第78話 ダイオラーデン出張最終日。

 プライヴィアさんにも説明しておいたとおり、6日頑張って1日休むスケジュールになってる。だからこれから夕方まで頑張ったら、そのままワッターヒルズへ戻る予定。


 だからもう、俺の部屋にあった荷物と、ロザリエールさんの荷物はインベントリに格納済み。忘れ物はないと思うよ。多分ないと思う。あったらどうせ、セテアスさんがとっといてくれるだろうからさ。うん、大丈夫。


 朝食を食べ終えて、ロザリエールさんと少し打ち合わせした。その際、この国と王城まわりの簡単な見取り図が必要だからと言われて、俺がささっと仕上げてしまった。


 あっちの世界で俺は、いわゆるIT系のエンジニアだった。だから仕事柄、簡単な見取り図くらいは書くのは難しくはないんだ。けど、PCじゃなく手書きだったから、仕上がりが悪くて納得いかなかったんだけどね。


 ロザリエールさんはその見取り図と、ペンを持ってちょっと調べ物だって。終わったら、先にセントレナのところへ行ってるとのこと。


 受付には早くも、セテアスさんがいた。奥からはミレーノアさんも。


「今夜、立たれるのですよね?」

「はい。また戻ってきますけどね」

「ロザリエールさんに、よろしくお伝えくださいね。料理頑張りますって」

「はい。美味しかったですよ」

「ありがとうございます」

「それじゃ、いってきます」

「はい」

「いってらっしゃいませ」


 セテアスさん、ミレーノアさんに見送られて、俺は宿を出たんだ。そのままいつもどおり、ギルドへ向かう。治療を始める前に、支配人室へ。


「おはようございます」

「あぁ、おはようございます。入って、いいですよ」


 リズレイリアさん、微妙に混ざってるね。まぁ急にだから仕方ないけど。


「夕方、区切りのいいところで治療を終えて、俺とロザリエールさんはワッターヒルズへ戻ることになっています」

「そうなのかい、いえ、ですか」

「いいですよ。無理に修正しようとしなくても。俺だって困っちゃうから、ゆっくりでいいですって」

「そうかい? 何やら、エトエリーゼだけじゃなく、セテアスとミレーノアまで世話になってると聞いてるんだけどね」

「あー、ミレーノアさんはロザリエールさんのほうです。なんでも、お友達になったとか」

「そうだったんだね。セテアスは、あのとおりの子だろう? ミレーノアもあんなに良い子なんだ。だから、セテアスは気が利かないというかなんというか」


 ありゃま、けちょんけちょんじゃないのさ? セテアスさん。


「セテアスさんは、俺にとっても数少ない男の友人なので、そこまで言わなくても」


 そう言って苦笑すると、『すまないね』と笑ってくれる。評価はされてるみたいだよ、よかったねセテアスさん。


「1日休んで6日動くのはあっちに行っても代わらないので、また7日後に戻ってきます。今の調子だと、あと10日ほどで城下の人たち全員、治療を終えられると思うんですね。まぁ、ジュリエーヌさんとエトエリーゼさんが壊れるのが早いかもしれませんが」

「あははは。そうならないように、鍛えておくよ」

「はい。期待してます。夕方はこちらへ寄らないで帰ると思います。ではまた、7日後に」

「あぁ、待ってるよ」


 ドアを開けようとしたとき、走り去っていく音が聞こえた。


「仕方ない子だねぇ」

「あははは」


 多分、エトエリーゼさんかな?


 俺が通路を抜けて、受付裏とすれ違うときに、こっちを見て手を上げてたジュエリーヌさん。あんただったのね、聞いてたでしょう? 再来週(という表現がこっちの世界で正しいか、聞いてないからわかんないけど)大変だと思うよ?


