第119話 かくかくしかじか、もふもふとらとら。
昨日からあまり眠れてはいないんだ。けどさ、ダイオラーデンからワッターヒルズまで徒歩で移動したあの7日間に比べたら些細なものだと思った。
ギルドへ行って、ジャムさんと会って依頼を出して職員さんたちの治療を終えて。神殿へ行ってジェフィさんと会って明日からの打ち合わせをしてから、神官職さん、巫女職さんに集まってもらってまとめて治療したんだ。
あれこれかくかくしかじか、もふもふとらとら。気がつけば『個人情報表示』謎システム上の時刻も、スマホの時計表示も同じ午後7時。やっぱりスマホも同じシステム上にあるんだなと、改めて思ったね。
そういえばさ、ダンナヴィナさんが『5人いる』と言ってた回復属性持ちの人。ダンナヴィナさんご本人、神殿長のジェフィさん、正規の巫女さんが1人、巫女見習いさんが1人。でもあと1人って誰なんだろう?
どっちにしても、皆さん見事に俺より年上。巫女見習いさんに至っては、32歳ですって奥さん。成人してまだ2年ですって。どうしましょ?
俺、成人して1年目の人と同じなんだってばさってばさ。うん、わけわかんねっすよまったく。
さておき、王城へ戻る馬車の中、確認するの忘れちゃってる『あること』を思い出したんだ。
「ジェノさん」
「はい。なんでしょうか?」
ジェノルイーラさんは後ろを振り向いた。なんとなく違和感があるなと思ったらそうだった。別に車を運転しているわけじゃないから、こっちを振り向いても脇見運転で事故になることはないんだっけ。そういやロザリエールさんもよく、俺のほうを向いて話してくれてたんだったわ。
「俺、どこに滞在したらいいんですか?」
「はいっ、タツマ様は公子殿下でございます。公爵閣下の城には、まだいくつもの使用されていない部屋がございます。そのいずれかになるかと思いますが」
「そっかー。ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
「ところでさ」
「はい」
「このエンズガルドに住む人って、虎人族だけ?」
「いえ。少数ですが他の種族もおりますよ」
あー、だから若干毛色の違う人もいたわけだ。
「ほほー」
「その仕草、公爵閣下そっくりでございますね」
「そっかな?」
「えぇ。閣下もお考えになるときにですね、腕組みをしてそのように唸るような仕草をするのです」
「なるほどー、そういやしてたことあったかな?」
うん。前にあっちの支部で色々話し合ったときもそうだったっけな。
「元々このエンズガルドと、森を挟んだあちら側は、ひとつの国だったのです。もう、1000年以上も前に話になりますが」
1000年前とか、あっちならまだ平安時代じゃないのさ? 虎人族や黒森人族のように、長命な種族も多いんだろうから、そんな急には時代の変化なんてのも少なかったのかもだね。プライヴィアさんなんて、明治生まれなのと同じだもんな。
『ぺこん』
あれ? 麻夜ちゃんからか。
『おじさんおじさん、猫ちゃんゲットだじぇ』
ん? 写真付きとな?
メッセージの次に送られてきた写真には、侍女のような服装をした女性。虎人族っぽくない毛色。銀色? 灰色かな? そこに黒いメッシュのようなワンポイントがはいるような毛の色。
虎人族の耳は、俺たちの耳と同じ位置にあるけど、耳自体は少し大きめで虎っぽい先がとがってない丸みを帯びてる感じ。けれど、写真の女性? いや、女の子?
