第121話 明日からの予定。

 俺がご飯を食べ終わったあたり。第一声は麻夜ちゃんだった。


「タツマお兄さん、もうご飯いいの?」

「へ? いや、もう食べないけど。あれ? どういうこっちゃ?」


 あれ? 俺のことと『お兄さん』って呼ばなかった?


「あぁ、驚くのは無理はないね。いずれマヤちゃんは、タツマくんの妹に、マヤ・ゼダンゾークなるんだから、『おじさんではよろしくないんだよ』と教えたんだね」

「あぁ、そういう意味だったんですか」


 やっぱり。俺の立ち位置がはっきりしたら、そうなるってことなのね。


「そっそ。『お兄ちゃん』とか『お兄様』、のがよかったかなー?」


 にやっと笑う麻夜ちゃん。


「ごめんなさい。お兄さんでお願いします」

「あははは」


 それ、どんなプレイよ? 呼ばれ慣れてなきゃ、単なる拷問だってばさ。


「てことはあれっすよ、麻夜ってば公女様っすよ、公女様、それは『しびれるあこがれる』ってヤツすよねー、このシチュエーション」


 めっちゃ楽しんでるよ、この状況。


「母さん、明日からなんですが」

「うん」

「あ、母さんちょっと待ってください」

「あぁ、構わないけど」

「麻夜ちゃん」

「ほいほい」

「レナさんの手どうなってた?」


 プライヴィアさんも『忘れてた』という表情だったんだ。俺がいたらいつでも治療できるって頭にあっただろうからね。


「あ、ごめん、忘れてた。んっと、手のひらかな? みーちゃん」

「はい。なんでございますか?」

「タツマお兄さんに、手、見せておいで」

「は、はいっ」


 ぺこりとお辞儀してから、両手をみせてくれる。


「すみません、よろしくお願いします」

「どれどれ?」


 あれま、真っ黒まではいかないけどさ……。ワッターヒルズだったなら、1・2を争う酷さになるってばよ。


「ありゃー、……なんでこう、魔族さんは無駄に我慢強いんだろうね。『ディズ・リカバー病治癒』、『フル・リカバー完全回復』」


 わざと呆れてみせる。これはロザリエールさんにも、プライヴィアさんにも言えることだから。


「もういいよ」

「え?」

「あー、タツマお兄さんはね、ぼそっと聞こえないくらいの声で呪文を詠唱してるっぽいから」

「ネタバレカコワルイ」

「どどんまいっ」


 てへぺろしながらサムズアップしないの。女の子なんだから。


「それ俺のセリフ」

「あははは」

「そういやさ、麻夜ちゃん」

「んー?」

「母さん、手いい?」

「どうしたのかな?」


 俺は手のひらを上にして、母さんに手を乗せてもらう。


「こう見るとさ、虎人族さんもさ、猫人族さんもさ」

「あー、肉球がないのよねー」

「そうそう。俺も思ったんだよ」

「あぁ、そのことだね。あのね、タツマくん、マヤちゃん」

「はい」

「はい」

「私たち獣人種は『獣人』と名はつくけれど、人族に近い進化を遂げた二足歩行の種族なんだがね」

「あー」

「あー」

「わかったかな?」

「はい、なるほどー」

「はい、俺たちの足の裏の皮膚と同じ理由なんですね」

「正解。そういうことなんだね」

「なるほどなるほど、……あ、脱線しちゃった。ごめんなさい。母さん、俺は明日の昼から神殿で治療にあたりますんで」

「うん」

「ジャムリーベルさんに冒険者へ依頼を出してもらってますんで、症状の重たい人から一気に治しちゃうつもりです」

「それは助かるよ。ありがとう」

「いえ、それでですね。俺、夕方から一度、ワッターヒルズに戻ります。要件を伝えたらスイグレーフェンに行って用事を済ませて、そのままこちらへとんぼ返りの予定です」

「……『とんぼがえり』とは?」

「あぁ、すみません。あちらで宿泊せずに帰ってくるという意味です」

「そうなんだね。それで要件や用事とは?」

「あの魔道具の調整をお願いしてくるだけです。稼働時間がもっと長くないと、ここでは使い物にならなくなりそうですから」

「なるほどね」

「麻夜ちゃん」

「はいなっ」


 いちいち敬礼はいいから。こっちの人、わかんないでしょうに。


「麻昼ちゃん経由で先にさ、リズレイリア女王に伝えてほしいんだ。俺が少しの時間だけ戻るから、何かあったらギルドに伝えてほしいって」


 スマホでメッセージ送ってってこと。俺は麻昼ちゃんとアドレス交換してないんだよ。


