第66話 夜のお散歩?
『くぅう?』
「うん。準備オッケーだよ」
「は、はい」
『くぅ』
セントレナは、ゆっくりした歩調で歩きだした。
『くぅ?』
「うん、大丈夫」
「は、はいっ」
俺たちの言葉に反応するように、少し早めに走り始めた。あくまでも『軽く走ってる』ようにしか思えないのに、馬の倍以上の速さは出てる。それなのに、ほとんど揺れない。
セントレナは、ばさりと翼を広げた。あまり長くはないけれど、羽がしっかりと揃っていて、綺麗な翼だね。俺たちが乗せられているところは、肩より前あたりなのかな?
すこしだけ跳ねた。すると、ふわりとした浮遊感を感じる。
「あー、これが滑空してる状態なんだ」
『くぅ』
「そ、そうなんですか?」
「うん。あ、ロザリエールさんは高いところ苦手じゃないんでしょう?」
「はい。好きか嫌いかと問われたなら、嫌いではないと答えると思います」
好きといえるほど、あまり高い場所へ行くことがなかったってこと? 俺たちはビルや塔、陸橋や飛行機なんかで高いということを知ってるけど、こっちの人はそうでもないのかもしれないね。
あれ? 翼をゆっくりと上下してるってことは、軽く羽ばたいてるのかな? それだけで、少し高度が上がったような気がする。すごいな、いつまで経っても地面に落ちないんだけど?
『くぅっ』
音もなく、徐々に、徐々に高度を上げていき、気がつくと、厩舎を軽く見下ろす高さまでになっていた。
「ほら、ロザリエールさん。下、見てみて」
「はいっ。……あら? セントレナさんは、羽ばたくのが苦手だと聞いていたのですが?」
『くぅ?』
「俺もそう聞いたけど」
すぃーっと滑空して、ぱたぱたと羽ばたいての繰り返し。力強くというより、無理なくという感じ。ゆっくりとだけど、少しずつ高度が上がってるように見えるんだよ。
「あ、セントレナさん」
『くぅ?』
やっぱり、俺たちの言葉、理解してるよこの子。いや、彼女かもしれない。もしかしたら、俺なんかより年上かもしれないんだし。
「あそこへ降りることは可能でしょうか?」
『くぅっ』
すーっと、音もなく高度を下げていく。湖沿いにある、大きな建物とその敷地内に小さな建物。
「あれ、もしかして?」
この間潜入した、お貴族様閣下の屋敷?
「はい。あの屋敷です。セントレナさん、あの湖沿いにある、一段落ちたあたりに降りていただけますか?」
『くぅっ』
すぅーっと降りて、最後は急制動などせずにふわりと停止。前に登った擁壁みたいな壁。その2段目あたりかな? 幅は3メートルくらいある感じ。
それにしても、辺りが暗くなってるからか、セントレナもロザリエールさんも目立たないね。俺くらいじゃない? 少しの明かりでも目で見えそうなのは?
「セントレナさん、伏せてもらえますか?」
『くぅ』
「ありがとうございます。ここで少し待っていてくださいね。ご主人様、あたくしについてきてくださいまし」
「あ、うん。セントレナちょっといってくるね」
『くぅ』
夕日がもう落ちてしまった後だから真っ暗ではないにしても、かろうじてロザリエールさんの後ろ姿が見えるくらいかな。俺より頭一つまではいかない程度に背の低い彼女だけど、進む姿は迷いがない。今回も行き当たりばったりではなく、考えがあってのことなんだろうと思えるんだ。
少し進んだあたりでロザリエールさんが立ち止まった。振り向いた彼女が、俺に手招きをしてる。
「ここ、見えますか?」
「はい?」
左が湖で、右が擁壁を上がればこの間の屋敷と離れがある。ロザリエールさんが指さすところには、水路のようなものが走ってる。暗いからわかりにくいけど、表面が光ってうねっているから、間違いないと思うんだけどね。
「この先に小さな貯水池があります。そこに、例の魔道具が2つ沈められているんです」
あぁ、なるほど。ここにあの『魔石中和法魔道具』があるわけだ。
「じゃ、いってみよう」
「はい。ご案内いたします」
一段降りた場所を右に折れて、1メートルもないあぜ道のようなところを進む。20メートルも行かないあたりに、2メートル四方ほどの
これか、ロザリエールさんが貯水池って言ってたのって。確かに水路はここより先へ伸びてない。雨水なんかが流れ着いて、ばかでかいグレーチングがはめ込まれてる
「ここです」
右手で俺を制し、左手の人差し指を立てて、何やら『ごにょごにょ』と何かを唱えるロザリエールさん。すると俺たちの頭上から周囲に至るまで、半球状の何かが覆うように現れた。そのあと彼女は、スカートから何かを取り出す。細い棒を左手に持つと、その先に光が灯り、升の中を照らしてるんだよ。
「ロザリエールさん、それ――」
「あまり時間はかけたくないので、見てください」
「あ、はい」
集水升には50センチほど下がったあたりに水面があった。その下、2メートルくらい底に、箱状のものが二つ沈んでいるのが見えてきた。これだけ深ければ、確かに貯水池だわ。
「あれが件の魔道具です」
「なるほど、固定されてるわけじゃなさそうだけど、深いな……」
「えぇ」
「かといって、潜るわけにもいかないよね。だってこの水、城下の皆さんが飲んでるわけでしょう?」
服全部脱いだって俺のダシが染み出るかもしれない水を、冗談でも飲んでもらうわけにもいかない。
「そうですね……」
「水は電気だって通すんだから、魔素も通すはずなんだけど。なら、こうして指先で触っただけで、『格納しよう』ってあ……」
「あら?」
目の前から、ひとつ消えた。格納できちゃったの? インベントリを覗いてみたら、なんだよこれ?
「あれ? 『連続解毒効能魔道具』って何さ?」
「なんです? それ」
あ、そういうことか。
「あのね。俺が持ってる空間属性魔法ってさ、格納するとその格納したものに対してね、強制的に名称をつけるんだ。客観的ないかにもという感じの名前をね」
「そうだとするならですよ? これは、中和の魔道具ではなく」
「そう。俺が使える回復属性魔法の『
魔道具に触れてる水なんかを身体に例えて、微量な悪素を解毒し続ける。なるほどね、多少は減るだろうけど、あまり期待はできないかも。……あ、もしかしたら、身体に蓄積されるようなものじゃなく、もっと細かいものならある程度は解毒が効くのか?
「あたい、……騙されてたんだね」
あぁ、ショックが強すぎたのか、口調が戻っちゃってるよ。こっちの口調も、俺は好きなんだけどね。
「ロザリエールさんが悪いわけじゃないんだから。とにかく、宿に戻って、詳しく見てみようか?」
「あ、あぁ、……そうしましょう」
混ざってる混ざってる。まだ引きずってるっぽい。なんか、ごめんなさい。
元来た道なき道を戻って、セントレナの元へ戻ってきた。
『くぅ?』
セントレナの声は、『もういいの?』という感じに聞こえる。
「うん。もう終わったから、戻ろうと思う。ロザリエールさん、先に乗ってもらえます」
「あ、あぁ、済まない」
んー、引きずってるな。今日も飲みにいってもらったほうがいいかもしれないね。
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