第68話 魔石の価値。

 あのあと、1階食堂でごはんを食べて、俺は部屋に戻って魔道具を分解できないか調べることに。ロザリエールさんは、ちょっとストレス抱えちゃったから、酒場で飲んで気持ちを落ち着けてもらうことにしたんだ。


「よろしいのですか?」

「友達になったんでしょう?」


 あの夜ロザリエールさんは、酒場の店員さんメサージャさん、ギルドの受付ジュエリーヌさんと友達になった。年齢は倍以上違うが、酒好きという共通点もあって一晩で打ち解けてしまったと翌朝教えてもらった。


 あの店に行けば、ストレスを発散できるのは間違いないだろうし、女同士でしか話せないこともあるだろうからね。特にさっきのロザリエールさんは、落ち込みが激しかった。だから、放っておけない感じがしたんだ。


 『リア充だったらこんなとき、どうするんだろうな?』とは思うけど、俺にはどうしたらいいかわからないし。俺だったら酒飲んでぱーっと忘れちまうことが多かったから。


「はい、おっしゃるとおりでございますが」

「酒代もギルド持ちだから気にすることはないからね」

「いえ、それはどうかと、……ではお言葉に甘えまして、発散させていただきますね」

「うん。いってらっしゃい。俺もゆっくりしてるからさ」


 ロザリエールさんを見送った。彼女はきっと、生まれて初めての友達ができたんだろう。リアルじゃ俺には、あまり飲み歩くような友人はいなかったけどさ。家帰ってすぐ缶ビール開けて、MMOネトゲにINだったからな、……もちろんネトゲにはフレふれんどがいたよ? あいつらやあの子、どうしてるかな。連絡もなくINできなくなっちゃって、悪いことしちゃったな……。


 さておき。ロザリエールさんを1階へ向かう階段の手前で見送って、部屋の中へ戻って鍵を閉める。テーブル前の椅子に座ると、出しっぱなしになっていた、テーブル上の布地があることに気づいた。その上に再度、魔道具を取り出したんだ。


 さて、上から覗いても、横の水が出てくると思われる隙間から覗いても、中へのアクセス方法がとんとわからない。デスクトップPCの自作は結構やったけどさ、こういうネジもなにもないものを分解できるほどの技術は持ち合わせていないんだ。


 間違いなく木製だよな? 金属製だったら、こんなに軽いわけがない。水に沈めるものだから、錆対策も難しいだろうし、樹脂製ってこともないだろうな。ただ、木の表面になんらかの処理が施されてるのは間違いないと思う。水の中で腐るとどうにもならないからね。


 温泉と勘違いしたあの、湯を沸かし続けて、さらに循環までさせる魔道具もそう。屋敷にあった暖炉の中の魔道具も、厨房にある冷やしの魔道具もそう。魔道具がまさか、魔法陣ありきで動いてるとは思わなかったよ。


 魔法陣と言えば、リズレイリアさんから貸してもらったあの魔道書。あれにも『パルス脈動式補助呪文』なんかが刻まれてた魔法陣があったから。あの魔道書自体が魔道具というわけじゃないんだろうけど、魔法と同じ作用を再現させる魔法陣って、まだ探せばあるんだろうか?


 魔道書は外側は布っぽかったけど、中は紙だったはず。けどこの魔道具に刻まれているはずの魔法陣は、紙じゃないはずだ。紙は元々繊維のかたまりだから、水の中に浸かりっぱなしになってしまえば、ぐちゃぐちゃにふやけてしまって溶けるまではいかなくてもボロボロになるだろうから。


 そうそう。今日見た文飛鳥ふみひちょうだってそうだよ。あれは多分、木製じゃなく金属だと思う。じゃないと、速度にも湿気なんかの影響も、あらゆる抵抗にも魔道具を構成する素材自体がもたないはずなんだ。


