第116話 本国のギルドとは?

 ダンナ母さんに注意されて、馬車に乗せられて今ここ。御者を務めるのは、あのとき報告に来ていたジェノルイーラさん。王室の筆頭事務官さんなんだってさ。

 さっき顔を合わせたとき、いやー、気まずかった気まずかった。なにせ彼女は、俺たちに女王陛下、マイラヴィルナさんが亡くなったって報告に来たわけじゃない? 俺が蘇生なんとかしちゃったもんだから、どう反応したらいいかわからなくなっちゃったそうなんだ。


 麻夜ちゃんはお留守番。というより、ロザリエールさんとマイラヴィルナさんの話に混ざりたいとのこと。ほぼほぼ女子会だよね。俺には無理無理、蚊帳の外。


 王城を出ると、もう城下に人は歩いてる。どこを見ても、虎、虎、虎の虎人族さんばかり。プライヴィアさんたちもそうだけどさ、耳に特徴と体毛がちょっと虎っぽいだけで、見た目は普通の人なんだ。でもこりゃ俺が歩いたら、目立つわなぁ……。


「タツマ様。そろそろ見えてまいります」


 俺は窓から前を注意して見てみる。なぜかって? そりゃ『赤煉瓦のモザイク柄』が見えてくるかどうかなんだよ。んー、どうだ? あ、あれがそうじゃないか? え? なんだなんだ?

 目の前にモザイク柄がちらりと見えたかと思ったらすぐに裏側に回っちゃってさ、大きな扉が開いたっぽい。そのまま馬車ごと敷地内にイン。馬車が止まって、ドアを開けてくれるんだよ。確かに外壁は、モザイク柄だね。


「お疲れ様でした。夕食前にお迎えにあがります」


 いや、まったく疲れてないんだけどさ。


「あ、ありがとうございます」

「いえ、ご丁寧にありがとうございます」


 そこには、色々な物が積まれてた。ギルドで使う物資? ってことは、搬入口かな? あ、ジェノルイーラさんがささっと先回りしてまた、裏口みたいなドアを開けてくれた。

 裏口を抜けると、何もない通路がずっと延びてる。もしかしてここって、プライヴィアさん専用の出入り口なんじゃ? だってさ、大きいんだよ。天井届かないかもなくらいに……。


 途中、ドアがなかった。あれれ? ホールに出ちゃったよ。ここってあーそっか。専用出入り口じゃなく、搬入口への通路? 考えすぎかー。

 ホール広いなぁ。ワッターヒルズの倍くらいあるよ。けどどこを見ても、虎人族さんしかいないように見えるけど。たまに、毛色の違う人もいるんだよね。


 するとすぐに、俺のほうをみんなが振り向いたんだ。あ、もしや匂いか? そういや、匂いに敏感な獣人さんだもんな。異質な俺がいたら、すぐにわかるのかもしれないね。


「あの、もしかして聖人さ――いえ、タツマ様でございますでしょうか?」

「え?」


 受付にいた女性が俺を見てそう言うんだ。聖人様って言って、言い直したのは聞かなかったことにしよう、そうしよう。


「なんでまた?」


 受付の彼女は、手のひらを上に指を揃えて『どうぞ』みたいに俺の背後を指したんだ。それはさながら、バスガイドさんのようにね。


「あの、後ろに、王室の筆頭事務官さんがいるので……」


 俺は後ろを振り向いた。あれ? 馬車で戻ったんじゃないの? ジェノルイーラさん。あー、制服ですぐわかるわけだ。黄色地に黒のワンポイント。これって王室だけなのかもね。


「さっき、夕食前に迎えに来るって、言ってなかった?」

「はい。ですがまずは、ここの支配人室へご案内してからと思ったのですが……」

「あー、そうね。うんうん。ありがとう」


 すっごく申し訳なさそうな表情してるし、それ以上何も言えなくなっちゃったんだよ。


 そういえばさっきの女性も、このジェノルイーラさんもそうだけど。あっちの人みたいに手袋してないんだよ。体毛のない部分は俺たちよりも血色がいい感じだからさ、わかるんだ。黒ずみがあるってさ。

 どれだけ長い間、約定とやらが守られてきたのか? それだって聞いてる限りじゃ水だけだから。肉やほかの食べ物には、悪素が含まれてるはずなんだ。回復属性持ちがいても、レベルは低いって言ってたからどうなんだろう?

