第65話 ちょっと寄り道。

 カチリと音を立てて鍵が開いた。ゆっくりとドアをあける。そこにいるのは、伏せたままこちらをじろっと見る白い羽根のアレシヲン。黒い羽根のセントレナは、立ち上がってこちらに歩み寄ってくる。


「ちょっとまって、セントレナ」


 セントレナは、ぴたっと足を止める。


「セントレナ」

『くぅ?』


 あれ? 俺の言ってること理解してるとか、そんなファンタジー展開はないよね?


「君たちもさ、プライヴィアさんたち同様、水を飲んだりご飯を食べたりするよね?」

『くぅ』

「それならさ、ちょっとごめんね」


 俺は足先を軽く持ち上げてもらう。ニワトリやエミューだっけ? あのダチョウ並みに大きな鳥。あの足にも似てる感じがするけど、前3本の指に、後ろ1本の指。そこに爪があるんだね。


「んー、アレシヲンみたいにさ、ちょっと伏せてくれる?」

『く?』


 素直に伏せてくれた。ロザリエールさんが手持ち無沙汰かな? と思ってたら、裏側に回って、セントレナの背中さすってる。気に入ったのかな? もしかして。


「そのままさ、軽く身体をあっちに傾けてくれるかな?」

『くぅ?』


 やっぱりこの子たち、俺たちの言葉を理解してるよ。綺麗に足の裏が見えるような姿勢になってくれた。


「ちょっとだけ我慢してね?」

『くぅ』


 俺はその場に両膝をついて、セントレナの足の指へ顔を近づけてじっと見る。するとやはり、予想通りだった。


「セントレナ」

『くぅ』


 俺は黒ずみの部分をそっと押す。


「ここ、痛くない?」

『…………』

「怒ったりしないから。どう?」

『くぉお……』

「あー、やっぱり痛いんだ。アレシヲンはどう?」


 俺は振り返ってアレシヲンを見ると、俺から視線を外すようにしてひとつ声を漏らす。


『ぐぉお』


 おぉ、男らしい声。というより、セントレアと同じような声だしてるじゃん。


「やっぱり痛いんだ。うん。ありがとう。伏せた状態に戻っていいよ。セントレア」

『くぅ』


 どっこいしょという動きで、もとの位置に戻る。


「ごしゅ――タツマ様。この子たちはもしや?」

「うん。悪素毒おそどくの影響がかなり強いみたいだね。きっと長生きする子なんだと思うよ」

「やはり」

「そうだね。彼らだって、ごはんを食べるし、水も飲む。水浴びだってするだろうし。そうしたら、ワッターヒルズよりもあっち側は、悪素も濃いだろうから。強いとされる竜種、……あってる?」

「はい。大丈夫ですよ」

「うん。その竜種であっても、悪素の被害は避けられない。俺はそう思ったんだよね」

「ちょっとセントレナは待っててね。あちこちプライヴィアさんを乗せて旅をしてるアレシヲンからにしていいよね?」

『くぅ?』

「大丈夫。すぐ戻るからね」


 俺はセントレナの側から離れると、伏せている白い羽根のアレシヲンの側に膝立ちになった。


「じゃ、始めようか。『ディズ・リカバー病治癒』、……で悪素毒を除去して次に『リジェネレート再生呪文』、で風切り羽やすり減った関節なんかも復元させるようにイメージしてっと。最後に『フル・リカバー完全回復』で完了、っと。アレシヲンさ、ちょっと立ってみてくれる?」


 アレシヲンは身体に感じる違和感があるんだろうね。あちこちを見回して、最後にセントレナを見るんだ。すると『くぁ?』と軽く首をひねる。要は『私じゃわからない』と言ってるかもしれないね。


 ゆっくり立ち上がるアレシヲン。翼もゆっくりと広げる。おぉ。立派な白い翼。綺麗だね。


『ぐぁああああ?』


 なんだこれ? って言ってるのかな?


「もしさ、調子よくなったんならね、帰りにプライヴィアさんを、ちょっとでも驚かせてあげたらいいよ。『こんなに元気になったんだよ』みたいにさ」

『ぐぁ』


 俺の頭に顎を乗せてくるアレシヲン。確か『信頼の証』みたいなものだっけ?


「喜んでくれたら、俺も嬉しいよ。じゃ、次はお待ちかねのセントレナの番だね?」

『くぁ?』

「うん。大丈夫。俺も以前、自分の身体を治したことがあったから、安全性は十分に確認済みだからね」


 俺はセントレナの側に座った。両手をついてフルコース。


「それじゃいくよ。『ディズ・リカバー』、『リジェネレート』、『フル・リカバー』。よし、完了。立ってごらん?」

『くあぁあああ?』

『ぐぁあ』

『くぅ、くぁあ』


 喜んでくれてるのかな? それならいいけどさ。


「タツマ様、今のはどのような?」

「あ、そっか。ロザリエールさんには見せたことあるけど、説明はまだだっけ?」

「はい」

「これはね、再生呪文っていって、酷使した箇所なんかを治療して、文字通り再生するんだ」


 ロザリエールさんの手を握って、同じように魔法を行使する。


「『リジェネレート』、『フル・リカバー』」

「あら? あらあらあれれ? なんですこれ? 身体が軽い。まるであたいが、狩りを覚え始めたあのときのようだわ。これならご主人様へ、もっといい勝負が……、いや、なんでもない、ございますよ」


 ありゃま。口調まで戻っちゃってる。相当、驚いてくれたんだろうね?


『くぅっ、くぅっ』


 俺の背中を口先で押してる。何だろう? 反対側? あぁ、そういうことか。


「こっちの側は、ガレージみたいになってるんだ?」

「ガレージ、ですか?」

「んー、さっきの入り口よりも広く開くはず。この子たちは多分、こっちから入ってきたんだと思うんだ」


 俺は鍵穴のある、観音開きのドアに鍵を挿す。くるりと回して開ける。


「あぁ、なるほど。こっちは、牧場みたいになってるんだ」

「そういう造りだったのですね」


 日が落ちかけていて、空があかね色に染まってる。そのうち、漆黒になるんだろう。外に出ている馬はいないようで、まるで貸し切りの状態だね。


『くぅ』


 外へ出て、その場に伏せるセントレナ。


「乗れって言うの?」

『くぉ』


 よく見ると、鞍は広くなっていて、横座りにも耐えられるようになってる。あぶみもついてるから、安定も良さそうだわ。


「乗っていいってんなら、乗せてもらおうよ? ロザリエールさんは前に、横座りで」

「こう、でございますか?」

「うん。俺はその後ろに座って、鐙に両足を乗せて、と」


 安定感が凄い。これなら多少揺れても、怖くないかも。セントレナの喉元から、胸元まで覆っていた装具から手綱が伸びている。軽く握って、準備完了ってやつか? やっば、前からいい匂いがしてくるよ……。


「よ、よし、いいんじゃない?」

「は、はい……」

『くぅ』

『ぐぅ』


 振り返るとアレシヲンは、厩舎から一歩も出ようとしない。見送ってくれるみたいだね。自分で扉を軽く動かして、閉まってるような感じに戻しているし。かなり頭良いよ、この子たち。


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