第117話 セテアスさんそっくりな支配人さん。

 俺は大虎男な、ジャムリーベルさんの近くにしゃがんだ。彼の指先が見たかったんだよね。彼の背中をぽんぽんと叩いて、俺は言ったんだ。


「ちょっと身体を起こしてくれるかな?」

「はい?」


 むっくり身体を起こしたその姿、膝立ちしてるのに1メーター50くらいあるんじゃね? 俺が見上げるくらいだからさ。


「ジェノルイーラさんも、そのソファに座っててくれます?」

「はいっ」

「さて、どれどれ、……ジャムさん」

「はいっ」

「んー、……ジャムさんは何歳なんですか?」

「はいっ、49になりました」


 俺よりちょっと年上だけどさ。人族換算するならきっと、新卒くらいのフレッシュマン(死語)なんだろうなー。


「なるほどね。それだとこれくらいになるんだ」


 この国は、なんらかの方法で水だけは綺麗にしようとしていたはず。それはマイラヴィルナさんがそうしたのか? それともプライヴィアさんたちのご両親がそうしたのかは、わからないけど。


 ジャムリーベルさんの指は、プライヴィアさんよりややマシ程度。第二関節の半分あたりまで黒ずんでいた。


「これ、痛くないの?」

「はいっ、多少は。ですが、ザイルメーカの家の者は、この程度で泣き言をいってはいけないと、お姉様から――」

「ちょっと、馬鹿っ。何を言うの?」


 俺は立ち上がって、ぽんぽんと彼の肩を叩く。


「うん、なんとなく理解しました。ソファに座って」


 のそのそとジャムリーベルさんは、ジェノルイーラさんの隣りに座った。俺が言ってなんだけど、大丈夫か? このソファ。二人が並ぶと、いやでかいわ。弟のジャムリーベルさんのほうが、横幅倍近くあるよ。

 さっきの天井が高いのだってきっとさ、プライヴィア母さんのためじゃなく、こっち男性のためなのかもだね。


 二人の向かいに座って、ジェノルイーラさんに両手を差し出した。


「はい、次は『お姉様』の番ですよ?」

「……勘弁してくださいまし」

「それじゃ、ジェノさんって呼んでも?」

「それでお願いいたします……」


 そう言いつつ、両手を見せてくれる。あー、彼女のが進んでる。第二関節と半分くらいだ。プライヴィアさんより酷いな。まだ彼女はワッターヒルズにいたからかもしれないわ。


「では改めてジェノさん」

「はいっ」


 このあたりは姉弟きょうだいだね。受け答えがそっくり。


「痛いでしょう?」

「……はい」

「痛みの我慢は美徳でもなんでもないからね? 本部にいるプライヴィアかあさんにこの国の状況をきちんと知らせないと、余計に頭を痛めることになるんだから」

「はいっ、以後、気をつけます」

「駄目なお姉様が申し訳ございません」

「ジャム……」


 斜め上を見て、誤魔化してる。このあたり、セテアスさんみたいだな。


「『ディズ・リカバー病治癒』、『フル・リカバー完全回復』、っと。はい、ジャムリーベルさん」


 手をそっと出してくれる。俺は横から痛くないようにつかんで。


「『ディズ・リカバー病治癒』、『フル・リカバー完全回復』。これでいいでしょ?」


 二人とも自分の手のひらから指をぐるりと見回して、徐々に実感がわいてくるんだろうね。表情が明るくなってくるんだ。似てるねー、ほんと。


「タツマ様」

「なんでしょ?」

「本部でご活躍されている聖人様の噂では伺っていたのですが、まさかいらしていたとは思いませんでした」


 ジェノルイーラさんが頭を抱えてる。ほんと、虎人族って我慢強いんだろうな。痛いはずなのに、お茶を楽しんでいられるんだから。実際、プライヴィアさんも、最初は平然としてたんだよね。


