第3部 秘書ってそういう意味があったの?

第109話 エンズガルドで起きてること。

 ワッターヒルズはプライヴィアさんが作った都市だったわけだ。50年前も前に彼女ひとりで行動した結果。でも、エンズガルドが駄目になったときって……。そこまで予想するほど酷い状況だったんだろう。俺が予想できないほどにね。ほんと、参ったわ……。


「どういうことです?」

「エンズガルドの目の前にはね、とてつもなく広大な湖があってだね」

「はい」

「その湖にはね、悪素が湧き出る場所あるんだ」

「もしかして、悪素の発生元のひとつというあの?」

「そうだね。湖の深度がねかなり深くて、その奥底に、洞窟があるらしい」

「らしいって?」

「息がね、続かないんだよね。私たちが簡単に潜っていけない深度にあって、魔法を駆使してたどり着いた者たちもね、悪素にやられて戻ってこなかったんだ……」


 だから長い間、耐える以外の方法が取れない。プライヴィアさんたち虎人族のように、物理的にも種族的に強いとされる者がいながら、解決に至ることがなかったのが事実らしい。


 悪素は水によって分解されやすいけれど、完全に混ざり合うわけじゃない。だから解毒が効くんだと思うんだ。俺にはそれが限界。

 俺が科学に詳しいなら、悪素がどんなものか説明できたかもしれないけれど、それは無理な話だった。なにせ、俺が悪素毒を治療できていること自体、俺には説明ができないんだから。


 ▼


 あれから2度ほど休憩して、『個人情報表示』謎システム状にある現在の時刻は3時。さきほどよりは空がなんとなく、明かるくなってきたような気がする。ロザリエールさんと麻夜ちゃんはまだ寝てる。二人とも、寝られるときに寝られるのはいいことだと思うよ。


 俺は寝ないことに慣れてるからいいけど、プライヴィアさんは何やら船を漕いでる状態。ほぼほぼ寝てるっとも言えるでしょう。よく落ちないもんだね。きっとあちこち行くときはこんな感じなのかもだわ。

 ま、行き先はアレシヲンとセントレナが知ってるからいいんだろうけどさ。疲れは溜まってないと思うよ。定期的に『リカバー回復呪文』かけてたからね。


『ぐぅっ』


 少々大きめにアレシヲンが話しかける。


『くぅ』

「あ、やっぱり?」


 アレシヲンは何気に、プライヴィアさんが寝てしまっていたのを感づいてる。

 謎システム上の時間にして、午前4時あたり。まだまだ辺りは暗いけど、見える街明かりはそれなりに明るい。


「――わ、お、すまんすまん。少々うとうとしていたようだね」

プライヴィアかあさん、寝てたでしょう?」

「世間一般的には、そうともいうだろうけどね」


 照れ隠しなのか遠い言い回しをすることはあるけど、誤魔化したりしないんだ。好きだな、こんなプライヴィアさんは。さすが俺の母さんになっただけはあるよ。


「ほら、みてごらん。あれがエンズガルドだよ」


 なんだあれ? でかい。とにかくでかい。やたらと大きな町、いや国が見えてきた。けれどどうだろう? 俺が見る限り、その周りに湖らしき場所がないんだよ。まぁそれは、あとで聞けばいいだけ。


「でかいですね。何人くらい住んでるんですか?」

「そうだね。ワッターヒルズと同じくらいだろうかね?」

「そうなんですか?」


 ワッターヒルズの優に2倍、いや、3倍はありそうなんだけど。


 あ、あれ?


「なんですか? あの、中央付近にある林、いえ、森みたいな」

「あぁ、あれは『境の森』といってね、まぁ、国境みたいなものなんだ」

「国境、ですか?」

「そうだね。あの森の向こう側は違う国、なんだよね」


 あの馬鹿でかいところは、森を挟んで2つの国が並んでるのか? うん、よくわかんないわ。

 けれど珍しいな、プライヴィアさんが言いよどむなんてさ。何か理由があるんだろうけど、今はそれどころじゃない。落ち着いたら聞いてみようとは思うよ、もちろん。


「ほら、見えてきた。あの建物の上に降りるよ」

『ぐぅ』

『くぅっ』


 周りの建物よりも大きな敷地。その敷地に建つ比較的背の高い建物。そこはまるで、ビルの上に用意されたヘリポートみたいな場所にも見えた。慣れたように、アレシヲンとセントレナは、滑るように降りて行く。この場所にはきっと、何度も降り立ったんだろうね。


 ロザリエールさんはセントレナに寄りかかって、うつ伏せのまま。麻夜ちゃんは、プライヴィアさんに抱きつくような格好。二人ともまだ起きる気配はないんだ。ほんっと、地震で揺れても起きないレベルの熟睡さんなのかもだわ。


