第122話 忙しい一日 その1。『猫? 虎?』
「――うわっ。び、びっくりした。セントレナさん、なんでここにいるんだよ?」
朝、ロザリエールさんが驚く声で目を覚ました。珍しいね。それと、セントレナ? どういうこっちゃ?
『くぅ?』
「ご主人様」
「……はい?」
寝室の入り口に仁王立ちなロザリエールさん。逃げ場がない、ここはとにかく謝っちゃおう。うん、そうしよう。
「はい、ごめんなさい」
しょぼーん。
……あ、扉を開けようとして苦戦してるセントレナが見える。さては、ロザリエールさんお注意が俺に向いてるのをいいことに逃げようとしてるな? あ、がちゃりと音がした。テラスへ出るための扉が開いたか?
でも
「セントレナさん」
『くぅっ』
この場から逃げようとしていたセントレナは観念したのか、しっかりと扉を押して閉めてから、その場に伏せちゃった。
そこから5分くらい、お小言プラス説明タイム。やっと納得してくれたロザリエールさん。すっごく駄目な子を見る目になってるし……。
「と・に・か・く」
「はいっ」
『くぅっ』
「セントレナさんは早めに厩舎へ。そろそろ朝食を準備しているはずですから」
『くぅっ』
ロザリエールさんは、テラスへ出入りする扉を開けてくれた。セントレナは何度か頭を下げて『ありがとう』という感じにして外へ出ていく。翼を広げたと思ったら、軽く飛び跳ねてふわりと降りていった。
「王室よりジェノルイーラさんが迎えにくるんですよね? ご主人様は顔を洗って、さっさと食堂へ降りてください。いいですか?」
丁寧な言葉だけど、ややぶっきらぼうな感じもする。
「はいっ」
俺は大急ぎで洗面所に入った。顔を洗って着替えをする。うわ、ロザリエールさん、大きい方のリビングで待ってるよ。ヤバい、さっさと準備しないと……。
朝食が終わって、慌ただしく背中を押されるようにして玄関口へ。ふわりと両手でロングスカートを持ち上げるような、いつもの俺のお気に入りの所作でお見送りをしてくれるロザリエールさん。彼女も知ってるんだよ、俺が気に入ってるってことをね。
「タツマ様、いってらっしゃいませ」
「うん。いってくるね」
「ジェノルイーラさん」
「はいっ」
「タツマ様をよろしくお願いいたします」
「かしこまりましたっ」
かかとを鳴らして、ロザリエールさんに一礼をするジェノルイーラさん。
「タツマ様」
「ん?」
「本日のご予定は確か、午後より神殿へと伺っておりましたが、これからどちらへ向かえばよろしいでしょうか?」
「そうだった。王城向かってくれる?」
「はい?」
「アポイ――約束はないんだけどね」
失敗失敗。アポイントじゃ通じないだろうからなー。
「かしこまりました」
「あ、いいんだ?」
「えぇ。陛下が先日まで毎日行われていました『秘密の儀式』あったのですが、タツマ様のおかげでなくなったものですから」
秘密の儀式? あー、そっか。貯水池の解毒ね。
「勝手に解毒しちゃ駄目だった?」
「いえ、私たちの安全のために、あのようなことになったわけですから。感謝はすれど、駄目などと……」
「うん、ならいいんだ。女王陛下、いた?」
「はい。お暇そうになさっておいでです」
「あははは。いいことだと思うよ。国王が暇なのは、平和の兆しでもあるんだからさ」
逆に忙しくなっちゃった人もいるけどさ。リズレイリアさんみたいにね。
相変わらず、中から外は見えるけど、外から中は見えないのか? 馬車の中は静かで平和。暇ともいうけどさ。あー、これってマイラヴィナさんと同じか?
