第113話 原因はなんだったんだろうね?
マイラヴィルナ陛下の肘より上にあったはずの手袋。そっと外してもらって彼女の指先を目視する。
「うん。大丈夫かも。ロザリエールさん」
「はい。お湯でございますね?」
「うん。お願い」
ロザリエールさんが立ち上がると、ダンナヴィナさんも一緒に立ち上がって部屋を出ていった。
「プライヴィアさん、もういいですよ」
プライヴィアさんはがたんと音を立てて立ち上がる。そのまま、がばっとマイラヴィルナさんを力いっぱい抱きしめた。するとマイラヴィルナさんは顔色が徐々におかしくなるんだよ。ベアハッグならぬ、虎ハッグ状態。プライヴィアさんの背中をぱしぱし叩いてる。無意識にタップしてる。結構苦しいんだよ、あれ。
「あー、ありはたぶん具が出るレベルに苦しい」
「うん。俺もそう思うわ……」
麻夜ちゃんも正直だ。でも嬉しそう。
「ね、姉さん、く、苦しいです」
「うるさい。例え絞め殺してしまっても、タツマくんがいる。この大馬鹿ものがっ」
ややあって背中にドアの開く音が聞こえる。
「ご主人様、お湯をお持ちいたしました」
「あぁ、ありがとう。ロザリエールさん」
「いえ」
こっちにも木製のタライってあるんだね。こぼれないように、3~4センチほどお湯を張ってくれたみたい。ほこほこと湯気がたってる。
「はいはい。母さん、それくらいにしとこうか」
「いや、マイラが悪いんだ」
「あの、治療がうまくいったか、調べたいんですけどー」
わざと棒読みでいってみる。こっちをじろっと見て、ばつが悪そうにしてるんだよ。
「あ、あぁ、すまないね、つい」
「いいんですよ。嬉しいのは十分伝わりました。けれど、マイラヴィルナさんにも旦那さんがいるでしょう?」
「いや、ダンナはひとりしかいないけれど?」
「いやいやいや、そのダンナさんじゃなくて。女王陛下なんだから、王配殿下がいるでしょうって?」
「いや、マイラはまだ独身だが?」
「え?」
「この子は確か、今年62歳になったばかりなんだがな」
「え? ロザリエールさんと同い年?」
俺はロザリエールさんを見た。彼女も驚いてるよ。
「と、とりあえずそれは置いといて」
「はい」
あの、そんな見上げるようにしてみないの。まじかー。ロザリエールさんの説明通りに年齢を比較し直すと、俺よりちょっと年上みたいなものかー。
「んっと
「何かな?」
俺は続けて皆を見回してから、次の説明に移ることにした。
「ここにいるうちの誰かはさ、疑問に思わなかったかな?『なんでさっさと治さなかったんだろう?』って」
麻夜ちゃんは事情をある程度理解してる、ロザリエールさんはちょっと呆れてる。マイラヴィルナ陛下とダンナヴィナさんは首を傾げてる。最期にプライヴィアさんを見たんだ、するとね。
「こちらに来るまでは思わなかったかな? 悲しさの感情よりもマイラと私自身に対しての、怒りのほうが強かったからね」
マイラヴィルナ陛下をじろっと睨むプライヴィアさん。なるほどな。
「麻夜ちゃんには軽く説明したから理解してると思う」
「うん。麻夜も思ったよ。同じだもん」
「ロザリエールさんは多分、俺が何か変なことを考えてるんだろうなと」
「はい。ご主人様はその『あれ』ですから」
「あのねぇ……。んー、ロザリエールさんの言葉を借りるなら『自業自得』なんだ」
「あぁ、それはわかってるよ。この子が悪い」
「マイラヴィルナ陛下は民のために自分を犠牲にしようとか、あの腐れ国王の真逆である意味頭がおかしいよ。ロザリエールさんや麻夜ちゃん的には、俺が言うなって思うだろうけどさ」
ありゃ、マイラヴィルナ陛下、俯いちゃった。言い過ぎだとは思ってないけどさ。
「だからどれだけ最期の瞬間が苦しかったか、それを知ってもらわなきゃ。生き返ったあとに、残された人がどう悲しんだか、それも知ってもらわなきゃならない。いわばマイラヴィルナ陛下に対してはお仕置き。プライヴィアさんたちに対しては反面教師として、そうならないようになってもらいたい。俺も人のことを言えた義理じゃないけど」
「うん」
「はい」
「プライヴィアさんは気づいてたかもしれないよ。だって俺に『治してやってくれ』って言わなかったでしょう?」
「明日の朝、そう言うかもしれなかったけどね。だが、ダンナが大丈夫だと言ったから、そうなんだろう。もし駄目なら、これまで放っておいた私にも責任がある。責任は取らなければと思ってはいたよ」
「麻夜もね、最初は何故だろうって思ったよ。でもね、おじさんが言ってたんだ『放っておいたらまた同じことをするから』ってね。だから理由知らなきゃ駄目だろうなって思ったんだよね」
