歩いてんのかね? 腰のあたりから取り出してるんだよ。あー、もしかしてロザリエールさんが持ってた魔道具の一種か?


「それってさ、ロザリエールさんが持って、荷物を沢山入れられる魔道具?」

「いえ、それよりも簡易的なものです。あれはもの凄く高いので」

「簡易的っていうと?」

「そうですね、私たちが2人で抱えられるくらいの量でしょうか?」

「なるほどね、それはそれでたいしたものだ。……ってさておき」

「はい」

「このさ、基礎になる解毒の部分だけど、こことエンズガルドではさ、水に含まれる悪素の濃度が違いすぎるんだ」

「はい。それでしたら、ここをこう――」


 俺たちは意見を出し合って、どんな濃度でも対応できるように、稼働時間を変更できるタイマーのようなものをつけようってことになったんだ。


 コーベックさんがいうには、稼働時間を制御するのはすでに現存する魔道具の改良で対応ができるとのこと。すげぇな、この世界のリバースエンジニアリングって。


「どう? ひとつだけなら何日かかりそう?」

「そうですね。ひとつ時半というところかと」


 『個人情報表示』画面に出てる今の時間は、11時前あたり。ちょっと待て、これから3時間って夜中の2時じゃないか?


「寝なくてもいいの?」

「完成したらお持ちしたのちに稼働が確認できましたら、寝ます」


 そんな気持ちのよい笑顔で言うもんだから、やめろって言えないんだよね。


「じゃ、俺は商業区画で買い物をして、河原でサンプルを取ったら、1度スイグレーフェンへいくから、戻ってきたら寄らせてもらうよ」

「はい。できあがりましたら、仮眠を取りますのでお気になさらずに」

「無理はするなよ?」

「心得ております」


 コーベックさんと食堂で別れセントレナの様子を見に行く。何やらブリギッテさんから軽い食事をもらったみたいだ。ほとんど肉で、両面軽く焼いたものをペロリと5枚ほど平らげたそうだ。


「コーベックさん、これから根を詰めるみたいだから、気にしてあげてね?」

「大丈夫ですよ。いつものことですから」

「それじゃ俺たち、用事を済ませたらスイグレーフェンへ行ってくる。1度こっちに寄ってからエンズガルドへ戻るからさ」

「はい、お待ちしております」

「セントレナ、いこうか」

『くぅ』


 俺はセントレナを連れて屋敷の外へ出る。ワッターヒルズなら、うちの屋敷から外へ出て町を一緒に歩いても別に驚かれることはない。それにもうすぐ夜中。通りに出てる人もまばらだから気にする必要もないんだけどね。


 途中、黒森人族の宿舎へ寄って職人さんたちが作った例の魔道具を20台預かる。そのあとあっさりと町を抜けて裏手にある橋を渡った。


「ちょっと待っててね」

『くぅ?』


 俺はインベントリからビンとスコップを取り出して、川からかなり遠いところの土を掘る。それも比較的乾いてる、つまむと崩れてしまうような表面の部分だけをビンに入れてから、麻夜ちゃんが用意してくれたラベルを貼った。


「えっと、【ワ】の土、っと」


 そう。ワッターヒルズの土のサンプルを採ってたわけ。次に川に近づいて、ビン2本出して、片方を沈めて水を汲む。もう片方に水を入れ直してラベルを貼った。


「【ワ】の水、っと」


 こうしないと、濡れたままじゃラベルが剥がれちゃうんだよね。俺たちの世界にあった工業的に作られたのりとかボンドじゃなく、こっちで紙を貼り合わせるのに利用されるものは澱粉でんぷん糊らしいからね。


 生乾きの状態でインベントリに突っ込んであるから、貼ればそのうち乾く。まぁ、インベントリの中じゃ乾かないんだろうけど。それはそれということで。


「よし、水と土はこれでいいでしょ? 肉と野菜は、スイグレーフェンから戻ったら買うことにしよ。どうせお店開いてないからね」

『くぅ』

「よし、スイグレーフェンいこっか?」

『くぅっ』


 『個人情報表示謎システム』上の時間はもう、0時を回ってる。これからあっち行っても、ギルドも何も開いてないんだよね。


『ぺこん』

「ありゃ?」

『おはようございます。夜中でございます。いまどのへん?』

「ありゃ、麻夜ちゃんだわ。通話、ぽちっと」

『ぽぽぽぽぽぽ』

『はいはいお兄様』

「だーかーら、ぞわっとするからやめてちょうだい」

『あははは。それでどんなかんじー?』

「うん。ワッターヒルズをこれから出るところ。あっちは連絡してくれたかな?」

『大丈夫。麻昼ちゃん経由でね、支配人のおじさんに起きてるようにお願いしてもらったから』

「あははは。セテアスさん、かわいそ」

『仕方ないでしょ? お仕事なんだからねー』

「まぁね。みんなはどうしてる?」

『マイラ陛下はお休み。ロザリエールさんは陛下のお部屋。多分寝てると思うけどね』

「うん。そうしてもらえるとありがたいね」

『お、セントレアちゃんやっほー』

『くぅっ』

『「マヤ様、そろそろお休みになられないと」』

「おや?」

『あー、ごめんごめん。みーちゃんに怒られるからもう寝るねー』

「うん。おやすみ」

『頑張りすぎないようにねー。おやすみ』

「ありがと」


 マナ茶と『マナ・リカバー魔素回復呪文』で魔素切れを起こさないようになったセントレナは凄かった。なんと、新・記・録っ。ワッターヒルズからスイグレーフェンまで、3時間切っちゃった。今、2時半回ったところなのよ。


 とっとことっとこ軽やかに、人気の少ないスイグレーフェンの城下町を走るセントレナ。昼間あれだけ人がいるのに、まるで映画のセットみたいなこの静けさ。そりゃ冬だから、外で飲んでる人もいないんだろう、……あ、いるし。


 居酒屋みたいなお店で、飲んでるおっちゃんたちが俺に手を振ってる。開けっぱなしで寒くないんかね? それにさ、セントレナを見ても全然驚く素振りはないんだ。虎人族のプライヴィアさんが認知されてるからかもしれないね、このあたりはさ。


 なんだかんだで宿屋街。このあたりはこんな時間でも明かりが見える。寒くても飲み歩く宿泊客がいるんだろうね? 俺みたいなさ。


「セントレナ、あそこ」

『くぅ』


 俺が指差したところは、もはやおなじみの『セテアス亭』。さすがに寒いからか、正面玄関の扉は閉まってる。磨りガラスみたいなものがはめ込まれてるから、中はちゃんと見えるんだけどね。


 セントレナの背中から降りてそっと覗いてみると、ありゃま、退屈そうに頬杖ついてるセテアスさんの姿が見えるよ。俺は軽く扉をノックしてみた。すると彼は恨めしそうな目でこっちをじとっと見てくる。受付カウンターから出てくると、扉を開けてくれるんだ。


「鍵は開いてるんですから、入ってくれたらいいじゃないですか」

「あー、こんな時間まで悪いなーって思っちゃってさ」

「そう、それですよ。仕事が終わって、ギルドから出たときにですよ? ソウトメ様が来るから、寝ないで待ってるようにって、絶望の知らせが入るんです。勘弁してくださいよー」

「あはははは」

「それも伯母上陛下からだから嫌だって言えないんです。まぁ、給料も倍になりましたからミレーノアも喜んでくれてますけどね。宿のお客さんは相変わらずですが、食堂のお客さんは倍増ですよ? ロザリエールさんには感謝です」

「そりゃ凄い」


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