俺は誰に気づかれることもなく、王城へ入れてしまう。そりゃそうだよ、ジェノルイーラさんは王室勤務だから、顔パスだろうし。
馬車ごと裏へ回って、正門じゃない勝手口のような場所で停まる。ジェノルイーラさんと同じ制服を着た男性女性がすれ違う。おそらく衛士さんたちなのかな? ということは、裏口というより隠し通路みたいなものなのかも。
ほら、階段を上っていくけど、最上階までほかの階には入れない。おそらく、
階段よりもちょっと広めの通路に出る。あー、ここは見覚えがあるわ。屋上から一番最初に来た部屋だもんな。
「陛下、ジェノルイーラでございます。ご在室と伺っていたのですが?」
「何用ですか? いえ、いいです。今開けるから待って――」
お、いたいた。え? 開ける? ちょっと待て。扉が開いた。普通、侍女さんか執事さんが開けるもんじゃないのか?
「えいっ――と」
俺は嫌な予感がして、ある高さに右腕の手のひらを開いて置いた。確かこのあたりの高さだったはず。
「心待ちにしていましたよ? わたくしの婚約者ど――え? どうして?」
俺の目の前を両手が空振りするのが見えたんだ。やっぱりね、プライヴィアさんの妹だもの。匂いで俺がいるのを判断して、『ベアハッグ』ならぬ『タイガーハッグ』みたいに、『力任せに抱きあげようとするんじゃないかな?』って思ったんだ。あ、マイラヴィルナさんなら抱きつくほうか。
「ほーら、大当たり。だーれが婚約者なのさ?」
「あー、むー、なぜ手でつっかえ棒をするのですかー?」
空振りして自分を抱きしめる仕草になってすぐ諦めず、俺に両手を伸ばしてくる。俺は俺よりちょっと低い位置にある彼女の額に手を置いて、こっちに突っ込んでこれないようにしてたんだ。
「もうしませんから。大人しくしますから。この手、ご勘弁です……」
「本当ですか? 嘘だったら、帰りますからね?」
「大丈夫です。お友達のロザリエールさんに誓って」
「誰に誓ってるんですか、っていつの間に。あーそれであんなに仲がよかったわけですね」
「あの」
俺の背後から、ジェノルイーラさんの声が、少々驚いたような声が聞こえる。
「なんでしょ?」
「まだ出会って間もないというのに、まるでご
どうせ俺より年上でしょ? おそらくだけど。兄妹、いや姉弟ってあぁ、ノリがやや麻夜ちゃんとのやりとりに似てたんだろうな。言葉使いはマイラヴィルナ陛下のが丁寧だけどさ。
どっちかというと、麻夜ちゃんの方が年上に感じるんだよ。マイラヴィルナ陛下と比べるとね。
「そう?」
「そうかしら?」
そのまま、彼女の部屋にあるちょっと立派なソファに移動。差し向かいに座るもんだと思ったんだけど、なんで俺の隣りに座ってんのさ?
「もしやマイラさんって、猫を被ってたんじゃないの? 俺がいたところのことわざでね、『本性を隠してる大人しい人のふりをする』みたいなことをね、猫を被るっていうんだけどさ」
「それは心外ですっ。それにわたくしは虎です。このわたくしが猫を被るだなんて、それではまるで女王らしく演じてきたみたいではありませんか? 今ここにいるわたくしが地のわたくしであるかのようにおっしゃるのは、あんまりにございますよ?」
「虎は被るものじゃないでしょう? 被ったって母さんにしかならない、あ、ダンナ母さんはお淑やかだっけか?」
「そうです。ダンナ姉様はとても穏やかで品があって、まるでわたくしそっくりでは」
「いや。どっちかというとマイラさんは、麻夜ちゃんっぽいかな? いや、ロザリエールさんと気が合うんなら、案外もっとがさつなのかも?」
「それはあんまりですよ……」
「本当に、仲がよろしゅうございますね?」
「そう?」
「そうかしら?」
『個人情報表示謎システム』での時間は8時を回ったあたり。あまりゆっくりできないな。
「さて、まずはですね」
「はい」
なにその、希望に満ちた眼差し?
「色々あったじゃないですか?」
「はい、色々ご迷惑をおかけしました。ですからその、ごめんなさい」
「え?」
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