第110話 二人とも、驚くぞきっと。
俺の
マイラヴィルナ陛下は、持ち直したと報告があって、一安心したところだった。何かあったら俺がすっ飛んでいけばいいんだからさ。それより何より、他にも色々驚きの事実だらけだったんだよね。
「セントレナ、元気にしていました――いたたた」
あ、セントレナ甘噛みしてる。あ、手を慌てて引いちゃったら、あぁあああ。
「痛っ、嫌われているんでしょうか? やはり……」
「そんなに慌てて手を引くからですよ。じゃれているだけなんですから、じっとしていたらすぐに放してくれますって」
『くぅっ』
セントレナ、なんだか申し訳なさそうな声と目。ちょっと項垂れてるし。
「セントレナ、ほら、落ち込まない。あと、手見せてください。あぁ、牙ひっかけちゃって――うわ、なんっじゃこりゃ?」
「どうしたん、……あぁ、これは」
「指、真っ黒じゃないですか? 痛くないの? なんでそんなに笑っていられるの? もしかして、セントレナはこれを俺に見せたかったんじゃないの?」
セントレナを見ると、頷いてる。
『くぅっ』
戻ってダンナヴィナさんを見るとさ、こっち向いて愛想笑いしてるけど、目が明後日の方向を見てるんだ。誰かに似てるな、こういうところ。
「とにかく、『
うん。とんでも真っ黒になっていた黒ずみは消えていった。痛いはずなのに、一切表情に出さないんだもんな。
「プライヴィア様、この子はもしや?」
「あぁ、だから息子にしたんだ。他の奴らに取られたりしたら、たまらないからね」
虎人族でがっちりした体格のプライヴィアさんとは正反対な、細身でおしとやかな女性。ギルドの職員が着てる制服とは色違いの、それでいてきっちり着こなしてるこの人がなんと『ダンナ』さん。
俺がプライヴィアさんの旦那さんだと思っていたその人で、彼女の従姉妹で執事兼秘書で、パートナーのダンナヴィナさん。女性だったんだよ。
後から聞いた話。同性でパートナーシップを築いて生活をしてる人たちって、こっちの世界では珍しくないんだってさ。継がせる家や何かがある場合は、普通に養子をもらうそうだ。国ごとに多少の違いはあるんだろうけど、あちらよりももっと自由な考え方ができているんだろうと俺は思うんだ。
今は亡き、ダイオラーデン王家はそういう意味で酷かった。民を切り捨てるくせして、税だけはちゃっかりいただく。プライヴィアさんから聞いたけど、あれも珍しくはないんだって。悲しいかな、現実は甘くはない乱世みたいだった。
さておき、女王陛下のところへは、夜が明けてから伺う予定になってる。薬で眠ってるんだって。おそらく原因は、悪素毒。俺も、今現在生きているならなんとかなると思ってたから、それほど心配はしてないんだ。
いくらこっちへやってきたからって、今の時間から押しかけて、薬で寝てるのを揺り起こすわけにもいかないからさ。何せ相手はここの女王陛下だし、プライヴィアさんの妹で、女性なんだから。ヘタなことしたら、ロザリエールさんに怒られちゃうよ。
プライヴィアさんは、自室に戻って一休みしてる。俺も客室を借りて、ベッドでぼさっとしてるところ。『個人情報表示』謎システム上の時間はそろそろ5時になる。ロザリエールさんと麻夜ちゃんはまだ寝てるかな?
出る時間になったら、ダンナさんが教えてくれるとのこと。とりあえず、インベントリからスマホを出して、8時にタイマーセットして、仮眠をとることにしましたとさ。少しだけ眠れる。それはきっと幸せ……。
『ぺこん』
……ん? 何時だ? あ、7時になってる。麻夜ちゃんからのメッセージか。
『知らない天井』
「あははは」
「『続 知らない天井』、送信っと」
『ぺこん』
『おじさんどこに寝てるの?』
「『起きてるってば。たぶん、隣の部屋?』、送信」
『ぺこん』
『ロザリエールさんなら、俺の隣りで寝てるよ。可愛い寝顔だ、ぐへへへ』
なんつ、ネタを知ってるんだか。本当に女子高校生なんかね? いや、偏見はいけない。彼女は俺と同じ『ヲタ』なんだから。
「『とにかくね、プライヴィアさんのところの、ダンナさんが執事しててね、王城に行く時間になったら呼びに来てくれることになってるんだ。だからまだゆっくりしていていいよ』、送信」
『ぺこん』
『了解です、親方ー。プライヴィアさんの旦那さんかー、楽しみだね-』
なーにが親方なんだか。そっか、まだダンナさんに会ってないんだっけ。驚くぞ、麻夜ちゃん。
今のやりとりで、スマホのバッテリーは97%ほど。時間はまだまだ余裕っぽいから、とりあえず、もう一眠りしようっと……。
▼
『どかーん』
ん?
『どかーん。どかーん。どかーん。どかーん――』
某有名な声優さんのCVが入った目覚ましアプリ。何かのプレゼントでダウンロードしたんだよな。これがまた、ものすごーくウザい。徐々に音が大きくなって、脳髄に響くキンキン声。
「あぁうるさいっ」
ぽちっ。
『どどーん、残念だったのぅ』
「相変わらず、なんつータイマーアプリだよ……」
スマホの時間を見ると、8時を回ったあたり。
「『
『リカバー』を滋養強壮剤みたいなものと同じにして使ってないかい? まぁ、少しでも眠れたから、精神的な疲れは取れてると思うんだけどさ。
『ぺこん』
ん?
『麻夜のとなりで寝てたロザリエールさんが消えちゃった、なう』
「どういうこと?」
通話ボタン、ぽちっと。
『ぽぽぽぽぽぽ』
『あ、おじさん』
「うん。どゆこと?」
『麻夜ね、うとうとしちゃったらね、気がついたらロザリエールさんいなかったのよ』
「そっか」
んー、今の時間ならもしかして?
俺は部屋を出て、下の階へ向かう。階段を降りると何やらいい匂いが漂ってきた。
「あ、これ。間違いないわ」
『なになにどーしたの?』
「あのさ、階段降りたらね、エビマヨソースの匂いがするんだよ」
あ、通話が切れた。すると小走りする足音が近寄ってきたんだ。俺の前に出て、鼻先突き出してすんすん。
「うんうん、ほんとだねー」
「これってこの世界にはないでしょ? 多分」
「ないはず」
「ぅぉぁ!」
「えぇええ?」
足下がなくなる浮遊感、ただあのときと違うのは、温かい感触と心地よい圧迫感。
「うほー、もふもふだー」
麻夜ちゃんの一言ですぐにわかったよ。こんなことするのは、ひとりしかいない。
「うんうん、いい匂いがするね」
「
「うははは、もふもふ、もふもふ」
彼女の腕の毛は、そんなに毛深いわけじゃないんだけど、いかにも『虎』という黄色いしましまのふさふさしたのが肌触り良く生えてるんだよね。短毛の猫みたいな感じかな?
「いやね、目を覚ましたらいい匂いがするじゃないか? もしやと思って見に来たら、君たちがいるものだからね」
プライヴィアさんは、俺たちを両脇に抱えながら、苦もなく階段を降りていく。
「小脇に抱えて移動ですよ? おじさん」
「まぁさ、どこぞの動画でよく見る、襟首
「
この子やっぱりネットスラング通じるよ。相当ディープなんだろうな。
「ところどころ、何を話しているのかわからないだけどね。もしや
「いえ、その、はい。一部の若い人が使う隠語や暗号みたいな? ねぇ麻夜ちゃん」
「あの、そんな感じです。はい」
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