第104話 悪いが、今すぐ一緒に来てくれるかい?(第2部 最終話)

 風呂に入って、肩まで湯にゆっくりどぶん。気持ち的に回復した感じがする。風呂場から出て、着替えてベッドに寝っ転がる。


『ぺこん』


 え?


『はらへったなう』


 『隣なんだからメッセージじゃなくてもいいでしょう』、送信っと。


『ぺこん』

『つい癖で、てへっ』


 ドアがノックされた。開けたら麻夜ちゃん。


「おなかすいたなう」

「同じかよ」

「あははは」

「そろそろ空いてきてる時間だろうし、下いってみよっか?」

「あいあい」


 階段降りて、1階へ。混み具合を確認しようと、そっと食堂を覗こうとしたんだ。すると……。


「本日はお楽しみでしたね?」

「へ?」

「あ?」


 俺と麻夜ちゃんはちょっと驚いて振り向く。するとそこには、見覚えがありすぎる人。


「なんだ、セテアスさんか」

「なんだはありませんよ。やっとギルドから帰ってきたんです。これは私の、唯一の楽しみなんですから」

「おじさん。支配人さんって、変態?」

「んー、それに近いかな?」

「……前からひしひしと感じていたのですが、私にだけ冷たくありませんか?」

「そうかな?」

「麻夜もよくわかんないー」


 セテアスさんはいじられ体質なのは間違いないと思うんだけどね。


 あれ? そういえば。


「エトエリーゼさんは?」

「私と入れ替えで、ご飯食べてますが?」

「あ、そうなんだ」

「おじさん、麻夜たちも」

「そうだね。じゃ、ご飯いってきます」

「はい。いってらっしゃいませ、って食堂はすぐ目の前ですって」

「あははは」

「聞いてたとおり、面白い人ー」


 人界にはなかった魔界生まれの、こってり濃いめの味付け。俺がお腹を痛めて生み出した、エビマヨ風の味付け。元々こちらで伝わってた、あっさりめで繊細な味付け。まるで和洋折衷のような料理に舌鼓を売った俺と麻夜ちゃん。


 夕食後、時刻は9時を回ってる。俺は厩舎の中で、セントレナに晩ご飯を食べさせてた。麻夜ちゃんはセントレナの、食後のブラッシングが楽しみらしい。羽のもふもふ具合がたまらないんだそうだ。確かに触り心地はいいんだ、よくわかるよ、うんうん。


「麻夜ちゃんも好きだねー」

「もふもふは正義ですから」

「もふもふというより、セントレナは羽だから、ふわふわふかふかが正しいんじゃないかな?」

「そうかもだけど、これはこれで貴重な感触なのよー」


 羽や翼はあっても、鳥ではないから表皮も丈夫。ブラッシングすると気持ちよさそうに『くぅっ……』と声を漏らす。毛並みと違って整えるというよりは、軽いマッサージみたいな感じなんだろうね。


 わずかな羽音が聞こえたかと思ったら、目の前にアレシヲンが降り立った。鱗代わりの白い産毛、白い翼だから暗くても目立つ。もちろん彼に乗っていたのはプライヴィアさんだ。だから余計に目を引いてしまう。


「――タツマくんっ!」


 彼女の声には何やら焦りのような感情が込められている。それに今日この時間にここへアレシヲンに乗って現れること自体、予定がなかったはずだ。少なくとも俺は聞いてない。そう考えると、プライヴィアさんに何か起きたと考えた方が妥当だろうと思った。


「何かあったんです?」


 麻夜ちゃんも、ロザリエールさんもプライヴィアさんを心配してる。彼女の言葉から何が出るか、不安に思ってたんだよ。


「悪いが、今すぐ一緒に来てくれるかい? うちのダンナから連絡が届いてね、本国にいる妹が、危険な状態らしいんだ……」


 妹さんって、エンズガルドの女王様の? そりゃ一大事じゃないか?


「わかりました。ロザリエールさん、外套を重ねて羽織って。荷物はいらない。俺がある程度持ってる。それじゃ行きましょう」


 ロザリエールさんは先にセントレナの背中へ。俺は彼女の背中を覆うように乗り込む。


 麻夜ちゃんは、自分のインベントリから外套を二枚出して羽織る。有事の際に色々格納しておけば便利だからと、俺が言ったことを実行してたんだね。てか、麻夜ちゃんも行くの?


