第103話 スイグレーフェンでの設置。

 米粒サイズの魔石で稼働させる仕様は、スイグレーフェンでも準備できるようにしておきたかったから。これなら十分に、国の予算で回すことが可能になるはず。


 王城隣接のギルド施設に20台予定だけど、まだ建物ができあがってないんだ。だから元のギルドの受付の中へ15台置いてある。移動する際は、麻昼ちゃんか朝也くんが、空間属性を持っているはずだからお願いする予定。


 ギルドの新しい支配人になったセテアスさんの宿に、5台置くことになった。俺がスイグレーフェンのギルドで治療をすることは、この先徐々に少なくなっていくはず。だから俺がスイグレーフェンにいないときは、冒険者相手の受付をジュエリーヌさんと研修で来ている事務官のネリーザさんが交代で受け持つことになって聞いてる。


 エトエリーゼさんはミレーノアさんのお手伝いをしながら、宿で水の配布にあたることになったんだ。いずれ王家の認可を得た、水屋さんが増えていく予定になっている。ミレーノアさんのところは王立の第1号店ということになるわけね。


 『魔道具が動いていないのでは?』という噂だけでなく、自分たちの手の指、足の指で悪素毒が蝕んでいくことを知っていた城下の人たち。だからこそ、俺が作り上げた新しい

『ギルド印の水』を受け入れてくれるのに、時間はかからなかった。


「すみません、水、お願いします」

「はい。新規の方は、保証金として銅貨10枚お預かりしますが、よろしいでしょうか?」

「はい。串焼き5本分ですよね」

「そうですね」


 『串焼き5本分。銅貨10枚』というのはすっかり浸透していたみたいだ。一般の人にとっても、けっして高い価格にはならない。ビンさえ割らなければ、水はずっと無料になるんだからね。


 その銅貨10枚も、ビンの作成代金に回されることになってる。万が一割れてしまっても、そのものを持ってきたなら交換する予定。割れたビンは、新しいビンの材料になるんだってさ。実にリサイクルな感じ。


「いらっしゃいませ、冒険者ギルドスイグレーフェン支部へようこそ」

「あ、ネリーザさん。元気そうで何よりです」


 お出迎えは元勇者付事務官のネリーザさんだった。今でも事務官という肩書きは変わってないんだって。ただ、勇者付じゃないだけで。


「そ、その節はなんというか、お世話になりました……」


 彼女も犠牲者のひとりだから、別に気に病むことはないんだよ。女王のリズレイリアさんに対して、反意のない人ということで再雇用になったんだから。ちなみに、ロザリエールさんが斬った騎士だか衛士だかがいたじゃない? あれらは全員、反意ありということで門前払い。なにやら、どこぞの系列貴族のご子息だったらしいからね。職を失って途方に暮れてるって聞いてるよ。残念だねー(すっとぼけ)。


 王城の護衛には、上位の冒険者が依頼として受けることになった。いずれ、朝也くんが騎士になるらしいけど、それはまだまだ先の話。実戦経験を積まなきゃだから。ビビってちゃ話にならない、もちろん麻昼ちゃんを守れやしないからね。


 いつものように受付横の扉をくぐって、支配人室へ。


「入りますよー」


 部屋に入った瞬間。


「勘弁してくださいよー」


 俺の声を聞いてか、顔を確認してか。セテアスさんが泣きついてきた。


「どうしたんですか?」

「あんなに楽な仕事だったのに、どうしてこんなに面倒なことになったんですか? 私、何かしましたか?」


 あぁ、そういうことね。確かに前は宿屋の主人。まるで時代劇に出てくる『髪結いの亭主』みたいで、悠々自適な生活だったと思うよ。でもさ、それはリズレイリアさんが許さないでしょ?


