第88話 ダイオラーデン国王の罪。

「それはどういうことですか?」

「我々魔界に住む魔族はね、人界に住む人族よりも肉体的には強い。寿命も長い。魔素を扱うことにも長けているんだ」

「はい」

「よく考えてみなさい。まったく違う次元、時間、世界から人を呼び寄せる。それも返す方法はないと聞いている」

「あー、やっぱりそうですか」

「呼び出された彼らは、この世界に良い物をもたらすこともあれば、悪い物を植え付けることもあった。けれどそれは、引き金を引いたのはこちらの世界の者だ」

「はい」

「この世界にも、女神様、神様はいると考えられている。それはわかるかな?」

「なんとなくですが」

「女神様たちは、この世界に直接干渉することはできないとも言われてるんだ」

「どういういことです?」

「そうだね。『神託』をくださることはあっても、『神罰』を与えることはないということだよ」

「はい?」

「女神様だって万能じゃない。その方々の隙をついて行うのが召喚だと言われてるんだね」

「それくらいにとんでもないことだったんですか……」

「考えてもみなさい。同じ理屈なら、王城にいる国王を、王妃を、王女を『召喚』することだって可能なんだよ」

「え?」

「実際にそれを行って、それが争いの火種になり、滅んだ国もあるくらいだからね」


 まじですかー。MMOだって転移系の魔法はあった。ソロじゃなく、パーティ単位だって移動できるのもあった。それを犯行に使うとしたら、そうなるな、確かに。


「魔界も人界も共通した、不文律、暗黙の約束というものがあるんだ。もしそのような愚かな行為に出た場合、必ず回りの国から滅ぼされるだろうという」


 マジだ。プライヴィアさんの目がマジだ。笑ってないよ。


「まずは証拠を集めなさい。そうでないと、我々が侵略をしたことになってしまうからね」

「大丈夫です。3日後に王妃の誕生を祝うらしいので、そのときに国王の指と王妃の指を調べてもらうことになっています」

「ふむ」

「勇者3人のうち、聖属性の勇者と呼ばれた2人は、『水を使った聖属性魔法の鍛錬』を行ってきたため、これまでの短い時間で指にわずかながら黒ずみが見られました。その際、勇者の女の子から聞いたのですが、『巫女の回復属性魔法では、黒ずみは消えなかった』とのことでした。おそらく、巫女、聖女など、回復属性魔法の使い手は、俺と比べてレベルが低すぎるんでしょう。だから、解毒した水と合わせないと、悪素を取り除けないんだと思います」

「…………」


 あぁ、黙っちゃったよ。この後のこと、言ってもいいのか? 言わないのは駄目だろうな。


「ちなみに、勇者の子が言うには、王女の指は『白かった』らしいです」

「な」

「おそらくは、その鍛錬で作られた水を、飲み水などに利用しているんでしょうね」

「なんてこった……」


 テーブルの上に乗せられた、プライヴィアさんの手が震えてる。怒りを覚えてるんだろう。こう見えてものすごく優しいから、この人はさ。


 俺はそっと手を取った。せめて少しでも、怒りに我を失うことがないように、ね。


「安心してください。俺が――ってあれ? なーにやってんですか? 爪、ちょっと黒いのが出てますけど?」

「あー、その。気にしないでくれたら助かるんだけどね」


 ダイオラーデンよりも、こっちのほうが悪素は濃い。そういうことなんだろう。


「駄目です。『ディズ・リカバー病治癒』、『フル・リカバー完全回復』っと。これでいいでしょ」

「すまないね」

「いいえ、どういたしまして」


 ちょっと落ち着きを取り戻したんだろう。手の震えが止まってたよ。


「話を戻します」

「悪かったね」

「いえ。それでえっと、……俺と技術者の彼が思うにですね、その魔道具はあまりにも運用的に無駄が多すぎる。それで、俺が提案した魔道具を、今日から試作に入ってもらうことになったんです」


 もう一枚の簡易的な図面を見せる。上から落ちて、中に溜まって、解毒して、下に落ちるだけの、簡単な図だけどね。


「この方法なら、魔石の利用は最小限にできるんじゃないかという予想になってます」

「なるほど、必要な分だけ作用させる魔道具ということだね」

「はい、ここまでが2つめの報告です。これからが3つめ。最後の報告になります」


 俺はインベントリから、別枠で保存していたガラスビンの1つを選択。中身はロザリエールさんの生まれ育った集落の、先にある場所から取ってきたものが入ってるんだ。


「これは?」

「これが、悪素です」

「え?」

「正確には、地中にある水分を木が根から吸い上げて、根に溜まって濃縮された悪素という感じでしょうか?」


 明るいところで見ると、半透明のビンでも気味の良いものではないんだ。光沢はなく、半光沢の黒い何か。傾けるとガムシロップやはちみつのような、そう、焦げたメープルシロップのようなものが、どろりと流れようとするだけ。


「前に話しましたよね? ロザリエールさんの生まれ育った、集落の先にあったんです」

「あぁ、あの」

「はい。昨日、採取してきました。もちろん、怒られましたけどね……」

「まったく、馬鹿な子だよ」

「グラス一杯の水を、水だけ乾かしたとしても、目に見えるこれにはならないでしょう。悪素は元々、それだけ細かいものかもしれないんです。だから、あの魔道具である程度解毒できると考えられたのでしょう。同時に、ダイオラーデンには、王家、貴族家、神殿にそれなりの数だけ、回復属性魔法の使い手がいるとのことでした」

「ふむ」

「ある程度悪素を取り除いた水を飲み、弱い解毒の魔法でも時間をかけて治療にあたれば、悪素から逃れることができていた。それがダイオラーデンの王族、貴族だったのかもしれません」

「ふむ……」

「ですが、昨年末。財政が圧迫、魔道具の停止。自分たちだけが生き延びるため、勇者召喚に至った。俺は、そう考えています」


 プライヴィアさんは唸ることしかできなかった。そりゃそうだろう。初めて目で見るかもしれないんだから。


「これを水で薄めて、目に見える程度の濃い悪素の混ざった水にします。それを新しく作る魔道具と俺の魔法で解毒の効果を。勇者の、片方の女の子の力を借りて、解毒ができているかどうかの、検証作業を行うつもりでいます」

「これが、最後の報告です」


 ふぅ。今の時間が9時前。これから治療にあたれば、1日150人はいけるかな?


「タツマくん」

「はい」


 プライヴィアさんは立ち上がって、俺を軽々と抱き上げ、ぎゅっと抱きしめてから。


「ありがとう。よくやった。それでこそ我が愛しい息子だよ」

「……その、ありがとうございます」


 そうそう、忘れるところだった。


「セントレナとアレシヲンですけど」

「なんだろう?」

「足の指、真っ黒だったんですからね?」

「あぁ、すまない」

「俺じゃなく、アレシヲンに謝ってあげてください。知ってるんでしょう? 俺たちの言葉を十分に理解してくれてるって」

「約束する。ちゃんと謝っておくから、すまなかったね」

「ならいいです」


 ちなみにこのワッターヒルズには、5000人からの人が住んでるんだって。なるほどあっちの城下より大きいわけだよ。


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