「これって間違いなく、麻夜がいたほうが便利でしょう?」


 確かに、麻夜ちゃんの『鑑定スキル』は頼りになる。


「そうだね」


 すると麻夜ちゃんは、跳び箱でも跳ぶかのように、プライヴィアさんの後ろへ飛び乗った。


 『個人情報表示』謎システムに出ている現在時刻は20時を超えてる。これからどれくらいの距離を飛ぶのかわからないけど、アレシヲンの後をついていけばいいだけ。


 アレシヲンが先に次にセントレナが、厩舎の裏手からゆっくりと、牧草地帯を走り始めた。プライヴィアさんがある方向を見ると、アレシヲンに指示をしていた。


「プライヴィアさん」

「なにかな?」

「エンズガルドまでどれくらいかかんですか?」

「そう、だねぇ」

「前のアレシヲンで、1日くらいかかったかな?」

「まじですかー」


 今の彼らは、以前の倍の速度は出る飛び方ができるはず、……ということは少なくとも。


「てことは着くの朝じゃないですかー」

「そうだね」


 危険な状態って危篤ってことだろう? 俺ならなんとかできるだろうけど、万が一のことを考えたら、できるなら半日にしておきたい。時間的に間に合うのかな? まいったな。ん、そうすっか。


「麻夜ちゃん、ロザリエールさん」

「なにかなー、おじさん」

「どういたしましたか?」

「二人はさ、とにかく寝られるようになったら寝ちゃってくれる?」

「かしこまりー」

「よろしいのですか?」

「うん。到着が朝になりそうだからね」


 アレシヲンもセントレナも、牧草地帯を走り始めたなら、ある程度速度の乗ったら水平飛行に移るだろう。それならいまのうち。


「プライヴィアさん」

「なに、かな?」

「俺が指示したら、休憩することにします。そうすれば、効率よく早く到着できますから」

「わかったよー」

「セントレナ」

『くぅ?』

「エンズガルドへの道はわかってる?」

『くぅっ』

「それなら、前にやってくれた飛び方をしてくれるかな?」

『くぅっ!』

「アレシヲン」

『ぐぅ』

「セントレナの真似して飛んで」

『ぐうっ』


 高度を稼げるだけ稼いで、あとはジェットコースターなみの急降下で速度を稼ぐ。こう、麻夜ちゃんを助けに行ったときの飛び方を再現してもらいつつ、飛行時間の短縮を目指すことになったんだ。


 飛び始めて二時間後、地上に降りて休憩をすることになった。眠ってるロザリエールさんと麻夜ちゃん。結構肝が据わってるよね。緊急事態だってのに、しっかり眠れるんだから。


 まずは、アレシヲンとセントレナに『リカバー回復呪文』をかけておく。もちろん、俺、プライヴィアさん、ロザリエールさん、麻夜ちゃんにもね。


 アレシヲンとセントレナには、パンに挟んだ串焼き肉と根菜。それに、ロザリエールさん謹製の、加熱済みマヨネーズソースをほんの少しかけたもの。これを1つずつ。水を少し飲んで。休んでもらう。


「はい、プライヴィアかあさん」


 温かい飲み物。お茶なんだけど、インベントリからだから十分にほっかほか。


「そう、呼んでくれるんだね?」

「慣れました。それで、妹さんでしたっけ? エンズガルドの女王陛下は」

「そうだよ。うちのダンナからね、夕方連絡があったんだ。マイラヴィルナが、倒れたって。もう、後がないかもしれない、ってね……」


 珍しく、悲しそうな、落ち込んだ表情を見せるプライヴィアさん。


「私たち虎人族は、強靱な身体をもってる。だからつい、無理しがちなんだろうね」

「そうですね。プライヴィアさんも例外じゃなかったから」

「あぁ、反省してるよ」

「前から聞きたかったんですが」

「なにかな?」

「あのワッターヒルズってプライヴィアさんが?」

「そうだよ。私が50年前に作ったんだ。もしね、エンズガルドが駄目になったときに、移住できる場所とするためにね」


 ゆっくりと思い出すかのように、プライヴィアさんは俺に昔話をしてくれるんだ。それは本当に彼女が、俺の母さんみたいに思えるほどに優しい目をしてたんだ。


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