第111話 え? うっそでしょう?

 右脇に俺、左脇に麻夜ちゃん。俺たちはプライヴィアかあさんに抱えられたまま階段を降りて下の階へ。

 なにせ俺たちは、この建物に入るときは屋上から入ったんだ。そのため俺たちが寝てた階より下は未踏の領域。けれどこの廊下や階段、天井や壁なんかも俺の住んでる屋敷とそっくり。

 だからかな? 遠くへ来たなって感じが薄いんだよ。のっしのっしと進むプライヴィアさんに抱えられた俺の進む先から漂ってくる、ロザリエールさんの料理の匂い。安心するんだ。


 俺の屋敷より広い居間リビング? 食堂? とにかく大きくて長いテーブル。そこに所狭しと並ぶ料理、料理、これまた料理。けれどこれらすべて、見たことがある料理なんだ。


「ほほぉ。これは美味しそうだね」


 俺たちを床に降ろしながら、そう言うプライヴィアさん。豪快に抱えた割に、降ろすときはもの凄く優しい。器用に片手で俺たちを立たせてくれるんだよね。


 この世界、上座という概念はないんだね。その証拠にテーブルのど真ん中、ちょっと大きめで立派な椅子がどすんと置いてある。そのとなりに椅子が1つ。向かいに椅子は3つ。

 プライヴィアさんは指定席ともいえる椅子に座ると、俺に手招きをする。おまけに彼女自ら椅子を引いてくれるんだよ。座ったまま器用にね。


「俺、ここでいいんですか? ダンナさんの席じゃ?」

「いいんだ。麻夜ちゃんは向かいに座るといいよ。大切なお客様だからね」

「ありがとうございまーす」


 麻夜ちゃんはちょっと迷った結果、真ん中に座ることにしたみたい。


「普段はね、ダンナと向かい合って座っていたんだ。こんなに賑やかになるのは何年ぶり――」


 そのとき、厨房とは逆の位置。俺たちが入ってきた扉が叩かれたんだ。それは無骨に、何かを告げるかのように。


「誰だい?」

『申し訳ございません。王室衛士長のジェノルイーラでございます』

「入っておいで」


 扉が開いて、虎人族の女性が入ってきた。かかとを鳴らして直立不動で敬礼。たたずまいを直して報告を始めたんだ。


「つい先ほどですが」

「うん」

「陛下がその」

「うん」

「お亡くなりになりました……」

「……そうかい。報告、ありがとう。私もすぐに行くと、伝えて、くれるかな?」

「かしこまりましたっ」


 回れ右をして、戻っていくジェノルイーラさん。


「母さん」


 プライヴィアさんは泣いてた。もの凄く、悔しそうだった。


「母さん」

「なん、だい?」

「思い出してください。寿命じゃなければ、俺がいますから」


 そう。この世界のことわりによる寿命でない限り、俺がなんとでもできるんだ。魔素の残り具合によってだけど。今なら1日まではいけるはず。


「あ、あぁそうだった。すっかり忘れていたよ」


 麻夜ちゃんもうんうんと頷いてる。俺が『リザレクト蘇生呪文』を使えることはもちろん知ってる。だから平然としていられるんだよ、この子もね。


「お館様っ」


 慌てて厨房から出てくる、ダンナヴィナさんとロザリエールさん。ぼろぼろと涙をこぼして、今にも崩れ落ちてしまいそうなダンナヴィナさんを、ロザリエールさんは支えるようにしてくれている。


「あぁ、大丈夫。タツマくんがいるから、心配ないよ」

「そうですよ。ご主人様――いえ、タツマ様がいたなら。プライヴィアさんと、ダンナヴィナさんを置いていってしまうだなんて絶対に、許してもらえませんから、ね?」

「そう、なんですか?」

「えぇ、それはもう」


 ロザリエールさん、俺を見てなんでそんな目をするの? 『ドン引きです』って言うときのヤツじゃないですか?