「あぁ、もっともだね。マイラに変わって言わせてもらうよ。すまなかったね」
「いいんです。じゃ、これに両手をつけてもらえますか? ……えっと麻夜ちゃん」
「あいあい。5分でいい?」
スマホのタイマーセットしてる。隠すつもりないんだよね。
「うん。教えて」
「はい。こう、でよろしいですか?」
「そうそう。両手の指をひらいて、そんな感じ」
「……温かい、ですね」
そりゃそうだよ。こうして湯に浸かるのも、激痛だっただろうから。
この部屋は暖かい。おそらく暖を取る魔道具かなにかが動いてるんだろうね。あぁでも、入ってきたときは凍えるくらいに寒かった。あー、あのときはそっか、亡くなってたんだっけ。そういえば。
「ぺこん。5分だよー」
「メールの着信音わざわざ口で言わなくてもいいっしょ。でもありがとう。さて、痛みはありますか?」
「いいえ。全くありません。その、あのっ」
両手をダンナさんが柔らかいタオルみたいな布地でふきふき。俺をじっと見上げるようにして、ぽっと頬を染めるんだ。あの、うーん。可愛い。
「お風呂に入りたい、です」
「あーそっか、ダンナさん。お願いできますか?」
「はい、マイラヴィルナ様、立てますか?」
「ちょっと難しいです」
「あー、そっか。『
マイラヴィルナさんの手に再びちょっとだけ触れてから、小声で呪文詠唱してすぐに手を放す。両手をあげて、ロザリエールさんにアピール。振り向くとうんうんと頷いてる。ほっと胸をなで下ろす、俺。
「あ、足に力が――」
立ち上がって俺に駆け寄ってくるんだけど、あと10センチくらいのところで途端に足を止めて回れ右してダンナさんのほうへ。なんとなーくわかります。これ気づかないとまた、ロザリエールさんにお叱り受けるからねー。
「ダンナヴィナお姉さん、その、お風呂へ」
「はい。ご案内いたしますね」
くすりと笑って、手を引いて部屋を出て行った。
「ふぅ……。それにしても、母さん」
「なんだい?」
「さっきの『龍人族との間交わした約定』って、麻夜ちゃんが調べてくれた、鍋と水差しの水に関係してるんですか?」
「あぁ。実はね――」
プライヴィアさんは、虎人族と龍人族との間の約定を、順を追って教えてくれたんだ。
この国エンズガルドと、向かいにある国ウェアエルズの間には、とてつもなく大きな湖があるらしいんだ。エンズガルドの中には貯水池があって、その湖から水を引いてる。そこには、このエンズガルドに住む5000人からの人を1年まかなえるほどの水を蓄えてるんだそうだ。
ここ毎年年始めに、龍人族の聖女様に訪れてもらって、水の浄化、土地の浄化をお願いしてるんだって。虎人族はそのお礼として、龍人族から穀物を沢山購入する。それは自分たちでは食べきれないほどあるから、その大半をワッターヒルズに送ってるんだってさ。
「なるほど、それが『約定』ってやつだったわけですね」
「あぁ。だが、おかしいんだ」
「あの、麻夜、発言いいですか?」
麻夜ちゃんは、発言を許可してもらうような生徒みたいな感じに右手をあげてる。
「マヤちゃん、どうしたのかな?」
「はい。おそらくですけど、その貯水池。マイラヴィルナさんが聖化、清めてしまったんだと思うんです」
「あー、それであの状態に」
「ですよ。今年の初めに指先だけだったのに、あんな状態になったりしないもん」
「そうだね。もし、何か問題が発生していたとして、マイラは私に心配かけたくなかったんだろう……。困った妹だよ、ほんとうに」
いつまでもマイラヴィルナさんの寝室にいるわけにもいかないから、俺たちは勝手知ったるプライヴィアさんということで、食堂に案内してもらった。
「あ」
「あ」
「おや?」
3人同時に『ぐぉっ』『くぅっ』『ぐぅ』。最初のは俺のだ。こんちくせう。
「そういえば、朝食まだでしたね」
「おなかすいたー」
「あぁ、忘れていたよ」
俺と麻夜ちゃんはアイコンタクト。ひとつ頷いて、作戦開始。
「ご飯用意しますかー」
「そうだねー」
「何を言ってるんだい?」
「ほら、俺たち2人は、空間属性持ちなので。さっきのご飯、格納してきたんですよ」
「あぁ、それは助かるね」
「ロザリエールさん」
「はい」
「スープ、温め直してもらえます?」
「わかりました」
「麻夜ちゃん、ロザリエールさんと厨房へお願い」
「りょうかいでし」
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