第79話 久しぶりに感じる。

「ふぇーっ、速いね」

「はい。そのせいか、少しだけ寒いですね」

「いいよ、そのまま俺に寄りかかっても。ほら、しっかり顔近くまで外套を深く被って。うん、これでしばらくは大丈夫でしょう」

「あ、ありがとうございます」


 そう言うと、ロザリエールさんは俺に身体を預けてくれる。外套越しとはいえ、なんとなく温かく感じるのは気のせいか? それとも気持ちの問題か?


 照れついでにインベントリから、今朝方慌てて作った、セントレナ用のホットドッグならぬ、串焼きドッグを取り出す。


「食べる?」

『くぅっ』


 ややこちら側を向いたかたちになって、そのまま口を開けるんだ。そこに手を伸ばして串焼きドッグ食べさせる。セントレナは正面を向いて、咀嚼そしゃくした後に飲み込んだ。


『くぁ』

「はいはい。お代わりね。今日も5本しか準備してないから。あとはあっち着いてからね?」

『くぁ』


 水をボトルのまま傾けるように飲ませて、串焼きドッグを食べさせる。5本目食べさせて、水も飲ませてとりあえず一息かな?


「元気出た?」

『くぅっ』

「よし、じゃ、お願い」

『くぅっ』


 更に高度を上げ、風に乗ろうとしてるんだろうね。周りの景色が、背景になりそうな勢いで飛んでいく。


 たまに羽ばたいては、下がった高度を上げて維持する。ごく希に、上昇気流みたいな風に乗ってふわりと高度が上がる。動画かなにかでみた、鷹みたいな飛び方。


 それほど速度が上がらないのはきっと、ニワトリみたいなフォルムが空気の抵抗になってるんだろうな。それでも、馬車なんて比べものにならないほど速い速い。


 街道の真上を飛んでもらってるんだけど、街道の両側を囲む木々がかなり下に見えるんだ。木の高さの何倍ある場所を飛んでるんだろうね?


 遠くに日が落ちかけたことによる夕焼けが見える。後ろを振り返るともう、ダイオラーデンは見えなくなっていた。


「見える? ロザリエールさん」

「は、はい。とても、綺麗、ですねっ」


 外套の隙間から、外を見てる。高いところは苦手じゃないみたいだね。


『くぅっ』


 そうでしょう? みたいにセントレナも返事をしてくれる。


「すごいな、セントレナ」

『くぅ……』

「照れない照れない、お前のおかげなんだ。こうして、揺れることなく移動できるんだから。セントレナとアレシヲンと、2人に出会えて感謝してるよ。ね、ロザリエールさん」

「はい、いつも楽しいです」

『くぅ』


 たまに、翼の付け根に触れて『リカバー回復呪文』をかけておく。こうすることで、セントレナの身体に疲労が溜まりにくい。無理はさせたくないけど、常に飛んでるわけじゃないから、疲れるのは間違いないはずなんだ。


 気がついたら、ロザリエールさんから寝息が聞こえるんだ。いつも忙しそうに、あちこち調査に出てくれてるから、こんなときくらい寝かせてあげたい。ただ気になるのは、寒くないかな?


 もう冬だから、空の上は実際は寒い。けれどセントレナの首あたりが風よけになってくれるから、俺にもあまり風はあたらない。だからそれほど極端に冷えるって感じはないんだよね。


 確かに、これだけ静かに、それも揺れないで移動してると、なんだか俺も眠くなってくるんだよね。いや、まずいだろう? 万が一落ちたりしたら、俺は死んだりしないけど、ロザリエールさんも、死なせたりしないけどさ。果実水を取り出して、ちびりちびりと飲みながら、まさかセントレナの背中の上で眠気と格闘することになるとは思わなかったよ。


 空は徐々に暗くなってきた。もう地平線のあちら側に、日は沈もうとしてる。前後左右、どちらを見ても薄暗い。下をみると、街道がまっすぐ延びてるのはまだ見えるから確認ができる。


 時間はどれくらい? うん、午後の7時を回ったあたりだね。早いな、もう1時間か。ロザリエールさんはまだ寝てるみたいだ。弱い風切り音に混ざって、彼女の寝息が聞こえてくる。信頼されてるんだろうな、じゃないと寝られないもんね。普通。


「『リカバー』っと、冷えるとあれだから、ロザリエールさんにも『リカバー』っと」


 時折こうして、セントレナとロザリエールさんにリカバーをかける。一応、ダイオラーデンとワッターヒルズの間は十分、長旅の類いだからね。


 おそらくはこの街道沿いが一番近いんじゃないかな? だから最短距離とは誤差はないと思う。なによりセントレナに『ワッターヒルズへお願い』と指示を出しただけ。それで街道沿いを飛んでるってことは、このルートが一番近いってことなんだと思うわけよ。


 辺りはほぼほぼ真っ暗。かろうじて下の街道と林の区別がつくくらいかな?


