第70話 気をつけて帰ってください。

 リズレイリアさんから魔道書を預かって開いてみたんだ。相変わらず読めはするけど、ものすごく言い回しが古くさくて、くどくて、とにかくめんどくさい文章だよ。ぱらぱらとページを進めると、あれ?


「真っ白? なんじゃこりゃ? ……あ、そっか」

「なにかわかりましたか?」

「はい、たぶんこれ。俺が魔法を取り込んだ部分なんです。あ、これも。ここも。そっか。なんていうかその、ごめんなさい。俺のせいです」

「いいんだよ。その魔道書はもう君のだから。我が息子にこれだけの能力ちからを授けてくれたんだ――十分喜ばしいことだよ。そうだ。本国の私の部屋には、まだ数冊の魔道書が眠ってる。近いうち持ってくるからね」

「俺に読めるかは、わかりませんけどね」


 おそらくこの魔道書は、回復属性の持ち主でかつ、ある程度以上のレベルがないと読めないようにできてるのかもしれない。俺がたまたま、ここでは高位の使い手になっていたから読めたようなもの、かもしれないと思うんだよね。


「あぁ、構わないよ。読めなければただの古物こぶつに過ぎないからね」


 古物、なるほどね。どんな魔道書だって、読めなければ本でもない古いもの。


 俺は5日後の夕方、ワッターヒルズへ一度戻る。プライヴィアさん俺よりも先にはあちらへ帰ることになり、彼女のお見送りをするため一緒に厩舎まで歩いていく。


 厩舎の正面扉はもう開いていた。昨日の宿直の職員さんはもう帰ったんだろうね。日勤の人たちかな? あちこちから声と気配も感じられる。


 そのまま一番奥まで進むと、突き当たりの扉が見えてくる。プライヴィアさんは、自分の鍵を回す。鍵が開き、扉を開けるとそこには、白と黒の姿。黄色みを帯びた、黄金色の四つの目。


 アレシヲンとセントレナ。2人とも俺に気づいたのか、立ち上がり近寄ってきて、顔を寄せてくる。交互に俺の頭に顎を一度ずつ乗せると、頬を寄せてくるから両腕で抱きつくように挨拶を返す。


「おや? いつの間にこれほど仲良くなったのかな?」

「昨日、ロザリエールさんと一緒に会いに来たんですよ。そのとき、少しだけ仲良くなったんです。ちょっとごめんよ。後ろの扉を開けるからさ」


 素直に言うことを聞いてくれるセントレナ。名残惜しそうに頭にかみつこうとしてくるアレシヲン。そういや、あの馬車を引いてくれた馬さんたちも、回復してあれ以来すぐ仲良くしてくれたもんな。やっぱりわかるんだよ。人間同士じゃなくてもね。


 正面とは逆側。牧草地のある側の扉を開ける。湖が近いからか、それとも冬がすぐそこだからか、朝露に濡れた牧草が見える。そういや彼らは何を食べるんだろう?


「プライヴィアさん」

「なんだい?」

「2人は何を食べるんです?」

「あぁ、普通だよ。あまり濃い味付けにしてはいけないけど、私たちと同じ肉を食べるんだ。アレシヲンは、新鮮なものなら生肉も食べるけど。セントレナは軽く火を通さないと食べないね。パンやミルク、果物なども大好きだよ。お酒は飲んだりしないけどね」


