第80話 帰ってきたぞワッターヒルズへ。
ちらっと明かりが見えてから、10分くらいかな? ワッターヒルズの上を、滑るように滑空するセントレナは、自分が降りるべきところがわかってるらしい。迷うことなく決まった場所を目指してるみたいだね。
ワッターヒルズの中央あたりに、ぽかんと広く開いてる場所があるんだ。おそらくここが、ギルドの厩舎。まさかこんなど真ん中に、牧場みたいなところがあるなんて思わなかったわ。ここからあの馬さんたちが、来てくれたわけね。
ふわりと軽やかに降りてくれるセントレナ。
「ありがとう。お疲れ様」
「ありがとうございます。セントレナさん」
『くぅっ』
ここって、ゴルフの練習場みたいな感じに、建物が弧になってるんだよ。あ、あっちから走ってくるのは、アレシオンじゃないか?
『ぐぅ』
『くぅ』
お疲れ様って言ってくれてるんだろうね。
「アレシヲンさん、こんばんは」
『ぐぅ』
「こんばんは、アレシヲン」
『ぐぅ』
彼の先導で、2人の厩舎へ向かってるみたいだ。うわぁ、めっちゃ立派な建物。あれ? どこかで見た覚えがある人がいるよ。
「ソウトメ様、ロザリアさん、お帰りなさい」
「お仕事お疲れ様、オーヴィッタ」
彼女はそう、オーヴィッタさんって黒森人族の若い女性。若いっていっても、俺より年上だよ? もちろんね。でもそっか、ここで働いてるんだ。
「こんな遅くまでお疲れ様」
「いいえ、そろそろ帰ろうかと思ったのですが、アレシヲンさんが走り出したので、もしかしてと思ったんです」
「そうだったんだ」
「はいっ」
「あ、そうだ。アレシヲンは晩ご飯食べたの?」
『ぐぁ』
「そうなんだ。じゃ、セントレナは厩舎についたらご飯にしようね」
『くぅっ』
すとっと軽やかに飛び降りるロザリエールさん。スカートを両手でふわりと持ち上げて、軽く会釈をくれた。
「タツマ様」
「ん?」
「あたくしは、一足お先にお屋敷へ戻らせていただきます」
「あぁそっか、お願いね」
「はい。かしこまりました。オーヴィッタ、タツマ様をお願いね」
「はい。わかりましたっ」
めっちゃ明るいな。さっきまで真っ暗だったから。電線が走ってるみたいに、細い管がずっと伸びてて、天井に明かりの魔道具があるんだよね。これは俺の屋敷と同じなんだ。
セテアスさんの宿は、間接照明みたいなのが壁にあったけど、ここまで明るくないんだよね。でも、明るいのはアレシヲンとセントレナの厩舎っぽい場所だけ。あとは暗くなってる。もしかしたらもう、馬さんたちは寝てるのかもしれないね。
『ぐぅ』
俺を見て、顔を寄せてくるアレシヲンの頬を撫でてあげる。
「アレシヲン、おやすみ」
『ぐぅ』
『くぅ』
『ぐぅ』
すたすたと、自分の厩舎に戻っていったアレシヲン。ほんと、迎えに来てくれたんだね。ありがとう。
「こちらがセントレナさんの厩舎です。私は受付で戸締まりを始めますので、お帰りの際は声かけをお願いしますね」
「うん、ありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
『くぅ』
「セントレナさんも」
手を振って戻っていくオーヴィッタさん。
馬さんと違って、セントレナたちの厩舎は、柔らかい布が敷いてあるんだね。俺を下ろすと、そこに伏せるセントレナ。
「よし、ちょっと待ってね」
『くぅっ』
俺はインベントリから器を三つ出した。ひとつは、パンをそのまま。ひとつは水を。もうひとつは、メインディッシュ。串の刺さってない熱々の串焼き。軽く塩をかけて、準備完了。
セントレナの前に肉と水を置いて。俺は目の前にどっこいしょと座る。
「食べていいよ、……ん? あぁ、ちょっと待って」