彼女の耳の位置はほぼ同じだけど、やや耳が大きくて毛がふさふさ、耳の先も上を向いててややとがってる感じ。いかにも猫というそんなイメージがあるよ。
『ぺこん』
『麻夜の世話係になってもらったのよー』
「あぁ、そういうことか」
「どうかされましたか?」
「いやね、麻夜ちゃんが世話係をつけてもらったみたいなんだ」
「これ、魔道具なんだけど、見てわかる?」
「このような魔道具は、生まれてはじ――あら? 今年ダンナヴィナ様直下、お屋敷の侍女になった子で、名前は確かディエミーレナですね」
「この人も虎人族なんですか?」
毛の色が違いすぎるんだよね。
「いえ、さきほど申しました通り、。この国でも多くはありませんが、
「『猫耳しっぽかー、裏山ですな。まーや殿?』、ぽちっ送信っと」
『ぺこん』
『実にもふもふでございますよ? プライヴィアおば様にね、麻夜の部屋もらったんだー。そしたらね、猫耳さんもついてきちゃったのよねん。あ、戻ったら治してあげてちょうだいねん』
「『はいはい。了解でございますよー』、送信っと」
お部屋についてきた? んんんん? プライヴィア『おば様』とな? どういうこっちゃ? あ、こっちって、王城じゃなくプライヴィアさんの屋敷か。
「そろそろ到着いたします」
「はい」
王城は裏門から出てきたし、ここは昨日空から入ったけど、下からだとこんなにでかい門があるんだね。さすが公爵閣下のお屋敷だよ。
門を抜けると中庭になってた。ぐるりと迂回をするような道になってて、いかにもお屋敷って感じかな? おや? 何やら黒いのと白いのがこっちへ走ってくる。あー、そっか。ここにいたんだね。
馬車が止まってドアをあけてもらった。タラップを降りるとセントレナが顔を寄せてくる。俺は左腕で首をぎゅっと抱く。するとアレシヲンは顎をどしんと乗せてくる。そのまま俺は、右手で顔を撫でる。
「ただいま」
『くぅ』
『ぐぅ』
「それでは明朝やや早めに、お迎えにあがりますので」
「うん。ありがと」
振り向いて俺はお礼を言った。
「お疲れ様でございます。それでは、失礼いたします」
そのまま馬車で戻っていくジェノルイーラさん。あ、よく見ると、門の開閉も魔道具なんだ。凄いな、魔道具の活用方法って。てっきり裏側で、誰かが開け閉めしてて、寒いから大変だなと思ってたんだけどね。
セントレナとアレシヲン、2人と屋敷の扉に近づくと自動ドアのように『ゴゴゴ』と音を立てながら開くのも凄いわ。扉が開くとありゃ? ロザリエールさんがいつもの姿でお辞儀して迎えてくれるんだよ。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「あ、ただいま」
『ぐぅ』
『くぅ』
「アレシヲンさん、セントレナさん、ご主人様のお迎え、ありがとうございます」
『ぐぅ』
『くぅ』
ロザリエールさんは両手を広く広げると、アレシヲンとセントレナは、彼女の肩口に顔をそっと寄せる。十分に撫でられたと思えるあたりで、ロザリエールさんはぽんぽんと優しく叩く、するとふたりは回れ右をして、扉をくぐると中庭に戻っていった。外から入る厩舎があるんだろうね。あとでロザリエールさんに聞いて会いに行くかな。
夕食後、プライヴィアさんから驚きのお話。
「そうそう、タツマくん」
「はい」
「マヤくんだけどね」
「はい」
「私が後見人になったんだよ」
「へ?」
「ほら、マヤくんのお姉さんと弟くんだったかな?」
「はい。麻昼ちゃんと朝也くんですね?」
「そうそう。彼らはねリズレイリアがいずれ跡取りに迎えるという話は、知っているかな?」
「はい。そう、聞いてます」
リズレイリアさんは独身で、ずっとギルドとあの城下の人たちに尽くしてきたんだよ。俺たちのいた世界では、麻昼ちゃん、朝也くんのような年齢の子供がいてもおかしくはない。
勇者の資格を持つ彼らにダイオラーデンがかけた迷惑を、本来リズレイリアさんが謝罪をする必要はないと思う。けどさ、優しい彼女のことだから、できる限りのことをしてくれるんだとも思う。だから色々考えた上で、ふたりの後見人になったんだろうね。
多分だけど、麻夜ちゃんを一緒にしなかったのは、たぶん麻夜ちゃん本人の希望だと思うんだよね。だってメッセージでさんざん、麻昼ちゃんと朝也くんの『イチャコラ』見るのが辛いって言ってたし。
「この世界から悪素毒の被害を減らすという意味では、彼女も不可欠な力を持っている。彼女からも『色々と』聞いているよ。だからね、私たちの娘へ迎えることになったんだよ」
色々とってやっぱりね。たぶんだけど、俺と同じように、逃がさないって意味の養子縁組だよね? すっごくいい笑顔だし。あ、だから部屋と、彼女付の侍女を用意したってことなのね。
「なるほど、よくわかりました」
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