 ほっほー。俺たちと同じような味覚をしてるってわけか。もしかしたら、あっちじゃなくこっちの淡泊な味付けならいけるのかもだね。


「それと、彼らはその、強いんですか?」

「あぁ、もちろんだとも。自分の身体より小さな魔獣ならば、子供扱いだよ。見ているこっちが気の毒になるほどにね」

「そうなんですね。アレシヲン、プライヴィアさんをよろしくね」

『ぐぁ』


 俺の声に応えて、何もしないでも伏せてプライヴィアさんが乗るのを待ってる。そうだよね、長い間あちこちのギルドを回った相棒だからだね。


「それではソウトメくん」

「はい」

「6日後にまた逢おうね」

「はい。実際は8日後なんですけどね」

「あははは。再会を楽しみにしてる、我が息子よ」


 俺を両手で子供扱いして、ぎゅっと抱きしめてくれる。こんな風にしてもらったのって、20年より前くらいだもんな。久しく忘れてたよ。


「必ず帰ります。俺はほら、殺しても死なないですから」

「あぁ、そうだったね。待ってるよ」


 まさに虎の女性ひと、という感じの豪快な笑顔。


「じゃ、行こうか。アレシヲン」

『ぐぅっ』

『くぅ』

『ぐぅ』


 アレシヲンとセントレナも挨拶を交わしてる。離れるのは慣れていても、見送るのは久しぶりだろうからね。


 勢いよく駆けだして、白い翼を広げる。軽く地を蹴り、ふわりと浮遊する。本来なら、ゆっくり滑空してまた地へ降りるんだろうけど、そのまま高度を上げていくアレシオンの姿が見えていた。


「ちょっと待て、お前どうしたんだい? あら? ちょっと、どうなってんの?」

「あははは。驚いてる驚いてる」

『くぅっ』


 そのあと少しだけセントレナと一緒にいて、ギルドに帰ってきた。ジュリエーヌさん、エトエリーゼさんの3人で、5分ほど治療室にて打ち合わせ。


 今日からはちょっと違う方法で治療をすることにしたんだ。別に手順は変わらないんだけど、治療室側のホールに椅子を5つ並べて、そこに悪素毒おそどく患者さんに座ってもらう。


 俺が移動するようにして、5人まとめて治療してしまおうということにしたんだよ。何せ治療に来た人の肩に触れて、『ディズ・リカバー病治癒』と『フル・リカバー完全回復』の2手で終わっちゃうんだからさ。魔素が切れないかぎり、可能だとは想ってたんだよね。


「わかりました。じゃ、準備しちゃおうか、エトエリーゼちゃん」

「はい、ジュリエーヌさん」


 俺はマナ茶を飲んで、『マナ・リカバー魔素回復呪文』をかけておけば準備は完了する。ホールに並んでいた人はまだ事情を知らない。ただぽつんと、用意された椅子に座って待っていてくれる。


「さて、今日も一日、頑張りますか」


 ▼


 夕方になって、今日のお仕事終了のお時間。なんと、今日1日で150人超えた。入れ替えの時間待ちが増えちゃって、俺が暇になるくらいだった。その分、ジュリエーヌさんとエトエリーゼさんがぐったりしてる。『リカバー回復呪文』かけたら、すぐに元気になったんだけどね。


 これ、慣れたら10日ほどで、この城下の人たち全員の治療を終えられるね。ワッターヒルズでも同じ方法をとれば、それなりに早くひとまわりできそうだ。あっちがこっちの何倍の人がいるかはわかんないんだけどさ。


 夕方戻ってきたロザリエールさん、何やらジュリエーヌさんと話をしてから俺のほうへやってきた。本当に、友達という感じの表情してたな。いいことだと思うよ、うんうん。


 宿に戻って食事を終えて、部屋に戻って俺はロザリエールさんから報告を受けてたんだ。


「あの集水升しゅうすいます、でよろしいのでした?」

「うん。こっちではそう言わないの?」

「いえ、あたくしが疎いだけかもしれません」

「うん、工事用の石材は、普通知らないで生きていけるから」

「ありがとうございます。さて、あの水の行き先ですが――」


 やっぱり、あれから奥には水路はなかった。湖から集水升側へ向けて、徐々に勾配が切られていたところから察するに、集水升の水が減っていけば、湖から自然と水が流れていくんだろう。


 俺が懸念したとおり、ロザリエールさんもさすがに水に潜ることはできない。だから予測でしかないけど、升の底から水を吸い上げる方法があったと思われるんだ。あの場所から湖へ水を戻すのはあまりにも不自然だし、その機構も見当たらない。


 魔道具の周りの水だけ解毒していたと考えるほうが自然なんだろう。俺たちはそう仮説をたてることにしたんだ。


 そういやあのケルミオットって執事のあれはどうだったんだろう?


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