第73話 彼女は優しいから。
4本目のお酒を飲み終わって、5本目を開けたときだったんだけど。あれ? ロザリエールさん戻ってこなくね?
いつもの画面の端、午後11時を回ったあたりだった。俺のドアをノックする音。
「はい」
ドアがそっと開けられると、そこには申し訳なさそうな表情したロザリエールさん。俺はきっと、駄目なお姉さんをみる目になってたんだと思う。
手招きをすると、ロザリエールさんは目を充血させながら入ってきた。あー、結構飲んでるんだね。
「……ごめんなさい」
「きっと、断り切れなかったんでしょう?」
「はい。本当に、ごめんなさい」
「手、貸して」
「はい」
俺はロザリエールさんの両手を、治療するときのように握った。怒られると思ったんだろうね。目をぎゅっとつむってる。
「『
これ実は、二日酔いだけじゃなく、酔いも醒ましちゃうんだよね。
「……え?」
「ちょっともったいないかもしれないけど、これなら明日、辛くないでしょう?」
「ほ、本当に申し訳ございませんっ」
その場でめちゃめちゃ深くお辞儀をして、逃げ帰るように部屋に行っちゃった。まぁ、仕方ないよね。ロザリエールさんは面倒見が良すぎるからさ。
▼
4日目の朝。俺が起きるより早く、ロザリエールさんはどうやってか俺の部屋に入ってきてたんだ。ここ、ワッターヒルズの屋敷じゃなく、セテアスさんの宿だよ? 鍵、どうやって開けたんだろう?
いい匂いがするなと思ったら、ワッターヒルズで食べてるような感じに似た、あそこまで品数は多くはないけど、見覚えのある朝食がテーブルの上に並べられてたんだ。
「おはようございます。ご主人様」
「あ、お、おはよう。うん、ちょっと顔洗ってくる」
「はい、いってらっしゃいませ」
うん、びっくりした。さすがとしか言いようがないけど、俺が寝てる間に、すぐそばでここまで用意できるとか、普通じゃ考えられない。けど、ロザリエールさんだもんなぁとしか言いようがないんだ。
顔洗って、まだまだ慣れない
「これ、どうしたの?」
「はい。1階へいきまして、ミレーノアさんから厨房と食材をお借りしまして、その代わりに今夜料理をお教えする約束になっていましてその……」
うん。俺の負け。素直に座ることにしたんだ。
「うん、昨日のあれでしょう? 気にしてないってば。それじゃ、いただきます」
「はい、その。ごめんなさい」
うんうん。久しぶりの濃いめの味付け。うまいなー。俺、ロザリエールさんの味、好きなんだよね。夜、教えるとか言ってたから、もしかしたらこの宿屋でも味の濃いのが食べられるようになるんじゃね?
「うんうん。俺、この味好き。うまいなー」
「あ、ありがとうございます」
「あれ? ロザリエールさんのは?」
「あたくしのはその、味見をしていて、ミレーノアさんと一緒に軽くですね」
「うんうん、なるほどね」
すでに軽く、朝食の味付けを教えてたわけね。きっと驚いただろうな。でもよくこっちの調味料で、この味出せるよね。それが料理ってもんなのかな?
「……ふぅ。ごちそうさまでした」
「はい。お粗末様でございます」
何はともあれ、食後にお茶が黙っていても出るのは、ものすごく贅沢だよ。お皿は借り物だったらしく、ささっと1階へ戻してくれたんだ。
部屋に戻ってくると、今度はお茶を自分の分も用意して、俺の向いにちょこんと座ってくれた。俺が食べ終わるまでずっと立ってるんだもの。別に俺、どこぞの偉い人じゃ、……あ、でもいいや。考えないことにしよう。そうしよう。
「きっとさ」
「はい?」
「ロザリエールさんは優しいから、色々と前から巻き込まれるタイプなんだろうなって、思ってたんだよ」
「ご主人様には言われたくありません」
「へ?」
「……聖人様」
「あーその、ごめんなさい」
「わかればいいんですっ」
そうだった。俺も人のこと言えた義理じゃないわ。
「それでさ」
「はい」
「王城の中は、潜入できるものなの?」
「はい。深夜でしたら多少は可能でございますが」
「すっげぇ」
「日中はさすがに、難しいかと思います」
「ですよねー」
「明後日戻られるのですよね?」
「うん、その予定」
「それでしたら、一度で構いません。空の上からこの国を見下ろして、見取り図を作りたいと思うのですが」
「あー、それならさ。えっと」
インベントリの中を覗いてみた。うん、あった。これは消えてなかったんだ。使うのはゲーム用途だったけど、UMPC買っちゃったからただのスマホになっちゃったこれ。
手のひらに出してみた。うん、電源は入るみたい。まだバッテリー100%だし。
「これは、なんでしょうか?」
「あ、これはね。こっちの世界でなら魔道具って呼ぶべきなんだろうね。あっちの世界から俺と一緒に飛ばされてきた、俺には当たり前の道具なんだ」
もちろん、アンテナは圏外。WifiもあるわけがないからOFFにして。BluetoothもOFFにして、ちょっとでもバッテリーの減りを少なくして、っと。
「これはね、こう見えても」
カメラアプリを起動して、シャッターボタンをタップ。すると『ぴろん』と力ない音がすると、画面が一瞬硬直。履歴から今撮った画像を出してと。
「こんな感じに、絵を残せるんだ」
俺が撮って見せたのは、俺のベッド。写るんだね、一応。ストレージも無駄に512GBだし。ほんと、無駄なウルトラハイエンドだよわ。
「……これは?」
「ちょっとごめんね」
オート設定だったフラッシュをOFFにして、今度はロザリエールさんを撮ってみた。履歴から、おー、美人さんだ。
「これ、どう?」
「あ、あたいだ……。なんでこれ? 魔道具?」
あらら、素に戻ってるよ。
「うん。俺がいた世界では当たり前の道具だったけど、こっちでは魔道具。けど、再現は誰にもできないかな? 一日は動かないだろうから、これで上空から国の写真を撮って、ここに帰ってきて書き写せばいいと思うんだけど」
とりあえず、インベントリに格納。バッテリーなくなると怖いからね。それにしても、本当に時間がゆったり流れてるか、それとも止まってるのか? 自然放電してないところみると、どっちかなんだろうね。助かったよ。
「いいや、まだ少し早いから、今のうちに行ってこよっか?」
「はい?」
「とにかくさ、着替えたいんだけど?」
「あ、も、申し訳ございませんっ」
慌てて部屋を出て行くロザリエールさん。俺はさっさと着替えを終える。
「ロザリエールさん」
『は、はいっ』
「準備できたから、行こうか?」
「はいっ」
俺たちは部屋を出て、セントレナのいる厩舎へ向かうことにしたんだ。
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