第101話 ダイオラーデンに代わる新しい国。

 この日、ダイオラーデンの王城が落ちた。落としたのは俺たちなんだけどね。翌日には俺たちと、冒険者さんたちの手によって、反意を持つ貴族はすべて捕らえられた。王族や貴族たちは暫く幽閉され、来年頭にでも処分が決定することになるだろう。


 新しいこの国は、リズレイリア・スイグレーフェンが女王の座に就いた。彼女は、没落した前の侯爵家だったらしいよ。俺も何かで読んだんだけど、侯爵って公爵と違って国王あいつとは血縁がないんだって。家を再興して当主になって、スイグレーフェン姓を名乗ることになったというわけ。だから国の名前も、ダイオラーデンからスイグレーフェンに変更になった。リズレイリアさんが、ダイオラーデンを名乗るわけにはいかないからね。


 そりゃ、ギルドをまとめる支配人だっただけはあるわ。お貴族様だったんだもんね。物静かで、職員思いで、城下の人たちに愛されてた。プライヴィアさんがお薦めするだけはあるってことだよ。


 反意を持たない事務官などは、再度雇い入れることになったんだって。何せ今度は、冒険者ギルドの建物じゃなく、王城の管理采配をしなきゃいけないんだから。人員はいるに超したことはないでしょ。


 新しいギルド支部こちらの支配人には、セテアスさんが就任することになった。彼はリズレイリアの甥っ子。彼曰く、『女王陛下の命令だから、断るわけにもいかない』って話だけど、実際は叔母さんだったときから頭が上がらないのは知ってるってばさ。リズレイリアさんが言うには、『優秀な人間を遊ばせるわけにはいかない』とのこと。奥さんのミレーノアさんは『しっかり稼いでいらっしゃい』だそうだ。


 あの冒険者ギルドのあった建物は、売却されることになった。新しいギルドは王城の敷地内にできるんだよ。あの場所が何になったかって? そりゃさ、俺の家だってさ。『ホールは、セントレナの厩舎でいいだろう?』だって。プライヴィアさん無茶振りすぎるよ。


 王城の敷地内に新たに建てているの冒険者ギルドの建物。できあがるまでは、今のところを使うんだって。俺たちも再度、セテアスさんの宿に寝泊まりすることになったよ。


 リズレイリアさんは麻昼ちゃんと朝也くんの後見人になったんだ。彼女は今まで独身で、子供もいなかった。いずれ、どちらかが王の器に育ったら、養子にして継がせたいんだって。朝也くん、がんばれ。


 麻昼ちゃんも朝也くんも、自分たちが何もできないことを悟って、冒険者ギルドに出入りをして、腕を磨くことにしたんだって。城下に住む人たちの役に立てるようになりたいって言ってたよ。うん。嬉しいよね。


 麻夜ちゃんは、コーベックさんが開発を始めてる魔道具の検証を手伝ってくれることになって、今俺の屋敷に下宿してる。2階の俺の部屋から数えて、2つ隣の部屋。普段は、ギルドに属してる冒険者として、魔獣相手に魔法の鍛錬に一生懸命。


 ワッターヒルズとスイグレーフェン、遠く離れてはいても、スマホで通話ができるから大丈夫だってさ。なにより、二人のイチャコラはもう勘弁だって。


 俺はとりあえず、ワッターヒルズに戻ってる。こっちの人たちの治療を中断して、『王家転覆大作戦』に参加しちゃったからね。それでもあと数日で、また一度あっちに戻る予定。どっちにしても、1日200人を超えたら、その日は終了。あとは、俺自身の検証に使う時間にあててるんだ。


「麻夜ちゃん、これってさ悪素だよね?」

「おじさん、こんなのどこからとってきたのよ?」


 俺は先日、ロザリエールさんの生まれた集落跡の、先からとってきた漆黒の流動体をガラスのビンに詰めたもの。それをインベントリから取り出して、麻夜ちゃんの前に置いてる。


「うはぁ。『悪素』って出てる出てる。まじきもいんですけどー」


 まるであちらの世界で出てきた黒くて鈍く光る、ガサガサ動く虫を見るみたいな嫌悪感のような表情。


「そうですよね。あのときは、あたくしも怒ったんです」

「ですよねー」


 うん、あのときのロザリエールさん、まじ怖かったっす。


 俺は、空のビンに水を7分目まで入れる。あえてこれを『悪素の結晶』と命名。悪素の結晶が入ったビンを開けて、木製のさじでほんのちょっとだけ掬って水の入ったビンへ。そこで俺はあり得ない現象を目にしたんだよ。


