第60話 まじですかー。

 無言で朝食を食べ終わり、お茶を入れてもらってひと息ついた瞬間。


「先ほどは大変申し訳ございませんでした」


 座ったままだけど、テーブルに額がつくんじゃないかというくらいの勢いで頭を下げるロザリエールさん。大声にならない程度だから、セテアスさんも奥さんもこっちを見て微笑んでるんだけどー。


「だからそれはもういいんだ。許します。許すからちょっとごめんねロザリエールさん」

「はい……」


 そんなに恨めしそうにみないでってばよ。


「セテアスさん」

「はい、なんでしょう?」

「奥さんの手、どうなってる?」

「はい。以前、私と妹の翌日に治療していただきましたが?」

「ごめん。ちょっと指を見せてもらってもいいかな? 水仕事してるってことはさ、影響が大きいかもしれないから」


 確か奥さんだけじゃなく、セテアスさんも水仕事があるからやや辛いとか、エトエリーゼさんが言ってたんだよ。それなら奥さんはどうなんだ? セテアスさんより水仕事の機会が多いはずだよね?


「わかりました。ミレーノア。ソウトメ様が呼んでますよ」

「はいはい。なんでしょうか?」


 うん。セテアスさんより拳一つ身長が大きい。丈夫そうな奥さん、ミレーノアさんって言うんだね。


「ロザリエールさん、手を確認してくれる?」


 先に彼女に見てもらった方が、ツッコミを入れられないでいいかと思ったんだよね。


「なぜあたくし――あぁ、そういう意味でございますね」


 なんと聡明なロザリエールさん。俺の意図するところを察してくれた、……あれ? 少し拗ねたような表情してないかい?


『あたくしだって、いつも心配し……』


 何やらぶつぶつと文句を言われてます。俺、なんかしたかな?


「タツマ様が、懸念されていた通りです。昨日見せていただいた、メサージャさんより進んでいるようですね。ミレーノアさん、痛かったでしょうに?」

「いえいえ。以前の痛みと比べたら、これくらいどうってことないんですよ」


 そう言って笑顔を見せるミレーノアさん。きっと嘘ではないんだとは思うけど。


「セテアスさん、出入り口のドア閉めてくれる?」

「はいっ」


 慌てて出入り口へ向かうセテアスさん。俺が何をするか、なんとなくわかってくれたなだと思うよ。


「ソウトメ様、大丈夫です」


 扉を両手で開いてしまわないように持ったまま、そう答えてくれる。


「うん。ごめん、すぐやっちゃうから。ミレーノアさん、お手を失礼します」


 俺は両手のひらを上にして、彼女に差し出す。


「あらぁ、そういうことでしたのね。夫から今日あたりお邪魔するように言われてはいたのですが、申し訳ありませんね」


 両手を受け取って、ロザリエールさんを見る。ひとつ頷いてくれるんだ。ギルドの治療室は別として、ロザリエールさんの前ではあまり積極的に女性の手を握る姿を見せるのはよろしくない。そういう意味で、今回の対応はよかったんだろうね。


「いいんですよ。『ディズ・リカバー病治癒』して、『フル・リカバー完全回復』で完全回復っと。はい、いいですよ」

「何から何まですみません」

「美味しいご飯ありがとうございます。そのお礼も兼ねてますから。セテアスさん、いいですよ」

「はい。ソウトメ様、私からもありがとうと言わせてください」


 二人に見送られて俺とロザリエールさんは出勤となった。


 ここのギルドはワッターヒルズの本部と違っていて、入り口が開け放たれてる。あっちだとさ、俺が近づいただけでクメイさんがドアを開けちゃうんだよね。あれ結構、慣れてても慌てることがあるんだ。ロザリエールさんも見る度に、苦笑というか呆れてるんだよね。


 さて今日も元気に、頑張りましょうか。


「頑張りましょう――」

「会いたかった、我が息子よっ」


 ギルドの玄関をくぐって、ホールに入った瞬間、何か大きな物体に抱き上げられたんだ。それはまるでプロレス技の『ベアハッグ』、いや、ここは『タイガーハッグ』なのかな?


