第75話 濃厚な味付け。

 椅子に座った俺の頭に、セントレナは顎をのしっと乗せる。けっして重たくはないんだけど、ちょっと温かい感じがするんだよね。甘えてるような気がするんだけど、もしかしたら俺よりももっと生きていて、俺をあやしてるのかもしれないんだよね。うん、見た目からはさっぱりわかんないよ。


 大きめの皿にパンを5個並べて、ナイフを取り出して真ん中に切れ目を入れる。そこに、青臭くないポリポリした食感の、俺も食べて美味しいと思える根菜を細切りにして入れる。肉ばかりじゃ偏ると怖いからね。その上に、ごろっとした味つけなしの串焼きを挟んで、軽く塩を振って完成。


「よし、これなら大丈夫だろうね。うぉっ」


 振り向いたら、大口開けて待ってるセントレナ。よくみると、よだれが垂れそうになってる。どんだけ待ってたのよあんた。


 インベントリからタオルを取り出して、口元を拭ってあげる。


「あのねぇセントレナ。おまいさん、女の子だろうに?」

『くぁ?』


 軽く頭を傾けてとぼけるみたいな声を出す。かなり頭はいいはずなんだから、本当にとぼけてるのかもしれないよ。すぐに大きく口を開けて、『くぁっ、くぁっ』と催促してくるんだ。


「はいはい。おまちどうさん」


 セントレナが実に美味しそうに咀嚼をしてる間、深めの器を出して水を少し入れておく。もちろん、俺たちが飲んでる水を2本くらいね。


 俺にも聞こえるくらいに喉を鳴らして、パンと肉を飲み込む。


『くぅっ』


 また大きく口を開けるんだよ。俺はまた、食べさせてあげるんだ。体高2メートルほど。しっぽを入れたら体長3、5メートルくらいはあるかな? これだけ大きくてもさ、すっごく人懐っこいんだよ。アレシヲンがいたときはそうでもなかったけど、きっとこの感じが素の性格なんだろうね。


『くぁ』

「はいはい」

『くぅ』


 このパン。20センチくらいある大きめのやつなんだけど。俺もひとつ食べたら結構腹が膨れる。軽くご飯を食べたあとにこれを5本食べるんだから、どれだけ我慢したたんだかね。


「お疲れ様です。タツマ様」

「お、いつの間に」

「お二人がなんとも仲睦まじいというか、見ていて心温まる感じがしたものでつい、お声をかけずに眺めてしまいました」

「あははは。あ、はい。ロザリエールさん」


 残った2本のパンをロザリエールさんに預ける。


「ありがとうございます。はい、セントレナさん」

『くぁ』


 ロザリエールさんの手からも、嬉しそうに食べるんだ。良かったよ、彼女にも慣れてくれてさ。全部食べ終わったあたりで、タオルで口元を拭ってあげる。


 俺はインベントリから、大きめの歯ブラシみたいな、馬鹿でかいボディブラシにも似たものを取り出す。セントレナの後ろに回ると、鞍をインベントリに格納して、背中をブラッシング。


『くぅ……』


 こうするとね、羽が綺麗になるんだよね。最近雑貨屋でみつけて、こうしてあげようと思ってたんだ。ロザリエールさんは両手で、セントレナの顎辺りをわしゃわしゃ撫でてる。何やら気持ちよさそうな声を漏らすんだよね。


「あ、セントレナ」

「寝ちゃいましたね」


 ブラッシングしてあげてたら、伏せたまま気がついたら寝ちゃってるんだ。ここは、魔道具で暖めてあるみたいだから、冷えるようなことはなさそうだから。起こさないように、俺たちは帰ることに決めた。


「また明日ね」

「おやすみなさい。セントレナさん」


 俺とロザリエールさんは、セントレナの背中を撫でてから厩舎を出ることにしたんだ。


 宿に戻って部屋に入って風呂場に入って、湯船で湯に肩まで浸かって一息ついて思い出した。そういやロザリエールさんに、あとで食堂に降りてきて欲しいって言われてたっけ。確か、ミレーノアさんに料理を教えるって話だったような?