 ここからも見える、国境とも言える森を遮るように広がる、幅の広い建物があった。


「あれが私の妹、マイラヴィルナが住む王城なんだ」


 あれ? 屋上の真ん中が坂になってて、そのまま建物に入れる感じ? 内開きに扉が開くと、そこには深く一礼した、ギルドの職員さんの制服を着た女性がいるんだ。


「お帰りなさいませ。プライヴィア様」

「会いたかったよ、ただいま」


 いつものプライヴィアさんだ。執事さん? それとも秘書さん? 間違いなく虎人族さんなんだけど、プライヴィアさんと違って細身で、すらっと背が高いのは一緒。

 眼鏡をしてて、とても聡明そうな女性をぎゅっと抱きしめてる。俺に対してもあんな感じだもんな。


「マイラヴィルナはどうだった?」

「はい。今朝方倒れられまして、……ちょっと、すみません。苦しいです」

「あぁ、すまない。久しぶりだったから、ついね」

「陛下の状態は落ち着いたと思われます」

「そうなんだね。少しは時間がありそうだ」

「長旅だったのでしょう? とにかく中へお入りください」

「あぁ、すまないね」


 プライヴィアさんが俺を見てにまっと笑う。


「アレシヲンたちもそのまま入ってくるよ。だから気にしないで入っておくれ」


 プライヴィアさんと、その女性が入っていく。彼女らの後ろをアレシヲンもついていく。背中に麻夜ちゃんを乗せたまま。落とさないように、起こさないように、実に器用なもんだよ。

 俺はセントレナを連れて、ロザリエールさんをなるべく起こさないように、建物へ入っていった。俺たちが入ると、自動的に閉まる屋上への扉。もしかしたら、魔道具だったりするのかな?


 アレシヲンたちがすれ違える以上の広い通路を抜けて、ある部屋で扉を開けてもらう。そこは、ベッドが2つ置かれている。

 プライヴィアさんは、麻夜ちゃんを軽々と抱き上げると、執事さん(?)が靴を脱がせてあげた。そのまま優しくベッドへ寝かせて、柔らかい上掛け布団をかけてあげた。


 俺もプライヴィアさんに倣って、ロザリエールさんを抱き上げる。あれ? こんなに軽かったんだ……。知らなかったな。あ、靴すみませんね。そっと寝かせて、服のままだったけど、布団をかけてあげる。


 プライヴィアさんは隣へ行こう、という感じのジェスチャー。俺は頷いて、彼女たちについていった。

 予想通り、居間なのか? それとも書斎? ベッドはなく、書棚と机、テーブルがあるだけ。


 お茶を出してもらって、やっとくつろげたって感じ? 


「あれ? 旦那さんは、ご在宅じゃないんですか?」


 ちょっとばかり、緊張してきた。そりゃ、プライヴィアさんの旦那さんには会ったことも、話を聞いたこともないんだ。


 かといって、俺はプライヴィアさんの決断だけで、息子になっちゃったんだから『いずれ挨拶をするんだろうな?』とは思ってた。だから緊張するのは仕方ないでしょ?


「いや、ここにいるだろう?」

「え? まだ、お目にかかっていませけど?」


 なーに言ってんだ? うちのプライヴィアさんは?


「いるじゃないか? なぁ、ダンナ」

「えぇ。初めまして、ダンナヴィナと申します。『ダンナ』とお呼びくださいね」

「え? 旦那さんって、ダンナさん?」

「何を言ってるんだい? 前から君は、理由はわからないけれど、ダンナのことを知っていて、ずいぶん気遣ってくれていたではないか? ん?」


 ダンナさん、いや、ダンナヴィナさんを見ると、嬉しそうに微笑んでるし。


文飛鳥ひふみちょうで幾度も知らせを受けていましたので、あなたと会える日を楽しみにしていたんです。わたくしたちの息子になっていただいたこと、嬉しく思っています」

「えぇえええ?」


 うぇえええ、わけわかめ状態だってばさ?


「改めて、紹介しようね。彼女が、ダンナヴィナ。私の従姉じゅうしで、執事兼秘書で、生涯のパートナーでもあるんだ。仲良くしてくれると助かる。あぁ、彼女も『母さん』と呼んであげたら、喜ぶと思う。よろしく頼むよ、タツマくん」

「よろしくお願いいたしますね、タツマちゃん」

「まじっ、ですかーっ?」


 予想を遙か斜め上に、大気圏があったら突き抜けるくらいの驚きだったよ。従姉、従姉妹のお姉さんって意味だよね? ちなみにやっぱり、プライヴィアさんよりも年上だって。見た目じゃまったくわかんないってばさ。

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