 ということはだよ? この木製と思われる素材そのものに、魔法陣が消えないように刻まれてるとか? 例えばインクや、そうでなければ焼きごてなんか。彫刻刀みたいなもので彫って刻むとか、はたまた魔法陣を刻む魔法があるかもしれない。


 まぁ、魔道具に関してはド素人の俺がどうこう言っても話は始まらない。明日、ギルドでプライヴィアさんとリズレイリアさんに見せることになるんだし。それに万が一壊すのもあれだから、仕舞っておかないと駄目だよね。


 インベントリに魔道具を格納して、腕を組んでちと考える。『連続解毒効能魔道具』か……。そういやさ、ロザリエールさんの育った集落の先。あの木の根からにじみ出ていた悪素そのものの塊あったじゃないか?


 あれに俺、直接触れて『デトキシ解毒』一発、かましたんだけど。変化したような感じはまったくなかったんだよな。あの黒スライムみたいな物質が、濃縮された悪素だと考えたなら、見えない程度には解毒されてたのか? そうじゃないと、魔道具に『解毒効能』だなんて、名前がつけられることはないはずなんだよ。


 少なくとも、この普段から表示させ続けてる『個人情報表示』のシステムに、誤りはないと思うんだ。多少何かの原因で、バグったことはあったのかもしれないけどさ。じゃないと、あの16進数問題は説明できないからね。


 ロザリエールさんが飲みに出てから、30分くらいは経ってるかな? 少なくとも、メサージャさんはいるだろうから、旨いお酒と、楽しい話はできてるはずだよね。時間的にはもう、ジュエリーヌさんも来てるだろうから、いや、毎日はどうかわから――あー、ギルド持ちだろうからなぁ。俺の勘定に回してる可能性があるから、タダ酒だとわかりきっているなら、来てるんだろうな、きっと。


 こんこんと、ドアをノックする音。この叩き方は、ロザリエールさんじゃないと思うんだけど。


「どちら様?」

「本日はお楽しみでしたね?」


 あぁ、セテアスさんだ。


「あのねぇ、俺1人しかいないってばよ。どうやって楽しめばいいのさ?」

「わかっていますよ。少し前に、見目麗しいメイドさん、いえ、秘書さんのロザリエールさんからよろしくお願いされましたものですから」

「あぁ、気をつかわせちゃったのか」

「いえ、いつものことですから別に」

「いや、あんたじゃないよ、セテアスさん」

「えぇ、わかっています。何気にいつも、冷たいですよね」

「あははは」

「あははは。……妻がですね、受付を変わってくれるとのことですから、食堂になりますけど、一緒に飲みませんか?」

「あれ? 食堂にお酒はないって」

「私の個人所有もので構わなければ、ですが」

「あぁ、そういうことね」

「おつまみも、それなりに作ってくれましたので、どうでしょう?」

「それじゃ、お呼ばれしますかね」

「えぇ、ではお待ちしております」

「ありがとう、セテアスさん」

「いえいえ」


 驚いた。奥さんのミレーノアさん。食堂のご飯も、このおつまみも薄味淡泊な味付けなんだけど、案外お酒にも合うんだ。おごられてばかりじゃ悪いから、一応、買い置きのお酒も出して、ゆっくりまったり飲むことになったんだ。


 セテアスさんは、俺にとって歳の近い男性の友人でもあるし。なにより、リズレイリアさんの甥御さんだっていうし。ギルドにお世話になってるもの同士、仲良くしたいもんだね。


「それじゃ、乾杯」

「えぇ、これからもよろしくお願いします。乾杯」

「こちらこそ」


 ▼


 翌朝、時間になっても出てこないロザリエールさんを迎えに行くと、この世の終わりのような顔色した彼女に遭遇。


「……申し訳ございません。つい、ですね」


 楽しかったんだろうね。遠慮されちゃう方が、かえって辛いから。


「いいって、はい。お手を拝借」

「ごめんなさい」


 『デトキシ』一発で二日酔いが治る。チートだよね。……俺? 俺は寝る前にかけといたからさ、『デトキシ』をね。


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