第107話 ロザリエールさんの1日 その3

 元々古いホテルだったとは思えないほど、彼らの手で魔改造されているからか、様変わりをしていた黒森人族の宿舎。1階の一部は元々食堂として使われていたようだが、現在は彼らが作った雑貨などが売られる雑貨屋になっている。

 ロザリエールの姿に気づいた黒森人族の女性。軽く会釈をするだけにとどめている。その理由は店舗に、この町の住人であるお客さんもちらほらと見られるからだ。それなりに認知されたのだろうと、ロザリエールも嬉しく思えただろう。


 宿舎の中に入ると、ロザリエールの従妹のひとりであるブリギッテが会釈をしてくる。


「おはようございます。姫様」

「姫様じゃないでしょう? おはよう。ブリギッテ」


 苦笑するロザリエール。ここは店舗ではなく、もう少し奥にある廊下だから、厳密に言えば『姫様』と呼ばれたとしても不都合はないのである。


「これは差し入れです。変わったことはありませんか?」


 ポーチから取り出した、果物などの差し入れ。ブリギッテは嬉しそうな表情で受け取る。


「いつもありがとうございます、姫様。そうですね、コーベックたちが多少無茶振りをしていますが、これといっていつもどおりでございます」

「そうですか。無理のないようにと伝えてくださいね?」

「はい。ありがとうございます」


 宿舎を出ると、ロザリエールは厩舎へ向かう。厩舎の入り口で声をかけられた。


「ロザリエール様、おはようございます。マヤ様がおででございます」

「おはようオーヴィッタ。ありがとう」

「いえ、どういたしまして」


 ぺこりと会釈。彼女もニアヴァルマ同様、ロザリエールの従妹である。顔の作りが似ている感はある。だが、ロザリエールのほうがやや肌色が薄い。黒森人族という所以の1つで、亡くなった彼女の父も母もそうだったが、族長であるロザリエールの血筋は、肌色が濃い。


『くぅっ』

『ぐぅっ』

「どしたの? あ、そっか。そういうことね」


 後ろを振り向く麻夜。彼女は右手にブラシを持っている。セントレナとアレシヲンのブラッシングをしていたのだろう。


「やっぱりロザリエールさんだった。お疲れ様ー」

「麻夜さんもありがとうございます」

『ぐぅ』

『くぅ』

「セントレナさんもアレシヲンさんもおはようございます」


 背中を順に撫でてご挨拶。ロザリエールはポーチからパンを取り出して、麻夜に手渡す。


「アレシヲンさんにお願いしますね」

「はいっ。ほら、アレシヲン」

『ぐぅ』


 大口を開けて待っていたアレシヲン。丸呑みをせず、咀嚼そしゃくしながら味わっている。おそらくは、走竜にも味覚が備わっている証拠なのだろう。


『くぅ』


 ロザリエールの隣で大きく口を開けてまっている彼女がいる。それに気づいて首元を撫でる。


「はい。セントレナさん」

『くぅ』


 セントレナも、味わうように咀嚼していた。

 アレシヲンもセントレナも、2つずつ食べさせてもらい、その場に伏せてお昼寝タイム。ロザリエールはポーチから出した敷布を敷くと、察したように麻夜もインベントリからちゃぶ台に似た低いテーブルを出す。

 同じくして飲み物を2つ取り出すと、ロザリエールもポーチから2人分のお弁当を。


「それではあたくしたちも昼食にしましょうか?」

「はいっ、待ってました」


 セントレナやアレシヲンに負けずと大きく口を開けて、パンに噛みつく麻夜。


「――んーっ。これ美味しい。マヨソース最っ高。今頃おじさんもね、涙流して食べてると思うよ」

「そうだと嬉しいですね」


 ▼


「――へっくち」


 くしゃみをする辰馬。


「……ん? 誰か噂してる? いや、ぼっちな俺にはないない。でもこれうまいなー。ハンバーグ? つくね? シャキシャキ葉野菜にマヨネーズソース。こりゃファーストフード店にも負けてない。うまくてあたりまえだよ」


