第95話 急ぎダイオラーデンへ。

 俺とロザリエールさんは、急いで厩舎に向かった。厩舎で働くオーヴィッタさんと会う。俺とロザリエールさんの様子を読み取ってくれたのか、オーヴィッタさんはいつもの笑顔じゃなく緊張感のある引き締まった表情になっていた。


「オーヴィッタ、緊急事態です」

「かしこまりました、姫様」


 オーヴィッタさんを先頭に、俺たちははセントレナたちの厩舎へ向かう。ロザリエールさんにはスペアの白い外套を羽織らせ、その上から俺のスペアを二重に羽織らせる。俺はシャツを二枚重ねにし、その上から外套を羽織った。


 感受性の高いアレシヲンもセントレナも、俺たちを心配して近寄ってくれる。ロザリエールさんはセントレナの首へ優しく抱きついた。俺はアレシヲンの背中を軽く叩いた。


『くぅ?』

『ぐぅ?』

「アレシヲン、すぐにあとからプライヴィアさんが来る。セントレナ、すぐに飛んでくれるか?」

『ぐぅっ』

『くぅっ』


 俺とロザリエールさんは、セントレナの背中に外されていた鞍を取り付ける。終えるとすぐにロザリエールさんに座ってもらう。俺はロザリエールさんに言葉をかけて、横座りじゃなくしっかりと跨がってもらった。スカートだと多少辛いかもだけど、今回ばかりはまぁ仕方ない。


 俺がセントレナに飛び乗ると、オーヴィッタさんは奥の扉を開けた。少し強めの風が吹き込んでくる。寒いはずだよ。細かい雪がちらついてるから。


 左手で手綱を握って、ぽんぽんと右手でセントレナの首あたりを軽く叩く。


「ごめんな、頼むよ」

『くぅっ』


 セントレナは扉の開いた外へと走り出す。まだ明るいけど、空はどんより。冷たい風と、舞う雪がこちらへぶつかるように迫ってくる。


「いってらっしゃいませ、姫様。お館様」

「いやだからそれは――」

「違うでしょう? オーヴィッタ」


 同時にオーヴィッタさんへツッコミを入れる。俺もロザリエールさんも案外冷静だった。


 セントレナは羽ばたく。力強く空を上がっていく。


「ダイオラーデンな。なるべく急いでくれ。もし身体に負担がかかっても、俺が治す。だから多少無理してでも、急いでくれるか?」

『くぅっ』


 寒い。けれど我慢できないほどじゃない。ロザリエールさんは何やら呟いてる。すると、彼女を中心として温かさが増してくるんだ。


「これで少しはマシになると思います」

「ありがとう。じゃ、これ、持っててくれる?」

「はいっ」


 電源の入った状態のスマホをロザリエールさんに渡した。この温度なら大丈夫だろうと思ったから。セントレナにも暖かさが伝わったんだろう。さらに羽ばたいて、上空を目指してくれる。


 下に走る街道が、前より細く見える。おそらくは倍以上の高度に達してるんだろう。そこから落ちるように、速度を上げていく。水平に滑空する状態になっても、セントレナは羽ばたきをやめない。明らかにこの間の速度を軽く超えてるはずだ。


 時間は4時半を回った。これからどれだけ早く到着できるか? メッセージはまだない。正直、不安で仕方がない。俺のせいだ。何もかも、麻夜ちゃんに任せてしまったから。


「そんなことありません」

「あ、俺、口に出てた?」

「はい、少しだけ、ですが」

『くぅ』

「麻夜ちゃんと麻昼ちゃんの指には、疑惑の証拠があったんだ。あのときなぜ、国王あのやろうを問い詰めなかったのか? 本当に俺は、抜けてた」

「ご主人様」

「事の元凶はあのハウなんとかじゃなかったんだ。国のトップが腐ってたんだよ、だから――」

「タツマ」


 うわ、ロザリエールさん、低い声……。まじだ。まじで怒ってらっしゃる。


「は、はいっ、ごめんなさいっ」

「落ち着け。お前が慌てふためいてどうするんだ? お前がしっかりしてないと、守れるものも守れなくなる。もっとしっかりしろ」

「……ごめんなさい」

「わかればいいんだ」

『くぅ……』


 セントレナは、高度が限界まで落ちるとまた、可能な限り上昇をする。同じように急降下、滑空、加速を繰り返して飛んでくれた。


 俺はセントレナ、ロザリエールさん、俺自身に『リカバー回復呪文』をかけつづけた。時折、寒さ冷たさが痛みに変わるかもしれないから、その対策で『ミドル・リカバー中級回復呪文』も併用する。


