第96話 麻夜ちゃんがキれたという話。

 ロザリエールさんも遅れて合流。俺、ロザリエールさん、リズレイリアさん。麻昼ちゃん、朝也くんの5人がここにいる。


 麻昼ちゃんと朝也くんは俺の姿を確認してか、落ち着いてくれたようだった。麻夜ちゃんの双子の姉、麻昼ちゃんがそのときの状況を話してくれることになったんだ。


「あれは、王妃様の誕生の宴の席でした。あれほど怒った麻夜ちゃんを見るのは、生まれて初めてだったんです――」


 麻夜ちゃん、麻昼ちゃん、朝也くんは、勇者として王妃誕生の宴に出席した。朝也くん、麻昼ちゃん、麻夜ちゃんの順番でお祝いの挨拶をする予定だった。けれど、笑顔で麻夜ちゃんが先に並ぶと言うではないか?


 国王、王妃、王女の並ぶ玉座の前。麻夜ちゃんは国王を左に、王妃を右に見るように、2人の前に片膝をついた。


 王妃の右手を両手で軽く握って、じっと見つめたんだ。額にそっと当てて『おめでとうございます』と告げたそうだ。次に、国王の右手も同じようにじっと見つめ、また同じように額にそっと当てて『おめでとうございます』と告げたそうだ。


 その後振り返って、2人のもとへ戻ってきた麻夜ちゃんは、両腕を広げて顔を寄せてきた。すると小声で、『麻夜が騒ぎを起こすから逃げて。城下に出たら、レンガ色したモザイク柄の壁を目指すの。そこが冒険者ギルドだから。逃げ込んで。絶対に守ってくれるから。麻夜は大丈夫。麻昼ちゃんと朝也くんが無事だとわかったらね、きっとおじさんが助けにきてくれるから』と言って、折りたたんだ紙を、麻昼ちゃんに持たせたらしいんだ。


 そのあと、麻夜ちゃんは国王、王妃を振り返り、こう言ったそうだ。


『国王陛下、王妃殿下。質問がございます』


 何が起きたか2人にもわからなかったそうだ。


『「魔石中和法魔道具」をご存じですよね? もちろん、昨年末より稼働してないことも』


 辺りがざわついたそうだ。国王、王妃も顔色が変わったように見えた。


『国王陛下、王妃殿下、王女殿下の指を拝見しました。実にお綺麗ですよね? 麻夜と麻昼ちゃんに現れた、指の黒ずみなんてわずかも見られないほどに』


 麻昼ちゃんにも心当たりがあった。確かにあれは、ちりちりと嫌な痛みが出ていたのを知っている。一度は俺に治してもらったけれど、また少しだけ出ているから気にはなっていた。


『麻夜たちは、悪素毒に侵されているのに、あなたたちはそんな感じがしない。それはなぜ? もしかして麻夜たちは、あなたたちの飲み水を清めるための魔道具の代わりにするために、それだけのために召喚されたのかな?』


 国王の目が泳いでいるように感じたそうだ。もちろん、王妃も同様。王女は知らされていたかどうかはわからない。でも、麻昼ちゃんにもやっと、麻夜ちゃんの言っている意味が理解できてきたらしい。


『麻夜はあなたたちを許さない。たったそれだけのために、麻夜たちをあっちの世界から誘拐して、麻夜の大事な家族を危険な目に遭わせたんだから……』


 そこで国王が立ち上がり、『勇者殿は乱心された。丁重に保護するように』と指示を出した。けれど、麻夜ちゃんは手を国王に向けたまま、2人の裏へ回ったんだそうだ。


『腐っても麻夜たちは勇者なんでしょう? 嘗めない方がいいよ? 全員、指1本でも動かしてごらんよ? その瞬間、国王と王妃、王女の首が飛ぶからね?』


 そう言うと、麻夜ちゃんは出口のほうを指さしてウィンクした。『逃げて』って口が動いたんだって。


『覚えておくといいよ。麻夜がもしどうにかなっても、「漆黒のロザリア」と、「ギルドの聖人様」が、あなたたちの首を取りに来るからね?』


 麻夜ちゃんの言葉はただのハッタリじゃなかった。麻昼ちゃんと朝也くんを捕まえようとした騎士の後ろの壁が、爆ぜるように破壊されたらしいんだ。


『わざと外したんだよ? もし当たったら、怪我じゃ済まないと思うけどねー』


 麻夜ちゃんの努力を無駄にできない。麻夜ちゃんから持たされた、折りたたんだ紙には、中庭から城下へ抜けるのに必要な、裏道への順路が書いてあった。そのおかげでうまく人に出会わずに、なんとか逃げてきたというわけだった。


