第59話 酒と女性と女性と女性。
「美味しゅうございました」
「うん。あっさりしてるけど、これはこれで美味しかったね」
「はい。お世辞抜きでここまであの状態で……」
ロザリエールさん、ちょっとお
そういやここの料理をしてる女性、若くて元気が良くて、セテアスさんの奥さんなんだってさ。結婚して二年目だって。リア充じゃないか? それなのに、あれだけ俺をからかってたんかい? 爆発してくれ、セテアスさん。
――さておき。
「セテアスさん」
「なんでしょう?」
「ばくは――いや、この食堂ってお酒出たっけ?」
「いえ、ありませんが」
「やっぱり。それならあの酒場に行くしかないんかな?」
「そうでございますね。あのお店ならば、ギルドの支払いになっていますからね」
「そっか。なら久しぶりにメサージャさんにも会わなきゃだね。心配だし」
「ご――タツマ様。もしや、件の『女性に接客していただける酒場』のことでしょうか?」
「いや、別に、いかがわしい場所じゃないんだ。セテアスさんもよく知ってる店だし、ギルドでもって……」
なんだかロザリエールさん、機嫌悪そうだよ。ネリーザさんの名前を初めて出したときと同じような、いや、あそこまでじゃないけど、複雑そうな表情してるし。
「それじゃさ、ロザリエールさんも一緒に行く?」
「よろしいのですか?」
何やら
「だから、いかがわしい場所じゃないし、やましいことも全くないんだってば」
「そこまでおっしゃるのでしたら、お供させていただきます」
セテアスさん、奥さんまで何ですかその、生暖かい眼差しは? まぁとにかくこうして、俺とロザリエールさんは一緒に酒場へ行くことになったんだ。
ダイオラーデンにいたときは、週に一度はギルドの支払いでただ酒を飲みに来ていたこの酒場。こうして木製のドアを開けると、よくある酒場とはちょっと違ってしっとりとした雰囲気と比較的明るめの照明。
いつものように、そんなしっとりムードをぶち壊すかのように、元気の良い従業員さんの挨拶があるんだ。
「「「「「いらっしゃいませっ」」」」」
ほらね。皆さん声を揃えて挨拶してくれるんだ。
「店長さんお久しぶりです」
年配の細身の男性。50くらいかな? 渋いんだよね。シェーカーは振らないけど、お酒の注ぎ方はものすごく上手い。
「ここがそうなのですね?」
「ほら、ギルドの制服そっくりでしょう? いかがわしい感じも全く――」
「タ、タ゛ツ゛マ゛さ゛ーん゛」
カウンター越しに涙をだばだば流すのは、俺の飲み友達のひとりで、メサージャさん。
「はいはい。生きてましたよ。ジュリエーヌさんから聞いてたでしょう?」
「き゛い゛て゛ま゛し゛た゛け゛ど、し゛ん゛じゃ゛っ゛た゛と゛お゛も゛っ゛た゛ん゛です゛よ゛ー」
「タツマ様、タオル、よろしいですか?」
「あ、うん。はい、どうぞ」
俺はインベントリからタオルを取り出して、ロザリエールさんに手渡した。すると彼女は、メサージャさんの目元を優しく拭ってあげてる。
「良い女は、崩れるような泣き方をするものではありませんよ?」
「は゛、は゛い゛っ゛」
ややあってメサージャさんが泣き止んで、ボックス席へ呼んで一緒に飲むことになったんだ。俺の無事を祝して『乾杯』、しようとしたところで、なんと、ジュエリーヌさんがお客さんとしてやってくる。
結局、俺、ロザリエールさん。向かいに、メサージャさん、ジュエリーヌさんが座って乾杯して飲み始めた。
この場で
「そうそう、タツマさん。知ってましたぁ?」
ずいっとテーブルを乗り越えるように迫ってくる、お酒の入ったジュリエーヌさん。ロザリエールさんもそこそこ飲んでる。もちろん、メサージャさんも。
「な、何のことかな?」
ジュリエーヌさんが、グラスに入ったお酒を飲み干してテーブルの上に置くと、お酒が入ってるはずのメサージャさんは流れるようにお酒を追加する。まぁ、ここの支払いはギルドがするからいいんだけどね。
「リリウラージェちゃんがですね、結婚退職したんですよぉ」
「それはずるいですね」
「えぇ、ずるいですね」
ジュエリーヌさんの言葉に応えるように、メサージャさんとロザリエールさんも『ずるい』と言うんだよ。
「えぇ。ずるいですよね。それでですね、お相手がですね」
「うんうん」
「えぇ」
「ギルドに出入りしている、
皮革商というのは、冒険者が討伐した獣や魔獣の皮を買い取る商人さんらしいね。俺はお世話になったことないから。あ、でも。治療はしたと思うんだ。もしかして、あの人かな?
