第90話 麻夜ちゃんの『きたーっ!』。

「麻夜ちゃん。防音対策大丈夫?」

『うん』

「決まったよ。『王家転覆大作戦』。麻夜ちゃんの報告待って、行動に移すことになった」

『そっかー。それなら明後日、しっかり見ておかないとだね。麻夜、責任重大だな……』


 珍しく少し困った表情をしてる。そりゃそうだよな。自分の行動が人の未来を決定するんだから。でも、麻夜ちゃんたちだって、勝手にこっちへ連れてこられたんだ。自分の未来を決める権利くらいはあるってもんだ。


「132歳のね、俺の新しいお母さんがね、もの凄ぉく怒ってた」

『132歳?』

「うん。虎の獣人さんなんだよ」

『またまたー、麻夜を笑わせようとしてるんでしょ? ほんとだったら、めっちゃファンタジーじゃないの?』


 あ、信じてないな? まじで最初ビビるぞ?


「ファンタジーってあのね、ロザリエールさんがいるでしょうに?」

『え? ロザリエールさん、こっち側の人じゃなかったの? 南側の国の人かと思ってたのに、まっさかぁ?』


 こっち側ってなるほどね。そっち系の人にもみえるわけだ。するとロザリエールさん、髪をさらりと持ち上げて、耳をよく見えるようにしてあげたんだ。


「えぇ、そうですよ。あたくしは黒森人族。こうみえてもですね、62歳なんですよ」

『ろ、62歳? うっそ? 耳が長い? とがってる? ……ファン、タ、ジー、きたーっ!』


 前みたいに、両手を上に突き上げて、全身で喜んでる。なんとも、麻夜ちゃんらしい反応だこと。シャウトしても大丈夫ってことは、風属性の魔法って優秀なんだな。てか、王家転覆大作戦よりも、ロザリエールさんのことを驚いてるんだ?


 あぁもう、ロザリエールさんにあれこれ質問攻めしちゃってるよ。なんともマイペースだね。


『……麻夜だってさ、怒ってるんだよ。勝手にこっちに連れてこられたんだもん』

「そりゃそうだよね」


 高三だったら、学校だってあるし。進学だって、就職だって決まってたかもしれないんだ。


『だってさ、もうMMOゲームできないじゃん? アルバイトしてやっとメモリ32まで増やしてさ、ゲーム配信しようと思ってたんだよ? あのアニメの続きだって、あの漫画の続きだってまだまだ読みたかったのに……』

「配信以外俺と同じ理由かよっ!」


 ありゃ、ロザリエールさん笑ってる。配信までは考えてなかっけどさ。どう控えめに見てもこの子、ヲタだよ。


『でもさ、あのとき右側に麻夜が座らなかったら、タツマおじさん、一緒にこっちこなかったんだよね? もしそうだったら麻夜たちいまごろ、どうなっちゃってたんだろうね?』

「え?」

『麻夜がね、右に座ろうとしてるのに、いっつも朝也くんあっちだし。麻昼ちゃんは朝也くんにべったりだし』

「え?」

『麻夜だけおじさんのシャツの匂い、くんかくんかしてるのバレたら、変態さんみたいじゃない? だから仕方なく、麻昼ちゃんのほう行ってたんだよねー』

「へ?」

『だっておじさん、「ぐもあ」使ってたでしょ? 麻夜たちも「ぐもあ」使ってたんだよね。あれすっごくいい匂いだし』

「『ぐもあ』ってあの、柔軟剤入り洗濯洗剤?」


 あの有名なCMやってるやつか。適当にやってもアイロンいらず、皺にならない最強仕様。ちょっと高いけど、消臭効果もあったんだよね。


『そっそ。あれすっごくいい匂いなんだよねー。それにね、あの日やっと麻昼ちゃんが右に来てくれたじゃない? 朝也くんも一緒に真ん中来てたし。いいタイミングだから「おじさん、リューマでしょ?」って聞こうとしたんだよねー』

