第98話 さて、ちゃっちゃと。

 慎重に進んでいく。ロザリエールさんもセントレナもここにいる相手なんて、比べものにならないほど強い。だから暴れて乱戦にしてしまったほうが楽なはず。けれどそうできないんだ。理由はそう、建物を壊したくないだけ。いずれギルドで使うことになるんだからさ。


 あ、出入り口だけあって、衛兵っぽい人が立ってるよ。前は誰もいなかったのに、やっぱり勇者2人逃がしたとだけあって、警戒してるのかさせてるのか? もう遅いんだけどね。


『ロザリエールさ――』


 あ、入り口が球状に暗くなって、まるで真っ黒いまりも。あぁ、治まったらもうひっくり返してある。


「せっせせっせと、手足縛ってロープを交差させて、海老反り状態にして。目隠しをして、布をねじってさる猿ぐつわをして」

「さるぐつわ、ですか?」

「あぁ、この口にこうして、大声出したり、お互いにロープをかみ切ったりしないようにする、こんな感じの状態のこと」

「なるほど、勉強になります」


 そのままずるずる引きずって。


「すぐ近くの小部屋に放り込んで――ってあ、とりあえず聞いてみますか。1人だけ『リザレクト蘇生呪文』っと」


 おぉ、逆転再生されてる映像みたいに、順を追って全部元通り。うん。人ごとながらちょっときもいねー。びくんと身体が動いた。うん、蘇生完了。んじゃ、耳元で。


『おはよーございますー』


 どこぞの芸能人寝起きバラエティのように小声でご挨拶。


「あ、状況わかる? 相棒さんは今死んでるから。見る?」


 目隠しだけ外して。縛り上げて、小部屋の角に転がってる相棒さんのほうを指さす。多分、騎士なのかな?


「ほら、首からだらーっと赤いのが垂れてるでしょ? 理解できる? 逆らったらあんなふうになってもらうよ?」


 あぁ、頭をぶんぶんと左右に振って、次は縦に振ってる。相棒さん、びくりとも動かないからね。あまり脅かすと漏らしちゃうかもしれないから、ほどほどに。


「勇者の女の子なんだけど、麻夜ちゃんいう子、捕まってるでしょう? どこにいるかわかる?」


 ぶんぶん縦に振ってる。


「嘘言ったらまた死んでもらうけど、大丈夫?」


 ぶんぶん縦に振ってる。


「それじゃ、口の外すから。大声出したら、わかってるね?」


 ぶんぶん縦に振ってる。


「あ、信じてない? もしかして。それならんっと、よし」


 相棒さんの目隠し取ってうわきんもっ。ちょっと固くなりつつある首を無理矢理こっちに向けてっと。


「ね? 死んでるでしょう?」


 ぶんぶん縦に振ってる。何度もぶんぶん振ってる。猿ぐつわをはずしてっと。


「さて、どこにいるのかな?」

「ここここ、……この先、突き当たり、地下へ行く階段。その下に、います」

「本当だね? 嘘だったら、戻ってきてぐさーってやっちゃうよ?」

「ううううう、うそじゃありませんっ」


 あぁああああ、ついに漏らしちゃったよ。


「とりあえず、信じてあげる。あ、そうそう。大事なことだから2度言うけど、嘘ついたら、いいね?」

「は、はいっ」

「大声は駄目って言ったでしょ?」

「しゅ、しゅみましぇん……」


 噛み噛みだね。仕方ないけど。じゃ、目隠しと猿ぐつわをしてっと。


「こいつ、眠らせてもらえる?」

『はい』


 あ、あっさりぱったり寝ちゃったよ。


「『リザレクト』っと。こいつもお願いします」

『はい』


 こいつもあっさり夢の中ー。


『いきますかー』

『はい』

『くぅ』


 確か、こっち側。突き当たりに行きたいんだけど、途中にも上に続く階段あるんだ?


『うわ、邪魔くせぇ。人立ってるねー』

『えぇ。どうしますか?』

『とりあえず、さっきと同じで』

『かしこまりました』


 なんであの2人、ゆっくり歩いてくロザリエールさんに気づかないんだろう? あ、黒いまりも出現。……終わり。この場所は苦もなく、縛って転がして、小部屋にイン。


 そのまま突き当たりまで進んで、あ、確かに下り階段がある。下まで降りて、そっと覗き見る。あー、いるいる。


『ひとりだけいるね?』

『はい』

『あれ、背中のところが牢屋だったら麻夜ちゃんがいるはず。一応、気絶でやれそう?』

『が、がんばってみます』


 何気に手加減って、難しいのかな? ロザリエールさん、ゆっくり歩いてるけど、兵士? それとも騎士? どっちでもいいけど、気づいてないんだよな――あ、黒いまりも。どさっという音。


