第123話 忙しい一日 その2。『龍人族の話』
「なんでも聞いてくださいね? なんでもお話いたしますので」
「あー、それなら」
「はい、男性とお付き合いしたことはありませんよ?」
「そうなんだ」
「はいっ、わたくしは姉さんと違いまして」
「あ、はい」
「男性が苦手ではありません」
「あー、そういう。俺は別に、いいと思うよ」
「ありがとうございます。女王という立場はですね、国を治めるだけではなく、王家として子孫を残すという義務も発生するわけなんですね。ですが、姉さんは言ってくれました。わたくしが本当に、身も心も捧げてよいと思える殿方が現れるまで、無理に王配を決める必要はないからと。それこそ気に入る人が現れなければ、100年でも200年でも、最悪寿命を迎えてしまったとしても仕方はないだろうねと、約束してくれたんです」
「まじですかー」
「急激に状況の変化した1年でしたが、やれることはやったと思います。『国の皆さんのためにこの身が朽ちるなら、仕方ないでしょう?』と。『それなら姉さんも許してくれるかな?』と、あのときは満足したんです。『これで痛みからも解放される』と。すべてを受け入れて、すべてを諦めて意識が遠くなるのを受け入れたあのあと。タツマ様が現れたのでその、ちょっと考え方が変わってしまったというか」
「そうだったんですね、……いやそういうことじゃなくて」
「はい?」
「時間がないので、真面目な話に戻したいんですけど」
「真面目にお話したんですけど、……わかりました。タツマ様とはあれきりだったものですから。いつお会いできるのかとその、楽しみだったので……」
「なんていうかその、忙しくてごめんなさい」
「いえ」
「それでその、龍人族さんの話ですが」
「はい」
「交わされていた約定による取引、でしたっけ? それが今年、なされなかった」
「はい、そうです――」
マイラヴィルナさんの話はこうだった。
毎年年始めに、龍人族の国アールヘイヴとの交易が行われていた。アールヘイヴで作られた穀物を大量に買い入れる代わりに、この国で利用する1年分の水が入った貯水池と、農地の浄化をお願いしていた。
けれど今年は、龍人族の聖女様は体調が思わしくなく、アールヘイヴのことで精一杯になってしまっている。このままでは来年ももしかしたら、難しいかもしれない。そのため、大事を取って中止にしたいと申し入れがあったとのこと。
「なるほどね」
「はい。かといって、国の皆さんへ負担をかけてはいけないと思ってしまい……」
「あの結果になっちゃったんですね?」
「はい、ごめんなさい」
「まぁ、いいですよ。今は俺がいるんですから、無理はしないようにお願いします。いいですね?」
「はい、気をつけます」
「それで、俺は今日このあと――」
このあと、神殿で治療をして、夕方からワッターヒルズ、スイグレーフェンに行くこと。その間、麻夜ちゃんにお願いしてること。細かに調べて、対処療法的な手法で凌いでいこうと思っていることなどを説明した。
「根本的な解決にはなりませんけど、できる範囲であがいてみようと思ってるんです」
「それはもう、聖女様と同じではありませんか?」
聖人様って呼ばれてるけど、それは内緒にしておこっかな?
「いえいえ。俺には浄化はできません。なので地味にこつこつやるしかないんですよね」
「地味でしょうか?」
「そういうことにしておいてください。それで、水と悪素毒以外、困っていることってありますか?」
「はい。例年通り、聖女様に浄化していただいてないことでですね、作物の育ちが極端に落ちてしまうと思われるのです……」
「なるほど」
ここは、スイグレーフェンよりも、ワッターヒルズよりも悪素の濃度が高い。飲み水が確保できているからといって、それだけじゃ駄目ってことなんだ。
「虎人族と猫人族はですね、肉と魚を好んで食べます」
「俺たち人間もそうですよ」
「はい。わたくしは、肉より魚が好きなんです。穀物、パンなども食べることはありますが、付け合わせという感じですね。肉や魚より多いということはありません」
あー、だからプライヴィアさんのお屋敷で出てくる料理は、少し量が違ってたわけなんだね。俺や麻夜ちゃん用に、盛り付けも若干変えてくれてたみたいだし。
「ほほー」
「もちろん、火を通したものですよ? 生はほら、生臭いですし、お腹を痛くする可能性もございますので」
「そりゃそうですって。魚は生で食べられる種もありますが、ほとんど火を通しますから」
「そのような魚、いるのですね?」
「女王陛下も――」
「マ・イ・ラ」
俺の唇に人さし指を当てるようにして、頭を左右に振ると『だめよ』みたいな表情をするんだ。
「あー、はい。マイラさん」
「なんでしょう?」
こう、美少女っぽくみえても、やっぱり俺より倍生きてる。あちこちお姉さん的仕草がみえるのは、ロザリエールさんと同じなんだよなー。
「マイラさんのお姉さん。俺の母さんから聞いてると思いますが」
「はい」
「俺と麻夜ちゃん、この世界の人間じゃないのはわかってますよね?」
「はい?」
「あれ?」
「そ、そうだったのですか?」
「え? 俺言いませんでしたっけ?」
「うふふ。嘘です。存じておりますよ」
「ひでぇ。まぁいいか。それでですね、あっちの世界では、俺の国には魚を生で食べる習慣がありました」
「そうだったんですね?」
「あ、でも。川や湖の魚は一部のもの。海の魚も全部じゃないですよ? 魚料理はロザリエールさんが得意なんですよ。ものすごーく美味いんです」
「そうなんですか?」
「そう言っていただけると、とても嬉しゅうございます」
「え?」
声のするほうを振り向くと、笑顔のロザリエールさんがいる。あれ? なんでいるのよ? 後ろで待機してたジェノルイーラがびっくりして固まってるし。
「お茶をお持ちいたしました」
「ありがとうございます。ロザさん」
「へ?」
「わたくしと同い年で、生まれも早いとのことでしたので、仲良くさせていただいてるんです」
「マイラ様のことに関しましては、プライヴィア様よりどうしてもとお願いされました。お話してみたら、すぐに仲良くなれまして」
そりゃロザリエールさんも一応、小国とはいえ黒森人族の姫様だからね。
「わたくしは料理が苦手なのですが、お友達になっていただいた、ロザさんが教えてくれるんです。楽しくて仕方がないんですよ」
とにかく、姫様だったロザリエールさんも、王女様だったマイラヴィルナさんも、コミュ力半端じゃないわ……。
「よくわかんないけどとりあえずい置いといて、……この国は穀物じゃなく、果実を主に育ててた、と。穀物は基本、龍人族からの交易に頼っていた。あとは狩猟と、湖での漁というわけですね?」
「はい。それで間違いはないと思います」
「例えば昨年まで、アールヘイヴから大量に仕入れた穀物は、母さんを通じてワッターヒルズへ送っていた。その代わりにこちらへ何を?」
「はい。肉、ですね」
「肉ですか。こちらにも魔獣はいますよね?」
「えぇ。ですが、肉にも悪素は……」
「あぁ、そういうことですか。こちらの肉より、あちらの肉のほうがやや安全」
「はい、そのとおりでございます」
「よく考えてますね」
「はい。姉さんがワッターヒルズを作ってくれたおかげで、色々と助かっています」
俺の前に2人並んで座ってて、まるで昔からの友達関係だったかのように仲の良い姿が見えるのはなんか嬉しくなってくる。最近ワッターヒルズでは黒森人族のみんながいるからか、こういう姿を見せてくれなかったし。麻夜ちゃんとは仲よくしてくれているけど、友達というより年の離れた姉妹みたいな感じだったからね。
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