 ダンナヴィナさんにプライヴィアさんが、詳しく説明してくれたから落ち着いたみたい。2人とも慌てず、準備をしてくれている。

 その間に俺は、まだ湯気が出ている料理をインベントリに格納。麻夜ちゃんも、厨房にある料理を格納してくれている。もったいないからね。


「おじさん」

「ん?」


 麻夜ちゃんが怪訝そうな表情をして、俺を呼ぶんだ。


「あのね。厨房にあったお湯、おかしいの」

「何が?」

「悪素がね、出てないのよ」


 微量でも悪素は検出されるはずなんだ。加熱したら消えるってわけじゃなかった。それはワッターヒルズでもそうだったんだ。


「そう、だったんだ。料理は?」

「出てる」

「そっか、じゃ、この水は?」

「うん。ない」

「なるほど、水だけ何かをしてるってことか……」


 俺と麻夜ちゃんは腕組みをして、考え込んだんだよ。


「「ん-……」」


 どう考えてもおかしいからさ。この状況、さっぱり読めないんだよな。


「ご主人様、麻夜さん」

「あ、ロザリエールさん」

「ロザリエールさん、おじさんの呼び方戻っちゃってる」

「あ、申し訳ございません」

「もういいって。それで?」

「はい。プライヴィア様より、『準備ができたので呼んできて欲しい』と言われまして」

「うん。わかった」

「いこ」

「えぇ」


 俺たちがロザリエールさんに連れてこられたのは、この建物の屋上だった。


『ぐぅ』

『くぅ』


 アレシヲンもセントレナも、『遅いよ』みたいなこと言ってるんだろうね。


「ごめんな、セントレナ、アレシヲン」

『くぅ』

『ぐぅ』


 アレシヲンには、プライヴィアさんとダンナヴィナさんが乗ってる。セントレナの背中へは、一番前に麻夜ちゃん、次にロザリエールさん、最後に俺が乗るようにした。一応三人座れるだけの余裕があるんだよ。


「じゃ、いこうか」

「はいっ」

『ぐぅ』

『くぅ』


 朝早いから、プライヴィアさんの屋敷の下には歩いている人はまばら。ここから王城までは、直接飛んでいけるみたい。アレシヲンたちが飛び立って、2分もしないくらいで王城の屋上へ到着。


 あのとき報告に来たジェノルイーラさんが手で合図をしてくれる。慣れた感じに着地。俺はアレシヲンとセントレナの手綱を渡す。二人の首に手を回して『大丈夫。後でまたね』と声をかけた。


「この度はなんと申し上げたらいいのか……」

「構わない。私室だね?」

「はいっ」

「ところで、どれくらい時間が経った?」

「はい、ひとつときの半分は経っておりません」

「そうかい、ありがとう」


 プライヴィアさんは、俯いているジェノルイーラさんの返事を聞くと王城へ入っていく。後に続くダンナヴィナさん。俺たちは2人の後を追った。


「ロザリエールさん」

「はい」

「ひとつ時ってどれくらいの時間?」

「魔界ではそう数えます。12回で1日が経ちます」

「なるほどね」


 おおよそ2時間。半分は経ってないとなると、1時間は経過していない。なるなる。『個人情報表示』謎システムの時間とずれはないってことなんだ。


 俺たちはある部屋にたどり着く。ネームプレートなんてないけど、間違いなくプライヴィアさんの妹さん、女王陛下のマイラヴィルナさんが眠ってるはずの部屋。プライヴィアさんは、ためらいなくドアを開けようとする手を止めて、振り向いて俺を見る。


「タツマくん」

「はい」

「信じてるよ」


 そう言って牙をちらっと見せながら、無理に笑うんだ。目が充血してるから、隠しきれてないよ。不安なのはわかってる。辛いのはわかってる。だから俺も彼女に応えるしかないんだ。


「任せてください、……っていうかあのときしっかり、見ましたよね?」


 俺が彼女の目の前で、死んで見せたときのことだね。


「あぁ、あれね。実に気持ち悪かったよ……」

「うんうん」

「自業自得です」


 プライヴィアさんの言葉に肯定する麻夜ちゃんと、何気に辛辣なロザリエールさん。ダンナヴィナかあさんは状況がまだ理解できていないんだろう。やや暗い表情をしてる。ダンナヴィナさん大丈夫、責任もって俺がなかったことにしてみせるからさ。


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