 ホールへ戻ると、もう、最初の人たちが椅子に座って待ってたんだ。なるほど、ジュエリーヌさんが受付の中。エトエリーゼさんがホールで治療を受ける人たちの整理と、受付の補助。なるほど、よく考えたかも。これは効率良いかもだわ。


「さて、治療を始めます。そのまま、そのまま座っていていいですよ」


 ▼


 新・記・録、いやっほぅ。250人っすよ、250人。ジュエリーヌさんとエトエリーゼさんの連携がうまくいったのか、俺の時間待ちが少なくなって、午前中150人。午後100人ほど。俺は数えてないけど、ジュエリーヌさんがそう言ってた。


 これ、再来週で一息ついちゃうかもだね。場合によっては、こっち1週、あっち2週でもいいんじゃないかな?


 まぁ、水問題も早めに解決しなきゃだから、俺自身が忙しいのは変わらないだろうけどね。


「ジュエリーヌさん、エトエリーゼさん、お疲れ様」

「は、はい。死ぬかと思いました」

「死なない死なない」

「お疲れ様です。私ですね、あとで兄のところへ寄って、美味しくなったご飯食べて帰るんです」

「あー、あれは美味しくなった。うん。間違いないよ、この城下で一番かもしれないからさ」

「そうなんですか?」


 ジュエリーヌさんも食いついてくる。


「お酒は飲めないだろうけど、もしかしたら、おつまみは配達とかありかもだね」

「それはいいかもしれません。エトエリーゼちゃん、お願いしておいてくれる?」

「わかりました」

「それじゃ俺、今夜ワッターヒルズに戻るからさ、また7日後にね」

「はい。お気をつけて」

「はい。いってらっしゃい」


 見送られて俺はギルドの建物を後にした。『個人情報表示いつも』の画面の端にある時計は、午後5時半を表示してた。


 宿には戻らず、そのまま厩舎へ。宿直室の受付で挨拶して、通路をまっすぐ進む。ドアが開いていて、そこにはロザリエールさんが先に来てたみたい。セントレナの羽のブラッシングしててくれたんだね。


「お疲れ様でございます」

『くぅっ』

「ただいま、なのかな? ロザリエールさん、セントレナ」


 俺はインベントリから、ロザリエールさんの漆黒の外套を出して手渡す。俺用の外套も出しておいて、羽織る。


「ありがとうございます」

「もう、寒くなったし。空の上は、もっと寒いからね」

「たしかに、そうですね」


 セントレナはそのまま伏せていてくれる。こっちを見て、『乗って』という感じに『くぅ』と促してくれた。


「では、セントレナさん。お願いします」

『くぅ』


 先に、セントレナの背中に横座りになるロザリエールさん。


「よし、外に出よっか」

『くぅっ』


 俺が乗る前に、牧場側へ出なければならない。セントレナが出た後、俺は通路側の扉を閉めて、牧場側の扉を外側から鍵をかける。


 伏せて待っていてくれるセントレナの前に回って、首をぎゅっと抱いた。


「じゃ、ワッターヒルズまでお願い」

『くぅっ』


 ロザリエールさんの後ろにまたがる。俺の後ろにはまだ余裕があるみたいだね。あぶみに足を通して、ロザリエールさんを抱きかかえるようにして、手綱を手に取る。『個人情報表示』の画面、時間を見ると午後6時を回ろうとしてるね。


「よし、いいよ」

『くぅっ』


 ゆっくりと、本当にゆっくりと速度を上げていく。翼を広げて、軽い浮遊感を感じる。そこでセントレナは、少し強めに地面を蹴った。


 すると高さ的には、地面から4~5メートルくらいかな? すーっと気持ちよさそうに、湖を抜けていく。渡りきったあたりでは、前にロザリエールさんが教えてくれた、ワッターヒルズ行きの街道が見えてきたんだ。


 いつもの画面にある時間は午後6時前。まだ日は落ちてないから、遠くに夕日が見える。ゆっくり羽ばたくと、セントレナの身体は上昇を続け、今は街道に並んでいるポプラみたいな背の高い木の上、5メートルほどの高さを滑空してる。


 こうなると、周りには遮るものが何もない。後ろを振り向くと、湖の向こう側にダイオラーデンの城下が見える。それが徐々に遠ざかっていくんだ。


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