「うぁ、気持ち悪っ」

「うぇっ」


 流動体になっていると思われた悪素は、沈むわけでもなく、浮くわけでもなく。ただそこを漂ってる感じがするんだよ。水を吸って広がるような、増えるようなそんな動きを見せながら。正直、気味が悪い。まるで生きているかのような、怖さも感じる。


 元のビンは蓋を閉めて、インベントリへ戻す。


 ゆっくり攪拌するだけで、すぐに細かく散るんだよ。なぜかはわからないけど、悪素の結晶が細かくバラバラになるのを確認できたんだ。


「わけわかんね。けどちゃんと水に溶けるんだ。そうじゃないと、木の根っこが吸い上げられないか」

「これ、空気感染とかしないの?」

「んー、どうだろうね? 俺は理系だったけど、化学専攻じゃないからあまり詳しくはないんだ。でももし、大気中にあったとしたら、水分にも結合はするんだろうけどさ。俺が思うに、なんらかの理由でさ、大気中にはない可能性のが高いと思うんだ。だからあのアホ王たちがあんなに綺麗な指でいられたんじゃないかな? あくまでも推測の域でしかないけどね」

「うん。麻夜も頭悪いからよくわかんないかなー? おじさんが言うならそうかもしれないね」


 嘘おっしゃい。俺のいた会社に内定取ったくらいなんだから、間違いなく理系。簡単なプログラムは組めるはずだよ。頭悪いなんてあり得ないってば。


 水と悪素は、手で混ぜてもこれ以上も細かくならない気がする。目に見えて黒い結晶がちらほらしてるけど、あとは時間が経つともっと混ざり合うのかな?


「麻夜の鑑定、レベル2でしかないから、細かい情報出てこないけどね『悪素』と『水』、『ガラスビン』。割合まで出てくれたら助かるんだけどねー」

「うん。それは俺も思うよ。さて、ここからだよ。このさじ、どうなってる?」

「うん。『さじ』かっこして木製って、あー。悪素って出てない」

「よし、よし。いいぞー。んじゃ『デトキシ解毒』。んー、『デトキシ』、『デトキシ』」

「あ、小さくなってない? あ、水に触んないと効果薄いんじゃ?」

「そっか。まぁ、後でどうにでもなるし。ずっぷし」


 人差し指を水につっこんだ。


「表現が卑猥ひわいー」

「あのねぇ……。『デトキシ』。お? 『デトキシ』、おぉー」

「おー」

「明らかに小さくなりましたね」


 遠目からみてるロザリエールさんにもそう感じるんだ?


「うん。あのとき指についたやつでも多少は効いてたってことだったんだ。これは気づかなかったよ」

「それならさ、あそこにあった魔道具、だっけ? 多少は効いてたんだろうねー」

「うん。今、コーベックさんが必死になって、メインユニット部分を作ってくれてる」

「期待大だねー」

「うん。これでどう?」

「んおぉ。消えた、すっごーい」

「なるほどー。微量な悪素には『デトキシ』が効くんだ。そりゃそうか。悪素毒おそどくにも効くんだからさ」

「そうだっけ?」

「うん。ロザリエールさんを治療したときはまだ、『デトキシ』しか使えなかったからね」

「はい、その通りです」


 どちらにしても、これで悪素毒への対抗手段がひとつ見えてきた。これもすべて、麻夜ちゃんの『鑑定スキル』あって始めて確認できる。あの魔道具にいきついた人は大したものだと思うけど、舵取りをする天辺があれじゃぁ駄目だ。


 ▼


「このエビマヨ味の酢豚っぽいお肉。さいっこーっ」


 麻夜ちゃんらしく、両手を上げて全身で喜びを表現。作ったロザリエールさんもご満悦。


 確かに表現としてはドンピシャ。エビマヨ味の酢豚っぽいお肉。野菜たっぷりのお肉もごろっと。それがマヨネーズ味で炒めてあるんだ。このワッターヒルズには、お米が流通してないから、パンしかないのが難点だけど。


「これには、苦労したもんなー。でもロザリエールさん、あっさり解決しちゃうし……」

「あ、やっぱりマヨネーズで失敗したの? マジテンプレ?」

「テンプレ言わないの。根野菜三つ、ボールひとつまるっとつけて食べたら、酷い目に遭っただけなんだよねっ」

「いやそれ、普通にお腹壊すんじゃ? でもおじさん」

「はい。すっかり忘れてましたよっ。トイレから出て、また酷い目に遭いそうになって、そこでやっと自分で治せばいいって初めて気づいたんだってば……」

「おじさんらしいというか、なんというか」


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