「……へ?」

「だ、だいじょう――プライヴィア様ではありませんか……」


 とても残念そうなロザリエールさんの声。そこでやっと、大きな物体が冒険者ギルドワッターヒルズ本部の総支配人、プライヴィアさんだということがわかったんだよね。


「ぷぷぷぷ――ぐはっ」


 あ、息ができない。気絶する、する、多分する、あ、駄目だった……。


 ややあって意識が戻った俺。治療室のベッドに寝かされてた。


「あ、知ってる天井」

「何をおっしゃってるのですか?」

「いや、『お約束かな?』って思ったんだけど、知ってるからどうしようかと」

「たまに、タツマ様が何を考えられているのか、理解にくるしむことがございます、ね」

「あはは」


 今の状態は死んでいた訳じゃないから、『リザレクト蘇生呪文』がかかったわけじゃなさそう。でも『個人情報表示』の画面が消えてる。これって意識を失ったら消えるもんなのか? よくわかんない仕様だよね。とにかく再表示させると、生命力が残り一割になってないじゃないか?


 ってことはやっぱり、気絶か。これはなんとかしないとまずいな。まぁ、万が一誰かに捕らえられたからといって、例の『反転術式』を組み合わせたら、なんとか逃げ出せるとは思うんだけどさ。


「さておき」


 俺はベッドの側に座って、俺をのぞき込んでるプライヴィアさんを見て、呆れるように言ったんだ。


「なんでプライヴィアさんがいるんですか?」

「いや、ソウトメ殿が来いと言ったのではないかね?」

「それはそうですけど、連絡したのって、昨日の夜ですよ?」

「あぁ。だからね、君が言うところの『奥の手』を使ってやってきたんだよ」

「奥の手?」

「あとで紹介してあげるよ。きっと君を気に入ると思うからね」

「『俺が』じゃなく、『俺を』ですか?」

「まぁそれはあとにしよう」

「あ、忘れてました。さっきの『我が息子よ』ってどういう意味ですか?」

「あのときは急いでいただろうから、話してあげられなかったね。悪かったよ」

「いえ、その、構いませんけど。というよりどういう意味ですか?」


 ロザリエールさんを顔を見たんだけどさ、『仕方ないですね』みたいな、少し困ったような表情をしてるだけ。


「ソウトメ殿――いや、タツマくん」

「はい?」

「君は今日から『タツマ・ソウトメ・ゼダンゾーク』を名乗ること、いいかな?」

「はい?」

「私たちには子がいないから、君がゼダンゾーク家の跡取りということになるんだね」

「へ?」

「同時に、黒森人族さんたちまで、私の縁者となるわけだ。目出度いとしか言いようがないね。どうだい? 『ロザリア』さん」

「えぇ、我々にとっても、更なる大きな後ろ盾ができるのは、喜ばしく思います……」

「いやいやいや。ちょっと待ってよ。なんでそんな話になってるのさ?」


 プライヴィアさんの息子? 公爵家の跡取り? さっぱり状況がつかめないんですけど。


「わかりやすく説明してあげようね」

「はい。とにかく俺の頭でもわかりやすく、お願いします」

「いいだろう。話は簡単だよ」

「はい」

「国の行く末を左右するような、全権大使の役目をね、利害関係も何もない子に任せると思うかい?」


 ロザリエールさん、渋々頷いてる。


「まぁ、この国と争ったからといって、せいぜい火傷をするかしないか程度だと思うのは事実なんだけどね」


 エンズガルド王国ってどんだけ強いのよ。あ、そだ。


「プライヴィアさんの旦那さんは、何と言ってるんです?」

「いや、うちのダンナにはまだ話はしていないよ」

「へ?」

「私が当主だからね。決定権は私にあるんだ。だから別に問題はないと思うんだ」


 俺、お母さんができました。まじですかー……。


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