ナイフでパンを切って、そこに野菜、肉挟んでこうしてってこと? あぁ、口開けて待ってるわ。
「はいよ」
ぱくんと閉じて、もっきゅもっきゅ。美味しそうに喉を鳴らして、水飲んで。またあーん、だと? やっべぇ、可愛いよわ。
ほい、ほい、ほい、ほい。まとめてパン切り。野菜挟んで肉挟んで、ずらっと完了っと。
「はいよ」
『くぅっ』
まるで、お酒飲んでるロザリエールさんみたいだ。あっという間にパン10個、串焼き10人分ぺろっと食べちゃった。また買っておかないとなー。
『くぉっ』
「そっかそっか、お腹いっぱいか。とにかく、ありがとうな。ゆっくり休んでちょうだい」
『くぅ』
「また明日来るからね。それじゃ」
『くぅっ』
そのまま頭を床に落として、寝ちゃった。寝息なんて、ロザリエールさんそっくり。大人しいというかなんというか。
「さて、と、あ、こっちか」
「もう閉めてもいいですか?」
「うん。待たせてごめんね」
「いえ、これもお仕事ですから」
「それじゃ、コーベックさんたちによろしく。明日寄らせてもらうからって言っといてね」
「わかりました。おやすみなさいませ。ソウトメ様」
「おやすみ、オーヴィッタさん」
時間をみると、もう11時になろうとしてた。居酒屋さんっぽい飲み屋さんくらいしか、もう開いてないね。
くぅっ。
俺の腹かよっ。うあ、はらへった……。
久しぶりに帰ってきた俺の屋敷。明かりが点いてるね。ロザリエールさんだと思うけど、家に帰ってきて明かりが点いてるっていいよねー。
「お帰りなさいませ、ご主人様。セントレナさんはどうでしたか?」
「うん、ただいま。お腹いっぱい食べて、もう寝ちゃったよ」
「そうでしたか。お食事の準備、整っていますので、食堂へどうぞ」
「うん。ありがとう」
▼
いやー、うまかった。30分くらいしか時間なかったはずなのに、あんなにおかず多くて、パンもほくほくパリパリ。魚のあのマヨネーズ味のソースもうまかった。パンに塗って、これまたうまー。お酒を飲んでいまここ。
「あ、そうだ」
インベントリからスマホを取り出す。電源入れてすぐ。
『ぺこん』
『ついた?』
「『あー、はいはい。つきましたよ』、送信」
『ぺこん』
『たいへんだったのよー』
「『どしたの?』、送信」
『ぽぽぽぽぽぽ』
通話ボタンON。
『タツマおじさんー』
「どしたの?」
『いくらこっちに県条例がないからってさー』
「ん? 県条例?」
『保護条例違反なのよー』
「あーそっちの、ってことは」
『んもう、イチャコライチャコラ、ところかまわず抱き合って、チュッチュチュッチュ』
「あららら」
『事務官さんも、騎士さんたちも、さすがに気まずくなっちゃって。おかげでね、午前中の訓練終わって、お昼ご飯過ぎたらさ』
「うん」
『晩ご飯の18時くらいまでは、護衛も監視も寄りつかなくなった。自由に動けるのはいいんだけどね。さすがの麻夜もね、湖のところへ逃げちゃったくらい』
あー、抜け出せるってそういう意味だったんだ。
「そんな状態なんだ」
『今日なんて酷いのよ』
「どしたの?」
『ベロチューよ、ベロチュー』
「うわ、まじですかー」
『半径1メートル、2人だけの世界。それも中庭で、ですよー』
「公衆の面前で、まじですかー……」
それは俺もドン引きするわ。
『こっちではさ、15~6歳で結婚する人いるっていうじゃない?』
「あー、ダイオラーデンでは15歳が成人だっけ?」
『そうそう。でも我が姉ながら、ドン引きだわよ……』
「そりゃ俺だってその場にいたら、気まずくて居づらくなっちゃうわ」
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