 空を移動し始めて30分が経った。時間は5時を回った。けれどメッセージは来ない。温度が低いからかわからないけれど、やたらとバッテリーの減りが早い。ときおり、インベントリに戻してバッテリーチャージ。すぐに出すと100%に戻ってた。


 1時間を過ぎた、時間は5時半。真夜ちゃんからメッセージはまだない。


「ごめんな、セントレナ」

『くぅっ』


 俺の顔に当たる風がやたらと冷たい。きっとセントレナもそうだろう。首から下は、ロザリエールさんが使ってくれてる魔法(だと思う)で温かい。それでも顔に感じる『冷たい』が『やや痛い』に変わってきた感じがする。俺だけじゃないから、『リカバー』を切らすわけにはいかないだろう。


 1時間半、時間は6時前。やはりセントレナはかなり無理をしてくれたみたいだ。


「ロザリエールさん、あれ」

「はい。見えてきました」


 目下にダイオラーデンの城下町と思える明かりが見えてきた。


 4時間かかった距離を、1時間半に短縮したんだ。回復をし続けたから、肉体的には疲労はないかもしれない。それでも限界を超えて飛んでくれた彼女に感謝しなきゃいけない。


「ありがとう、セントレナ」

「セントレナさん、ありがとうございます」

『くぅっ』

「ロザリエールさん、メッセージは?」

「まだありません」

「そっか。よし、ギルドへそのまま向かうよ?」

「はい」

『くぅ』


 外は薄暗い。その分城下の明かりがあるから、まっすぐに飛べる。見えてきた。あともう少し。よし、城下の上空まうえ


「ロザリエールさん、セントレナを厩舎に預けて。後から来て」

「ご主人様は?」

「俺はここから。先行ってる」


 5メートルはある。けどこれくらいはなんでもない。誰もいない場所へ向かって落下。そのまま『ずしん』と、スーパーヒーローさながらの三点着地。


「ぐふっ、さすがに折れたか? 『フル・リカバー完全回復』。よし、いけるな?」


 俺はそのままギルドへ向かって走り始めた。


 モザイク柄のギルド建物が見えてきた。寒いからか表の扉が閉まってる。あれ? 開かない。


「あれ? 開かないぞ?」


 扉を軽く叩いて、隙間にねじ込むようにして、声を出す。


「俺です。タツマです」


 鍵の鳴る音。扉が開いた。


「タツマさぁああああん」


 ジュリエーヌさんだ。抱きつこうとする彼女の額に手のひらでつっかえ棒。ちょっと失礼かもしれないけど、知らない仲じゃないからこれくらいは勘弁ね。


「はいはい。事情はある程度聞いてる。すぐにロザリエールさんが来るから」

「わ、わかりましたっ。リズレイリアさんは支配人室です。あの子たちも一緒です」

「ありがとう」


 俺は急いで支配人室へ向かった。扉を抜けて、通路へ。走っても仕方ないから、早足で支配人室の扉の前に。


「俺です。タツマです」


 扉が開いた、すると見覚えのある二人が抱きついてくるんだ。


「おじさぁああん」

「おじさんっ」


 麻昼ちゃんと朝也くんだ。二人は無事だったわけだね。良かったよ。とりあえず。


「落ち着いて。大丈夫。俺はこの国をひっくり返すくらいの力を持ってるんだから」


 誇大表現だけど、間違っちゃいない。


「ほら、座って。事情を話してくれるかな?」

「ごめんなさい」

「はいっ」


 見た目は大人に見えても、まだ18歳と16歳なんだ。それにここは、あっちの世界じゃない。リズレイリアさんが説明してくれただろうけど、すぐに理解できたとも思えないんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る