「ふぅ……。風呂、湯船があるのは最高だよね」


 風呂から上がってきて、着替えて1階へ向かった。この宿、あちこちに暖房用の魔道具が使われてるみたいで、廊下も部屋も暖かいんだよね。だから湯冷めするようなことはない気がする。


 1階に降りてきたけど、あれ? 受付にセテアスさんがいないよ? 食堂かな? あ、あの背中、見覚えがあるわ。


「ソウトメ様っ」


 振り向いて、フォークくわえてこっち見てる。今にも涙を流しそうな表情。どうしたんだろう?


「どうかしたんですか?」

「この宿今よりさらに、お客さん増えるかもしれません」

「なんでまた?」

「この料理みてください。食べてください」

「あー。ロザリエールさんの料理だ」


 うん。使ってる魚は違うかもしれないけど、匂いも見た目もそっくり。屋敷で食べた、ロザリエールさんの料理だよ。


「はい。味が深くて、濃厚で、同じ食材を使っているとは思えません。妻には申し訳ないと思いますが、実に美味でした」

「基本は変わってないと思うけど」

「そうでございますね」

「あ、ロザリエールさん」


 厨房奥から姿を現したのは、話の中心、ロザリエールさんだった。


「はい。味付けはあたくしが教えましたが、料理はミレーノアさんが作られたのですよ」


 やっぱりね。盛り付けもここの料理っぽかったし。ロザリエールさんは『教える』って言ってただけだから。


「そうだったのですか。いや、嬉しい限りです。この味がうちで食べることができるだなんて、私はあっさりしたものも好きなのは好きなんですが、こう、濃厚なものも、1度食べてしまうと美味しくて美味しくて……」

「わかるような気がする。でも、こういう濃厚なものってさ、魔界の味付けだって聞いてるよ」

「そうだったのですね。それならワッターヒルズではもしや?」


 ロザリエールさんの料理のほうが美味しいんだけどね。


「うん。当たり前に食べられる味付けだと思うよ。ロザリエールさんの味付けは別格だけどね」

「そんな、褒めても何もでやしないって……」


 あ、珍しい。照れてるロザリエールさんだ。


「忘れてました、ソウトメ様も」

「そうだね。それじゃ、いただきます」


 うん。確かに、昨日までとは打って変わって濃厚な味付けだね。


 これはきっと川魚かな? 湖すぐそばだからね。淡泊だけど、かかってるソースがまた濃厚。骨も全部とってあるから、ほろほろの食感がまたたまらん。前に食べたことがある角切りの肉と根野菜の煮込み。これもまた、じっくりとろっとなっててうまいけど、味付けがロザリエールさんなんだ。


 お酒に合いそうな料理。けどパンが美味しい。そうだ、せっかくだから『ちょっと行儀悪いけどいいよね?』とロザリエールさんを見たら、苦笑してたよ。


「セテアスさん」

「は、はいなんでしょうか?」

「この煮込みの汁をさ、こう、パンをつけて、ぱくり、んーっ、うまい」

「ちょっとそんな行儀の悪い、でも……、うわ、美味しすぎます。伯母上に見られたら、怒られそうです」


 なるほどねー、リズレイリアさんは案外、しつけが厳しい系だったんだ。優しそうに見えるんだけどね。人はみかけによらないなー。


 それじゃそろそろかな? 料理も食べ終わって、ロザリエールさんも洗い物が終わって戻ってきたから。


「それじゃ、俺たちはそろそろ」

「本当にありがとうございました」

「これくらいなら、いつでも」


 ロザリエールさんとミレーノアさんも、仲良くなれたみたいだし。良かったと思うよ。結果的にね。


「ソウトメ様、ロザリエールさんを大事にしてくださいね?」

「あ、はい。そうします」


 何で俺に振るんだろう? まぁ、家族だし、そうするのが当たり前だから。


 そんなこんなで、俺の部屋に戻ってきた。時間はまだ夜の8時半を回ったところ。作業を少しするくらいはまだまだ大丈夫だね。


 インベントリから、ギルドでもらった紙を出して。ペンと、スマホも出してっと。あれ? なんだこれ?


「あれ? なんで100%なんだよ?」


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