「セントレナ」

『くぅ?』

「辺りは暗いけど、大丈夫なの?」

『くぅっ』

「そっか、引き続きお願いね」

『くぅっ』


 セントレナのような竜と、は虫類って違うのかな? たしかトカゲなんかはあまり目が良くないって何かで読んだ記憶がある。まぁ、セントレナはこう見えて竜種だから、トカゲなんかと比べちゃいけないと思うんだ。もしかしたら、ある程度夜目が利くかもしれないからね。


 気がつけば時間は、午後9時になろうとしてた。ダイオラーデンを出てからおおよそ3時間。どれだけ進んだか、GPSでも飛んでたらスマホで位置がわかるんだろうけど、さすがにそれは無理ってもんだわ。


「セントレナ」

『くぅ?』

「喉渇いてないか?」

『くぅ……』

「そっか、ちょっと待ってね」


 乾いてる、そう言ってるように聞こえたんだ。声の調子である程度、イエスかノーかはわかるようになってきたし。多分間違ってないと思うんだ。


 インベントリから水を出して、セントレナの口の付け根から直接傾ける感じに飲ませてみる。あ、振動がわかるわ。喉ならして飲んでる。


「もう少し飲む?」

『くぅっ』

「はいよ。どう?」

『くぅっ』

「喉渇いたら教えてね?」

『くぅ』

「それじゃ、頑張ってね」

『くぅっ』


 丸々一本水を空けちゃった。冬場でも喉は渇くんだな。セントレナにとっては全身運動だろうからね。


 セントレナの首元をなでなでしながら、ぼうっとしてた。相変わらず、俺の胸元からはロザリエールさんの規則正しい寝息が聞こえる。


 寒いけど、凍えるほどじゃない。定期的に、セントレナとロザリエールさんには『リカバー』をかけてる。俺は放っておいても、どうこうなるわけじゃない。


 ちょっとした長旅とはいえ、初めてダイオラーデンからワッターヒルズまで走って移動したあのときに比べたら、孤独じゃないから全然辛くなることはないんだ。なんとなく、胸元からはロザリエールさんの暖かさを感じるし、足からはセントレナの暖かさも感じる。


 時間を確認したら、午後10時を回ってた。今夜は快晴というわけじゃないけど、それなりに晴れてたはず。空を見ると、星らしき光があちこちに見える。それほど高い高度を飛んでるわけじゃないみたいだから、雲も見えるんだよね。


『くぅ』

「ん? どうしたんだ? 喉渇いた――あれ? なんだ?」


 遠くに明かりが見えるんだよ。まるであの走って移動した最後の夜みたいに。ただ違うのは、明かりが近づいてくる早さが半端ない。


「まさか? ワッターヒルズ?」

『くぅっ』

「まじですかー」


 まだ4時間とちょっとだぞ? 馬車で無理して走ってもらって丸2日だぞ? セントレナ、あんた半端ねぇな……。


「ロザリエールさん」

「んぅ? ん? あ、も、申し訳ございませんっ。寝てしまったのですかっ?」

「いやいや、それは別にいいんだけど、ほら、ワッターヒルズが見えてきたんだけど、まだ10時だよ? 4時間だよ? セントレナ、凄すぎるってば」

『くぅ?』

「ほ、本当ですか?」


 確か、馬車が6キロくらい、速くても時速10キロってどこかで? 単純計算で48時間×10キロって、直線距離で500キロ前後。仮に500キロとして、4で割って125キロ? 確か、ハヤブサが急降下で300キロ以上とはいえ、水平に飛んでる状態で100~110とか動画で見たぞ?


 ということはさ、まさかそれより速く飛んでる? いやいやいや、空気抵抗考えたら違うっしょ? いや、そうじゃなかったとしても100キロ近く出てるってことか。いやはや、まじですかー。


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