「まじですかー」

『うん、まじだよー』

「でもさ、なんで俺が『リューマ』だってわかったの?」

『だっておじさん、沖縄行ってるときだけ、バス乗ってなかったでしょ? 観光地から送ってくれた写真、楽しかったんだー』

「あー」

『それにあのちょっと前、バスの中で麻夜がメッセ送ったら「ぺこん」ってすぐ鳴ったんだもん。これは間違いないなーって。獲物は案外近くにいるんだなーって』

「獲物って。そっか、そんなことがあったんだ」

『うん。だからね、こないだ偶然メッセが一気に既読になったからびっくりしたのよね。やっぱりおじさんだったんだーって』

「あー、あの『ぺこん』の連続かー」

『あははは』

「タツマ様と麻夜さん、まるでご兄妹きょうだいに見えますね」

『そっかな? 麻夜にはね、おじさんとロザリエールさんが姉弟きょうだいに見えたときあったよ?』

「そうですか?」

『うん。だめーな弟を見るお姉ちゃんの目。まるで麻夜が麻昼ちゃんを見るときみたいな』

「麻夜ちゃん、妹じゃなかったっけ?」

『いや、麻昼ちゃんは駄目でしょ。麻夜より成績ちょっとだけ良かったけど、朝也くんとさ、あんなただれた関係なんだもん』

「爛れたって、そんなに酷いのか……」

『うん。リア充ってより、バカップル? それもねちょねちょのどろどろな、ラブコメ漫画以上のレベルの』

「うわ、それは見るに堪えないかも」

『でしょー? 麻夜たちの担当官でネリーザさん、覚えてるっしょ? 愚痴ってくるのよ。あの2人、どうにかなりませんか? って。どうにもなりませんーって言ったら、肩を落として帰っちゃったことがあるくらい』


 それはヤバすぎる。


「それはマジドン引きだわ」

『慣れましたわ。正直言えば、寂しいんだと思う。怖いんだと思う。麻夜はさ、毎日がMMOみたいで楽しくて仕方ないけれど、麻昼ちゃんと朝也くんはそうじゃないでしょう? きっと。ネリーザさんは、帰る方法探してくれるって言ってたけどね、無理なんでしょ? おじさん』

「あぁ。俺の母親になった人が、前例はないって言い切った」


 プライヴィアさんがそう言ってたんだ。少なくとも100年以上は間違いないんだと思う。


『やっぱりなー。ホームの先生には悪いと思うけど、麻夜は別に未練ないし。けどね、麻昼ちゃんの学校も、麻夜の就職も決まってたんだよねー。入学金の振り込み前でよかった、くらいかな?』

「麻夜ちゃんは就職だったんだ?」

『うん。ネタで面接したらね、受かっちゃった。おまけにね、工学部ならね、二部の学費出してくれるって。最高の会社だったんだよ?』


 ネタでって、それでも受かるって相当優秀だったんだな。麻夜ちゃんって。


「そんなところあるんだなー」

『うん。「バルスシステムエンタテインメント」って、口にしたら破滅しちゃいそうな。それでいて超有名なゲーム会社。知ってるでしょう?』

「ぶっ! お、俺の務めてたところじゃないか?」

『まじで?』

「うん。まじです。俺そこの広報にいたんだよ。裏方だけどね」


 すげーニアミス。バスだけじゃなく、会社までだったんだ?


『まじですかー。……そうそう、ゲームショーに出てた、あの有名なロリきょぬーな広報のおねーさんいたじゃない?』

「あぁあの人、うちの代取だいとり、社長だよ? それも年齢不詳」

『ぇ?』

「有名だったんだねー、ロリきゅぬーば――おっと誰か来たようだ?」


 つい癖で見回したけど、ロザリエールさんがきょとんとして『どうしたんですか?』みたいな表情してた。


『まじですかー』

「うん。俺が高校のときすでに、ゲームショーで新作のゲームでコンパニオンしてたって噂」

『見た目で判断しちゃ、いけないんだ』

「うん。俺は実感したよ。世の中には計り知れない存在がいるんだって」


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