第106話 ロザリエールさんの1日 その2

 辰馬にとっても、彼女は命の恩人だったりする。ロザリエールは短所のない完璧超人だが、お酒にだけは少々だらしない面もあって、ほっこりさせてもらっている。その上、辰馬はロザリエールに胃袋をしっかりと掴まれていたりするわけだ。もう、逃げられないだろうし、手放せないのも事実なはずである。


 ロザリエールから見た麻夜は、自分の父と母を死へと追いやった悪素を辰馬と一緒に駆逐できる可能性を持った勇者で、可愛らしい妹のような存在。辰馬そっくりな仕草や言動をする麻夜をとても愛しく思っているが、辰馬同様大事に思っているからこそときに厳しく当たることもあったりするのだ。


 麻夜から見たロザリエールは、優しくて面倒見の良い一番上のお姉さん的存在。怒らせると怖いと、辰馬から聞いていたが本当に怖いと知って余計に尊敬するようになる。麻夜や麻昼と比べものにならないほど、恐ろしく女子力が高いことからも憧れの存在になっている。彼と同様、胃袋を掴まれていたりする。


「じゃ、俺、いつもどおりギルドで治療にあたるからさ」

「麻夜はこっちをゆっくり見て回るつもり。ギルドはあとで行くね。麻夜ね、こっちで登録したいからねー」

「そっかうん。何か困ったら俺の名前を出せば、よくしてくれるはずだよ」

「うん。さっすが『ギルドの聖人様』ー」

「あのねぇ……」


「ご主人様いってらっしゃいませ。いってらっしゃいませ麻夜さん、セントレナさんをお願いしますね」

「うん。いってくるね」

「わっかりました、ロザリエールさん。いってきます」


 朝食を終えると、ロザリエールは辰馬と麻夜を送り出す。朝食のときに言っていたとおり、辰馬はギルドへ。麻夜はセントレナのいる厩舎へ。

 ロザリエールは彼女もいつもどおり、屋敷の掃除、洗濯にとりかかるのだった。


(さて、お掃除お掃除)


 ロザリエールは厨房で朝食の後片付け。冷蔵庫型の魔道具を覗き、食材在庫の確認。辰馬と2人だった前と違って、麻夜も一緒の3人になったから、あれこれ調整をしなければならない。幸い麻夜は、辰馬と一緒で手放しにロザリエールの料理を美味しいと楽しんでくれている。


(あたいが作った料理をさ、ご主人様も麻夜さんも美味しいと言ってくれるんだ。作りがいがあるってもんだよな)


 前職より依頼主や相手ターゲットの表情や仕草、気配などを読むことに長けていたロザリエールには、ふたりが嘘偽りのない絶賛をくれていることが手に取るようにわかっている。だからこそ、尽くすことに全力になれるのだろう。


 辰馬と麻夜。美味しいと喜んでくれている2人のために、昼食はサンドイッチの予定だった。

 パンに何を挟もうか少しだけ悩むロザリエール。彼女にとっても、辰馬と麻夜の持つ、この世界に存在しない知識はとても魅力的。


 今日のお昼は、猪系魔物のスペアリブからこそぎ取った柔らかい肉を包丁で叩いて、軽い塩こしょうで焼く。セントレナも辰馬たちも大好きなコッペパンに似たパンに、バターに似た香りの油を塗って、癖のない葉野菜を敷いた上にそこに肉を置き、マヨネーズソースを軽くかけてできあがり。

 薄味に焼いた肉と葉野菜を挟んだパンを2つずつ。これはセントレナとアレシヲンへのお土産。これらをスカートの裏に隠してあるポーチ型魔道具に放り込む。これで外出前の準備が完了した。


 ダイオラーデン最期の日、あのとき心配に思っていた麻夜たちの身の安全が確保できた。辰馬が気負う感じも薄れていたし、ロザリエール自身も晴れ晴れとした気持ちでいられるのは間違いない。

 このワッターヒルズは半分人界で半分魔界。それだけでもかなり気が休まるのは往来を歩く種族の比率だろうか?