「りょっかい」

「あとね、明日からでいいから」

「あいあい」

「水、土、野菜、肉、魚のさ、悪素濃度を測っておいてほしいんだ」

「了解しました、親方っ」

「親方ってあのねぇ。ワッターヒルズとスイグレーフェンからさ、水とかサンプルをビンに入れて持ってくるから、比較したいんだよね」

「本格的に始めるのねん?」

「そっそ」


 こうして簡単な打ち合わせを終えたあと、俺は部屋に戻ってきたんだ。さて、隅々まで見ていきますかね。


 まずは、部屋に入って右側の扉。その奥にはなんと、洗面所、トイレ、お風呂まであるんだよ。


「いやー、まじですかー」


 つい、口に出ちゃった。トイレなんてさ、日本にいたときの俺の家の風呂より広いのよ? 誰が伝えたか、温水洗浄便座じゃないとはいえ洋式なのよ洋式。和式だと大変なんだよね。色々とさ。


 風呂に至ってはこれ、超高級ホテルの風呂場みたい。湯船がさ、プライヴィアさんサイズに作られてるのか、縦2メートルちょっと、横2メートル弱の長方形。まるで浅いジャグジーだってばよ。


 寝転がって入れる感じで、常にお湯が循環してるのか? すでにお湯が入ってるんだよね。ワッターヒルズよりもさらに北にあるのか、確かに寒い。けどこれはいいわ。


 風呂から一時退却。もう一つ奥のリビングに行って、右を見るとテラスみたいな形になってて外へ出られ……あれ? 俺はガラス戸の入った扉を開ける。サッシじゃないから引き戸なんだよね。


「うぉっ、さむっ。てかさ、セントレナさんや。何してんのよ、ここで?」

『くぅ?』


 テラスに寝そべってるセントレナを見て、俺は正直呆れた。奥行きが5メートル以上はありそうだから、降りられるのは間違いないんだけどけど。


「寒くないんか?」

『くぅ』


 頭を横に振ってる。まじか、寒くないのか? 確かジェノルイーラさんが、明日は雪になるかもしれないって言ってるくらい、寒いんだよ? それなのに平気な感じにきょとんとした目をして、テラスでうつ伏せになってるんだもんな。


「あー、ちょっと待ってな」


 俺は大きめの布を十枚くらい、インベントリから取り出してリビングの床に敷いた。これでいいか?


「ほい。入っておいで」

『くぅっ』


 するとその場にうつ伏せになるんだ。そりゃ、セントレナがいてもぜんぜん狭くは感じないけど、大丈夫なんか?


「明日の夕方さ、あっちに戻ってもらうから。そんで用事終わったらまたこっち戻ってくるけど」

『くぅ』

「ちょっとばかり、頑張ってくれな?」

『くぅっ』


 ほんと、座敷犬かなにかと同じレベルだよね。


 インベントリから出して、左手にパン、右手にナイフ。ホットドッグみたいな切れ込みを入れてナイフを置いて、そこへダイレクトに串焼きの肉を落として並べる。


「はいよ」

『くぁあ』


 大口開けてぱくり。もっきゅもっきゅ、ごっくん。またあーん。


「ほいよ」

『くぁあ』


 5個食べさせたらおやつは終わり。ブラシをかけて一段落。


「それじゃ俺、風呂に入ってくるから」

『くぅっ』


 いってらっしゃいと言わんばかりに、顔をすり寄せてきて、そのまま伏せちゃった。 俺は風呂へ向かって、脱衣所で高速脱衣キャストオフ。さっそく風呂場に入って、身体洗って湯船にどぼん。ちょっとぴりっとするくらいの湯の温度。


「――くぁーっ、たまんねー」


 さて、明日は朝からジェノルイーラさんが迎えに来るはず。なんで王室衛士長の彼女が俺の案内を買って出たのかは不明。


 俺とギルドの関係を知ってるのか? それとも治療をしてるのを知ってるのか? いや、知ってたら悪素毒を治したとき驚いたりしないもんな。多分、マイラさんが俺がいるとき面倒見るように言ったのかもだね。

 とにかく、午後から治療を始める予定だから、午前中はマイラヴィルナさんに話を聞きに行こう。


 風呂から上がると、脱衣所には洗い物を入れるような籠が置いてある。俺は『溜めたらまた怒られるよな』と洗い物を入れた。


「ありゃ? セントレナ、寝てるんかい?」


 気持ちよさそうな寝息を立ててる。ま、いいか。俺はそのまま寝室へ。クィーンサイズはあるベッドにダイブ。ふかふかのシーツに沈んでしまった。


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