「でもさ、決めたのは女王陛下でしょ? 俺じゃどうにもならないから」

「そんな冷たいことを言わないでくださいよ。タツマ様は、伯母上のそのまた上の存在じゃないですか? タツマ・ソウトメ・ゼダンゾーク『殿下』」


 セテアスさんって、かなり切れ者なんだと思う。だって、エンズガルド王国の王位継承順位を調べることができるんだよ? とても『髪結いの亭主』だっただなんて思えないんだ。


「あぁ、バレてるわけね? でも、俺が偉いわけじゃなく、俺の母さんが偉いだけだからさ」


 いやはやそれにしたってビビったよ。プライヴィアさんの息子になった時点で、俺にもエンズガルドの王位継承権があるんだって言われた。それも第2位ときたもんだ……。


 プライヴィアさんの妹で、現女王陛下には子供がいないんだって。もし生まれたら、第3位に下がるんだ。ちなみに、第1位はプライヴィアさん。そこは予想通りだけどさ……。


「どっちにしたって、母さんに迷惑はかけられないって。だから俺には無理。子供ができたら、継がせたらいいでしょう?」

「何年先の話ですかぁ?」

「そんなこと言ってると、うちのおっかない母さんがくるよ? 文句は母さんに直接言えばいいんじゃない?」

「それはちょっと……」


 なにせセテアスさんの直属の上司は、うちの義理の母さん。ギルド本部の総支配人、プライヴィアさんなんだから。


「じゃ、治療に戻りますねー」


 ひらひらと後ろ手を振って、俺は支配人室を後にする。


 そんなこんなで今日も200人ほど治療を終える。慣れてないネリーザさん、大変そうだったな。そろそろこっちには、症状の重たい人が減ってきてる。あと数日で落ち着くと思うんだよ。今日も、『風呂に入るとちりちりしみる』くらいの人が多かったからね。


「おじさん、お疲れー」

「麻夜ちゃんおかえり、どうだった?」

「うん。麻昼ちゃん、本当に水の聖女様になってた。朝也くんも立派になってたよ。ちょっとだけね」


 麻夜ちゃんは、王城内への魔道具設置をお願いしてたんだ。ギルドの新しい施設ができあがるまでの間、5台だけ設置することになったんだよ。ついでに、麻昼ちゃんと朝也くんに会いに行ってたんだ。ワッターヒルズに移ってから、数週間ぶりだったからね。


「うは、手厳しい」

「そりゃそうよ。朝也くんは麻夜の弟分だもんねー。お姉さんの麻夜は、抜かれるわけにはいかないのです、はい」


 今頃、プライヴィアさんが、リズレイリア女王を労ってるはず。実際は遊びにいってるようなものなんだろうけどね。俺は明日顔を出す予定。


 宿屋の名前、実は『セテアス亭』だったんだよね。ここって。ロザリエールさんのおかげで、料理も俺たち好みになったし。連日、ご飯を食べに来る人が増えたって聞いてる。


 うわ、結構入ってるなー。満席どころか、立ち飲みの人もいるくらいだわ。セテアスさんがここにいたら、喜んでたんだろうねー。


 でもここの最上階から数えて3部屋は、しばらくの間俺たちの予約だけしか入れないことになってるんだって。慣れた部屋だから、ありがたいよね。


「あ、おかえりなさいませ。タツマ様、麻夜様」

「『麻夜様』はやめてよー、『麻夜ちゃん』でいいから、ね? ね? エトエリーゼちゃん」


 そういや二人は同い年。『様』づけされると、引け目を感じるのかもしれないね。


「そうやさ、ロザリエールさんはもう帰ってきてる?」

「あの、ですね。ロザリエールさんは、厨房を手伝っていただいてるんです」

「あれま」


 食堂の奥を見ると、なにやら忙しそうにしてるロザリエールさん。でもすごく楽しそう。ミレーノアさんは友達だもんね。


「んじゃ、俺は部屋に戻ってるわ」

「麻夜もー」


 最上階は俺と麻夜ちゃん。ひとつ下がってロザリエールさんの部屋。階段を上りきって、麻夜ちゃんと別れる。部屋に入って、ベッドにどーん。


「うー、しんどかった。肉体的に疲れたわけじゃないけど、気疲れしたかな?」


 よし、風呂にゆっくり浸かって、あとはご飯食べに降りるかー。


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