 人族もいれば猫人族や犬人族のような獣人族。ぱっと見ただけでも、それなりの種族数が混在しているのがこの町、自由貿易都市ワッターヒルズ。

 スイグレーフェンのようにこのワッターヒルズも、誰もが皆、ロザリエールのご主人様である辰馬を尊敬してくれている。それだけでも十分誇らしい。

 ただ、ロザリエールが歩いていたとしても、誰も振り返ることはしない。なぜなら彼女は気配を絶っているからだ。さすがに買いものをする際は無理があるが、普段はこうしていることが多い。彼女は存外、辰馬に似て『ぼっち気質ひとみしり』な部分があったりするのかもしれない。


 ロザリエールが少しばかり歩いただけで、あっという間にレンガ色のモザイク柄をした壁が見えてくる。スイグレーフェンにあるものと同じだ。誰がどの国で見ても迷わないようにたどり着くことができるよう、この壁で統一されているのが冒険者ギルドの建物である。

 入り口のドアを開けると、ホールには思った以上に人が溢れている。同じ黒森人族でありロザリエールの従妹で受付をしているニアヴァルマの姿も見えた。忙しそうに悪素治療に訪れた人の案内をしているようだ。

 ロザリエールも冒険者として登録を終えているからか、この建物の中では気配を絶つことをしなくなった。だからニアヴァルマも彼女に気づいて笑顔を向けてくれる。


「あ、ひめ――ロザ様、いえ、ロザリエール様。おはようございます」

(姫様でなければ、どうとでも呼んでくれていいんだって……)


 そう、苦笑するロザリエール。彼女としては、妹分のニアヴァルマが頑張っている姿を見るだけで嬉しく思えるからだ。


「ニアヴァルマ、お疲れ様。そろそろお昼になるので、これをご主人様へ渡してもらえるかしら?」


 ポーチからサンドイッチの入った包みを手渡す。


「はい。お預かりしました」


 前に彼女にも同じものを作ろうかと聞いた。もちろんニアヴァルマたち黒森人族の皆も、ロザリエールの料理は好きだ。だがニアヴァルマは残念そうに、ブリギッテからお弁当を作ってもらっていると伝えてきた。ロザリエールは、『それなら仕方ないですね』と苦笑したのを覚えている。


「最近困りごとはありませんか?」

「はい。仕事にも慣れまして、皆さん良くしてくれますので、大丈夫です。今のところややこしい依頼や案件もないと思われますね」

「そうですか。では、お仕事頑張りなさい」

「はいっ」


 ニアヴァルマはぺこりと会釈をして、治療にあたっている辰馬のもとへ小走りに駆けていく。

 弁当を届けたことで、辰馬もロザリエールの姿に気づいたのだろう。こちらを向いて手を振っていた。

 これだけでも十分、ロザリエールは温かい気持ちになれる。彼女は両手でスカートをふわりと持ち上げるようにして、辰馬に会釈をすると踵を返し、ギルドを後にする。


 夕食のための買い出しへ向かう。肉や葉野菜、根野菜。果物からお酒まで。辰馬から預かっているお金から支払いをしていく。特にロザリエールの好物でもある果物を選ぶときは、食材よりも熱心に選んでいるのだが彼女自身気づいていない。

 ロザリエール自身が討伐した、魔獣の買い取りをしてもらって稼いだお金もあるにはある。だがそれを使うと、7日ごとに決まって辰馬がお金を持たせてくれるから、減らずに貯まる一方になってしまう。

 ロザリエールが辰馬に嘘を言うことがないから、減らしておかないと気まずい雰囲気になってしまう。だからこうして、辰馬から預かったお金で買いものをするようにしているのだった。


「ロザリエールさん。聖人様によろしくな」

「はい。ごきげんよう」


 もはやロザリエールも常連となっていた、果物の卸商の店先。ここの店主も、辰馬のことを『聖人様』と呼ぶ。

 そう辰馬が呼ばれるのは、最初はロザリエールも慣れておらず、少々気恥ずかしくも思っていた。対外的に使用する作り笑いではなく、心から笑みを浮かべていられる今は、普通に対応できているようだ。


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