 最近はきっちり昼休みの時間がとれていて、もはや準私室と化した治療室でお昼タイムな辰馬だった。


 昼食を終えると、麻夜と一緒に屋敷へ戻る。夕食の準備までの間、麻夜はロザリエールに魔法をみてもらうことになっていた。

 なぜロザリエールに魔法を見てもらうことになったかというと、その発端は『蘇生する対象の時間経過によって、マナの消費量が変化する』という辰馬の話からだった。麻夜や辰馬よりも魔法に詳しいと思われるロザリエールと一緒に、検証作業を進められたらとお願いしたら、あっさりと時間を割いてくれるようになったわけであった。


「――『エア・ハンマー』」


 麻夜は両手のひらを重ねて上にし、込めるマナを最小になるように念じながら呪文を唱える。すると音も発生せず、何も起きていないように見える。だが、ロザリエールが麻夜の手のひらの上に、自らの手のひらをかざすと、確かに空気の塊が上に向かって放たれているからか、ロザリエールの手のひらが弾かれる感じを覚えた。


「あたくしは闇の属性が得意で、火と水の属性はほんの少しだけ使えます。ですが、風の属性は苦手です。いくつもの属性を展開できる麻夜さんは素晴らしいと思います」

「そんな、別に凄くはないですよ……」


 ロザリエールは自分が使う精霊魔法に比べると、人族の魔法は実に洗練されており、実に便利なものだと感心していた。ロザリエールが使う精霊魔法と、麻夜の使う魔法は根底が違っていた。それらの違いなどを教わり、検証好きな麻夜にとって濃厚とも言える時間はあっさりと過ぎていった。


 麻夜がお風呂の掃除をしてくれるというので、ロザリエールは辰馬が帰ってくるまでに、夕食の準備にかかることができた。


(水属性魔法の練習にもなるからと言ってたけど、あの子のことだから半端なことはしないだろうから、放っておいても大丈夫だろうな、きっと)


 辰馬と麻夜はそれこそ兄妹のように似ているところがある。だがふたりとも、冗談は言うがいたずらをしたまま放置をすることはしない。きちんと後片付けをするタイプだ。だからロザリエールも心配はしていないのだろう。



 広めの浴室、浴槽のあるタイルの上に仁王立ちする麻夜。


「えっと、こっちに『ウォータークリエイト』」


 右手で『ウォータークリエイト』、左手で『ウォーターコントロール』を発動。


「それでこれをこっちをこう、回転させて」


 左手の手のひらの上で渦を巻くように回り始める水。徐々に大きくしていき、左手で中空に放り投げる。


「これでこう、『エアハンマー』で押し出す」


 右手と左手で『エアハンマー』を時間差発動させる。

 両手のひらの前に突き出し、アニメや漫画にあるような○○波のようなポーズをする。


「必殺、ウォータードライバーっ!」


 なんてことはない。あまりマナを込めないからか、渦を巻いた水が風で押されて滑るように進んでいく。ある程度水の勢いがついているが、マナを込めて押している間しか移動できない。

 見た目はまるで電動で動く床掃除用具、ポリッシャーのような動きをしていた。


「なんていうか、実に微妙ですこと。でも、それなりに綺麗になってるかも?」


 水の渦が当たっているタイルの床部分は、徐々につるつるピカピカになっていく。


「うぉっ、こんな情けない魔法なのに、マナがごりごり減っていくよ。真面目に掃除しますか……」


 それでも『何か』を諦めようとしない、麻夜だった。



「ロザリエールさん」

「何かしら?」

「お風呂掃除終わったよ」

「それなら、セントレナさんたちのところ、お願いできますか?」

「はい。わっかりました」


 そのまま遠ざかっていく麻夜に、ロザリエールは慌てて声をかける。


「麻夜さん麻夜さん、忘れ物」

「あ」


 ロザリエールが手に持つものは、セントレナとアレシヲンのおやつだった。


「あっちいって、『何しに来たの、この子?』みたいな目で見られるかもしれないところでしたっ」


 セントレナたち走竜はとても頭が良い。それこそロザリエールたちの言葉を十分に理解し、家族ともいえる皆の気持ちに寄り添ってくれるほどに優しいのだ。けれど人間と同様にいたずら心もあるものだから、本当にやりそうで怖いと思える。ロザリエールも苦笑するのだった。


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