「それはずるいですねっ」
「確かに抜け駆けとも言えるでしょうね」
メサージャさんとロザリエールは、がっつり握手しながらジュエリーヌさんに同意してるんだ。正直言えば、前もそうだったけど、俺、話についていけません……。
――あれから二時間くらい経って、俺、カウンターで飲んでます。不憫に思ってか、店長さんがたまに話しかけてくれるけど、仕事があるからずっとというわけにはいかない。だからぼっち状態で飲んでます。
ロザリエールさんは62歳とはいえ、年代的な比率でいうと人間に直せば俺と同じくらいになるのかもしれない。だからかな? ジュエリーヌさんと、メサージャさんと、意気投合したらしいんだ。
『女性だけの秘密の話も出るでしょうから、タツマ様は申し訳ないのですが、あそこで飲んでもらえますか?』みたいな内容を、呂律が若干ヤバそうな状態で諭されて、今ここという状態。ボックス席を見ると、楽しそうな表情のロザリエールさん。あの表情は、屋敷で俺と飲んでたときのと一緒。
ロザリエールさんが楽しめているなら、それでいいやと俺はちびりちびりお酒を飲み続けた。
▼
翌朝、久しぶりにやっちまった。頭ガンガン、吐き気はするし。体中がだるくて仕方がない。
「『
チート過ぎるとは思うけど、飲んでるときに使うと、もったいないことになりそうだよね。何せ、身体に残るアルコールなんかも毒素として認識、消し去ってしまうのがこの呪文だから。
顔洗って歯磨いて。虫歯になっても治せるからって放置とかしないよ? 人前に出る仕事してるから、そこはきっちりしないとね。寝間着から着替えて、準備完了っと。
「あれ? いつもなら迎えに来るくらいの時間のはずなんだけど?」
最近出しっぱなしにしてる『個人情報表示』の謎画面。その端にある時計を見たんだ。すると時間は午前7時半。そろそろ食堂で朝ご飯食べて、ギルドに行かなきゃまずいんだけど。
「仕方ない。たまには俺が迎えにいきますか」
俺は部屋を出て鍵を閉める。隣の部屋の扉をノック。すると、……ゆっくり開いたドアの隙間から見えたのは、漆黒の寝間着姿、目の下に隈のようなものを
「……ご、しゅじん、さま。申し訳、ないのですが」
「どうしたの?」
「お酒に、飲まれてしまいました……」
お酒に飲まれた? あぁ、二日酔いなのか。あれだけ飲めば仕方ないけどさ。ロザリエールさんでも、やらかすことがあるわけだね。うんうん。
「ちょっと手を出してくれる?」
「はい……」
「『デトキシ』、……ついでに『
みるみるうちに、明るい表情になっていくロザリエールさん。
「ほ」
「ほ?」
「本当に、申し訳ございませんっ。今すぐに準備いたしますので」
「あぁ、慌てなくてもいいよ。下でお茶飲んで待ってるからさ」
バンッと音を立てて、慌ててドアを閉めるロザリエールさん。可愛らしい表情だったな。
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