 ただ少なくとも、国のみなさんに害がないようにと、マイラヴィルナさんは頑張ってた。それだけは間違いないんだ。だから今度は俺の番だ。


 ジェノルイーラさんの後をついていき、さっき通ってきた扉とは反対側。受付裏の通路を抜けて扉をノック。相手の返事を待たずに『入りますよ』と扉を開けちゃうんだよ。

 普通の机にでっかい身体。座高から考えて、身長は2メートルはありそうな感じ。見た目は間違いなく男性なんだけど、何やら小さなカップに入ったお茶を飲んでひといき着いてる感じ? だったんだけど、カップを持ったまま、硬直してるようで全く動こうとしないんだ。


「えっと、このギルドの支配人さん、ですよね?」

「はい。名をジャムリーベル・ザイルメーカ。ジャムとお呼びください。このエンズガルド支部の支配人で、王家でないほうの侯爵家3男。ちなみに、私の弟でございます」


 一応、お貴族様なのね。なら出所はしっかりしてるってことだ――って、え? ジェノルイーラさんの弟さん?


「弟さんなんですか?」

「はい。私は長女でございまして、下に長男、次男、次女、このジャムは末っ子なのです」


 なるほどね、虎人族さんは男性のほうがいかにも獣人という感じで見た目は『ザ・虎さん』。体毛も多くて身体が大きいんだね。

 それにしたって、いわゆる『実のお姉さん』が職場にくるんだもの。俺を見て固まったんじゃなく、彼女の訪問に驚いたんだろうかね?


「お」

「お、とは何事ですか? ジャムさん」

「お姉様、久しくこちらへこられなかったようですが。此度はどのようなご用件でしょう?」


 あぁ、なるほど。悠々自適な支配人生活をしてたんだ。さっきもお茶を楽しんでいたみたいだし。まるでセテアスさんのような人だな。


「陛下が危険な状態だったのです」

「はい?」


 うわ、ここで脅かすんだ。案外、自分の悔しさを味あわせようってことなのかな?


「嘘、ですよね? お姉様」


 お姉さんじゃなく、お姉様ということはきっと、歳もそれなりに離れてるんだろうな。これだけ身体が大きくても、案外若いのかもしれないね。


「嘘ではありません」

「それは一大事じゃないですか? 座ってお茶飲んでる場合じゃないですよ。どうしよう? いや、どうしたらいいんだ? 陛下が危ない状況だなんて、初めてだから……」


 案外、壊れてるな。そりゃ初めてだよね。誰だって。


「安心しなさい。今は落ち着きを取り戻されています」

「……なんですかそれは? 私をからかっていたのですか?」

「ジャム」

「はいっ」

「あなたは私がお連れしているこの方が目に入らないのですか?」

「人間さんの男性、です、……あ」


 やっと今の状況に気づいたのかな? 受付のお姉さんは、ジェノルイーラさんが王室から来たってわかってたからね。ということはジャムリーベルさんもきっと。


「なぜ、お姉様が、人間さんの男性をお連れになってるんですか?」


 駄目だこりゃ。あぁ、ジェノルイーラさん、頭抱えちゃったよ。


「タツマ様。申し訳ございません」

「いや、別にいいんだけどね。今日は挨拶だけだからさ」

「ほんとうに、申し訳ございません。この駄目な弟が……」

「お姉様、この男性はどちらの方なんですか?」

「これは失礼しました。俺、名前を」

「あぁあああああ……」


 ジェノルイーラさんは、やってしまったという落胆の声にならない声。


「タツマ・ソウトメ・ゼダンゾークと申します。以後、お見知りおきを」


 ぺこりと会釈をする。俺の姿をみて、ジェノルイーラさんは顔色が悪くなっていく。まるで、あのときの報告みたいな。


「ゼダンゾークだなんて、まるで公爵閣下の、……はい?」

「このお方は、プライヴィア公爵閣下の、ご子息で――」

「も」

「も?」

「申し訳ございませんっでしたっ」


 椅子から飛び降りて、走ってテーブルを回り込んで、俺の前に手のひらから滑り込む。大きな虎男さんの見事な土下座。土下座って、誰かが伝えたんだろうね。きっと。


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