 おー麻夜ちゃんいたいた。こっちみてきょとんとしてる。あ、そっか。見張りがあっさりやられちゃったから。それで驚いてるわけね。


「お姉さんもしかして、ロザリエールさん、ですか?」

「はい。こうして会うのは初めまして、ですね。ロザリエールと申します」

「あのねぇ、先に手足縛ってくれないと、起きたらややっこしいでしょうに」

『くぅ』


 セントレナも『そうね』みたいに言ってるし。


「あ、申し訳ございません」

「おじさん? 今の声って誰?」

「うちの家族。ちょっと待ってね」


 ひっくり返して、手足を縛って、交差させて海老反りにして。これってそういえば、『水魚のポーズ』って言わなかったっけ? 目隠し猿ぐつわっと。あちこちまさぐって、男だから気持ちのいいもんじゃないね。あ、鍵みっけ。


「よし。おっけ。眠らせてちょうだい」

「かしこまりました」


 あっという間に寝息がががが。見事だねー。


「鍵を回してっと。よしお待たせしました」

「お、おじさぁあああん」


 ぎゅっと抱きしめられた。酷い目に遭ってたんだもんな。よしよし。


「あ、ちょっとまって。ロザリエールさぁあああん」


 今度はロザリエールさんに抱きついてる。くんかくんかまでしてる。


「あ、いいにおい」

「あのねぇ」

『くぅっ』

「その黒いにわとりさんみたいな子は?」

「うちの家族でセントレナ。これでもね、一応、竜なんだよ」

「へぇ。セントレナちゃんね、うんおぼえた。よろしくね、セントレナちゃん」

『くぅっ』

「はいはい。とりあえず現状ね」


 4人転がしてあること。このまま上まで行って、制圧する予定なこと。


「逃げちゃってもいいんだけど? どうする?」

「そんなわけないでしょ? おじさん。やられたらやりかえすのがゲーマーってもんでしょう?」

「よくわかっていらっしゃる。あ、それでね。俺、『リザレクト蘇生呪文』持ちだから、最悪死なせちゃってもいいよ。ロザリエールさんにもセントレナにもそう言ってるし」

「――まじですかっ?」


 うわ、この子の目。口角が上がってる。それも両方。ヤバいわ。相当頭にきてるって目してる。


「手加減しなくてもいいんだー」

「すっごい棒読み、あそうそうところで麻夜ちゃん」

「はい?」

「あの場の状況、詳しく麻昼ちゃんから聞いたよ? フラストレーション、溜まってたでしょう?」

「あ、いやその……」

「いまんところ、半日くらいしか、いやぎりぎり1日くらいかな? 死んだら蘇生できるリミットがどれくらいかわかんないんだから。もし最悪の場合、ぎりぎり間に合うかどうか焦ったんだよ、これでもね。セントレナが頑張ってくれたからいいようなものを、どうなってかわかんないんだから。無理しちゃだめだってば」

「そうですよ、短気はいけません。後日あたくしとご主人様で、麻夜さんたちを逃がすつもりだったのですからね?」

「ごめんなさい……」

「でもそっか。ちゃんと手加減してたんだね?」

「だって、麻昼ちゃんと朝也くん逃がすとき、やりすぎたら反撃されると思ったからー」

「ほらね? ロザリエールさん。頭のいい子でしょ?」

「えぇ。実に将来有望でございます」

「なんの将来なんだかね?」

『くぅっ』


 短期決戦の可能性も教えて、インベントリからマナ茶を出して飲んでもらって。『マナ・リカバー魔素回復呪文』もかけて準備おっけー。


「これで魔素切れは回避できると思うけど、気をつけてね? 魔素はわけてあげられないから」

「だいじょうぶ、です」

「建物、調度品の破壊は却下ね。俺たちがあとで使うんだから。ギルドで予算出して直すの馬鹿馬鹿しいでしょう?」

「りょ、りょうかいでっす」


 敬礼する真夜ちゃん。でも大丈夫かな? 魔道士だったけど、前線に出たがるタイプだったし。


 降りてきた階段を上って1階へ。中央あたりに階段があるから、上って2階に到着。


『ロザリエールさん』

『はい』

『ここ、人の気配ある?』

『はい。この奥の方に3人ほど』

『よし、無視しちゃいましょ』

『よろしいのですか?』

『それならきっと、上に沢山いるはずだからさ』

『その可能性はありますね』


 そのまま3階まで階段で上がっていく。すると上がってすぐに話し声が聞こえてくるんだ。こっそり覗くと、いるいる。10人くらいかな?


『さーて、クライマックスだね。ここを制圧して、『王家転覆大作戦』完遂しな――』

「いっけぇっ、エア・カッタァアアアアアっ!」

「ちょ、おまっ! あぁあああ……」


 正面突破じゃないですかやだー……。


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