「あのですね、ジャムさん」

「はい、お姉様」

「陛下が危険な状態だったのは事実なのです」

「またまたお姉様、先ほど元気だと言っていたではありませんか?」

「タツマ様、申し訳ございません。この子、地頭は良いのですが、このとおりほんわかしている面がございまして」

「あははは。……あのね、ジャムさん」

「はい?」

「マイラヴィルナさんが倒れたって聞いたのは、事実だよ」

「え゛?」

「うちの母さんが慌てて俺のところへ来たんだ。おそらく、ジェノルイーラさんから知らせをもらったのかな?」

「はい。左様にございます。申し訳ありませんでした」

「いや、ジェノさんが謝る事じゃないでしょ?」

「それはそう、なのですが」

「過ぎたことだから、あまり気にしないでほしいんだ」

「わかりました……」

「あのさ、さっきまでジャムさんが飲んでたお茶、あるじゃない?」

「はい」

「龍人族の国との約定がなにやら問題が出たらしくてね、マイラヴィルナさんはね、みんなが飲むその水を綺麗にしていて、限界超えちゃったんだ」

「え゛?」


 あれだけの状態になるまで隠し通してきたんだ。誰も気づいてはいないかもしれない。


「私も先ほど知ったばかりです。私たち貴族家は、陛下をそこまで追い詰めてしまったのかと思うと……」

「はいはい。反省しても事態は前に進まない。俺がここに来た理由はね、ここに通う冒険者さんたちに、ギルドから依頼を出してもらうことなんだ」

「……と申しますと?」


 俺がやるのはひとつしかない。ワッターヒルズでも、スイグレーフェンでもやってきたこと。あっちの世界でいうところの、有事の際に行われる簡単なトリアージだ。


「症状の重たい人を探してもらう。1日200人は治療できるから、6日やって1日休んで、それを繰り返す。4回とちょっと繰り返したらひとまわりするんだ。俺はそれをやるだけ」

「まじですか?」

「本当ですか?」


 こっちでも『まじですかー』が伝わってんのね。まじなのよ。俺の仕事だもの。


「その打ち合わせをしたかっただけ。俺だけじゃ動けないから、ギルドに協力をしてもらう。いいかな?」

「うけたまわりました」


 ジャムさん、頭をしっかり低くして、俺の依頼を受けてくれたんだ。


「スイグレーフェン、前のダイオラーデンと、ワッターヒルズではギルドのホールで治療をしてたけど、ここでもそうしたほうがいいかな?」

「いえ、この国には女神様を崇拝する神殿がございます」


 え? 女神様っているの? やっぱり。


「ご案内いたしますか?」

「お願いできる?」

「かしこまりました。ジャム」

「はい。お姉様」

「あなたは、タツマ様の依頼をお受けして、冒険者を動かしなさい」

「はい。わかりました」


 あの巨体で素早く動けるんだ。あっという間にいなくなっちゃった。


「では、馬車まで戻りましょう」

「うん」


 受付のお姉さんに会釈をしたところで、忘れてたことに気づいたんだ。


「あーちょっと待っててもらえますか?」

「構いませんが、どうかされましたか?」

「ジャムさんがあまりにも楽しい人だったので、すっかり忘れてました。悪素毒治療ですよ。えっとあの、ここの人全員、ホールに集まってもらえますか?」


 俺はギルド職員さん、俺のお願いした依頼の説明を受けてた冒険者さんたちの治療を終えてから、ジェノルイーラさんについて馬車へ戻った。


「あっという間でございましたね」

「まぁ、あっちでは1日200人治療してたからね」

「さきほどの話、本当なのですね……」


 まじですかー、とは言わない訳ね。当たり前だけどさ。馬車は楽でいいんだけど、ほんとはさ、城下町を歩きたいんだ。でもさすがにまずいんだろうね? あとでプライヴィアさんに聞いてみよう。


 搬入口と思われる裏口へ戻って、馬車のドアを開けてもらう。これくらい俺がやりたいところだけど、俺より先に開けちゃうもんだから断れないっていうか、競争してもまずいんだろうなと、とりあえず我慢我慢。


 ギルドの裏門らしき大きな扉が開いて、馬車ごと外へ。明るさの加減からか、馬車の外から俺の姿は見えないみたい。もしかしたら、マジックミラーみたいな作用があるのか? それとも魔道具だったりするのかな?


 ところどころ、虎人族さんじゃない人がいるみたい。毛並みというか、腕や髪の模様みたいなのがちょと違う。まぁ、個体差みたいなものだと思うんだけどさ。俺たち人間の人種や髪の色が違うみたいに。


 そんなこんなで5分くらいかな? うん、国の機関だってわかる色合い。なにせ、レンガ色なんだよ。この博物館みたいな建物。多分ここが神殿なのかな?


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