 いつの間にか、ロザリエールさんが俺の後ろに立ってた。俺の肩を強く握った彼女の手は、震えていたんだ。


 MMOあのゲームで魔道士だった麻夜ちゃんは、ある意味素人じゃないんだ。パーティ攻略推奨のクエストをソロで受けて、何度も失敗して楽しんだ後、気づいたらしっかりと攻略を終えてるような子なんだから。


「きっと大丈夫。あの子はある意味素人じゃないんだ」

『ぺこん』

「あ」

「ご主人様」

「うん」


 ポケットに入れてたスマホを取り出した。そこには麻夜ちゃんからメッセージが届いてたんだ。


『クエ失敗。屈辱。実践で1対多はきつかった。それでも時間稼ぎの抵抗は十分。ちょっとやりすぎたかもな感じ。もっと強くなりたい。まる』

「ほらね。でもなーにやってんだか……」

「『ダイオラーデンに到着。麻昼ちゃん、朝也くんの無事確認』、送信っと」

『ぺこん』

『少ない魔素がきれてつかまりますた。しょぼーん。牢屋なう。壁に向いてスマホ操作中。ふたりとも無事でなにより』

「とりあえず、麻夜ちゃんは無事っぽい」

「よかった……」

「うん……」


 麻昼ちゃんも朝也くんも、安心した表情になったよ。


「捕まっただけみたい。なんとかなりそうだね」

「えぇ。そうでございますね」

「『大人しく待っているように。あとで俺とロザリエールさんで迎えにいくから』、送信っと」

『ぺこん』

『待ってます。いまここ』


 とりあえず、麻夜ちゃんは無事っぽいから、ささっと麻昼ちゃんと朝也くんの治療を終える。水は多少清められていたとしても、治療は受けてなかったみたいで。朝也くんの指にも薄く黒いのが見え始めてたんだ。


「しっかしまぁ、ケチな奴らだよな、ほんと……」

「あの、おじさん?」


 麻昼ちゃんが不思議そうにこっちを見てる。


「なにかな?」

「麻夜ちゃんとメッセの交換してるんですか?」

「んー、ちょっと前からね。詳しくは麻夜ちゃん本人から聞いてくれるかな?」

「はい、わかりました」


 2人の治療を終えたあたりで、支配人室の扉が開いた。そこにいたのは、プライヴィアさんだった。


「虎っ?」

「とらさん?」


 どこの正月映画だよってツッコミ入れそうになった。麻夜ちゃんを知ってるプライヴィアさんは2人を見てすぐに察したみたいだよ。麻昼ちゃんは麻夜ちゃんの双子のお姉さんだからね。


「タツマくん。この子たちがもしや?」

「はい。麻昼ちゃんと朝也くんです」

「そうか、とりあえず無事だったんだね? それでマヤちゃんのほうは? 君が飛び出していないようだから、それほど酷い状況ではないと思うんだけどね」

「はい。牢屋に入ってます。無事の通知はきたので、これから行こうかなと思ってたところでした。麻昼ちゃん、朝也くん。この人がね、このギルドの一番偉い人でプライヴィアさん。虎人族こじんぞく、虎の獣人さんだよ」

「あ、その、麻夜ちゃんをお願いします」

「弱くてごめんなさい」

「構わないよ。強くなりたいなら、これから頑張ればいい。それにね、助けるのはほら、タツマくんとロザリアくんだから」

「まぁそうなんだけどね」

「えぇ。麻夜さんのためです」


 俺とロザリアさんは、リズレイリアさんを見て、お互いに目を見て笑った。うん、確認しておかなきゃだよね? そう思ってもう一度、リズレイリアさんを見たんだ。


「リズレイリアさん」

「な、何でしょうか?」


 あー、わかってるんだ。これから俺が言うこと。


「とりあえず、国獲ってきます。陛下になる覚悟はできてますか?」


 隣でロザリエールさんがくすくす笑ってるし。プライヴィアさんも腕組みしてうんうんしてる。


「リズレイリアなら大丈夫。なに、務めに出る場所が変わるだけだよ。あの城の玉座に座る王より、王らしいと城下の人々も認めているだろう。なんなら、壁を似たようなものに変えてあげようか?」


 なんとも大雑把なプライヴィアさん。あの城をモザイク柄に変えちゃうって? 面白いかもしれないけどさ。


「わかりました。やればいいんですよね? やれば」


 なかば投げやりになってる。けど、笑ってるから大丈夫だね。


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