第58話 セテアスさん、再び。

 リズレイリアさんと、明日からの治療などの予定を打ち合わせしてる間に、エトエリーゼさんはセテアスさんに俺たちのことを伝えてくれたみたいだね。


 俺とロザリエールさんを、ジュリエーヌさんとエトエリーゼさんが見送ってくれる。この時間でギルドの支部も営業終了のはず。夜になると、やっぱりかなり冷える。あの日はここまで冷えなかったけど、このくらいの暗さだったんだよね。


 今現在も、『パルス脈動式補助呪文』と『リザレクト蘇生呪文』は循環し続けているんだよ。もう何日目かな? ずっと『ディスペル解呪』で停止させてないからね。


 だから俺を殺すことは、この国の誰にもできないはず。それに、ロザリエールさんもいるんだし。彼女に勝てる人もおそらくこの国にはいないと思うんだ。


 もちろん、俺を守ろうとしてロザリエールさんが危ない目に遭っても絶対に助ける。油断はしないけど、俺の魔法は信じることにしてるから。


「今はあのときとは違うか」

「どうかされましたか?」

「いや、状況って変わるんだなってこと」


 湖を見ながら、何が起きてもいいように、気持ちの準備だけはするようになったんだなと、俺自身に少しばかり驚いたね。


 ただ、こんな俺よりも、普通に暮らしてる人たちのほうが、何倍も危ない目に逢い続けてるのは納得できない。俺もこの国の何かに巻き込まれた、ロザリエールさんも巻き込まれた。朝也くん、麻昼ちゃん、麻夜ちゃんも巻き込まれた。本来俺が考えることじゃないんだろうけど、少なくとも俺は抵抗できるから、行動しなきゃいけないんだろうな。


 そんなぐちゃぐちゃなことを考えていたら、あっさりとセテアスさんの宿に到着してたよ。受付には彼がしっかりと待ってるみたいだ。こっち見て、嬉しそうな表情してるし。


「お帰りなさいませ、ソウトメ様。先ほどは『お楽しみでしたね?』」

「そのこじつけ、無理矢理だと思わない?」

『あはは』


 俺とセテアスさんは同時に笑ってしまったんだ。


「失礼しました。ところでお連れの美しい黒森人族の女性は、もしや」


 あれ? セテアスさんは、ロザリエールさんのこと黒森人族だってすぐに見分けることができるのか?


「うん、か――」

「奥様でしょうか?」

「え?」


 そうきたか? てかそれは、突っ込みすぎじゃないのか?


「セテアス様には、そのように見えますか?」

「あ、いえ、その、……軽口を叩いてしまい、申し訳ありませんでした」

「いえ、そう見ていただけるのは、あたくしとしても悪い気はしませんので」

『ソウトメ様、た、助けてくださいよ? 外でもご一緒ということは、執事さん? それとも、秘書さんなんですか?』


 こっそり小声で助けを求めてくるセテアスさん。失敗したと思ったんだろうね。フレンドリーもやり過ぎるとこう、しくじることがあるってことか。


「大丈夫。とても優しい女性ひとだから、怒ったり、……しないと思うよ」


 ロザリエールさんを見ると、苦笑してるのがわかるんだ。


「怒ってるかもしれないじゃないですかーっ」

「大丈夫大丈夫。セテアスさんはさ、身元のしっかりしてるリズレイリアさんの甥御おいごさんなんだから、最悪彼女に文句を――」

「ど、どこでそれを?」

「ん? リズレイリアさん本人からだけど?」

「そうだったん、ですかぁ……」


 受付カウンターに突っ伏してるセテアスさんを見てツボったのか、ロザリエールさんがくすくす笑ってる。よかったね、セテアスさん。


「それで、俺たちはどこに泊まればいいんです?」

「そうですね、……どういたしますか?」

「何が?」

「一部屋がいいですか? それと――」

「二部屋でお願い。……『いかがわしいことはお断りしているので、気をつけてください』、でしょ?」

「ですよねー」

「それで?」

「はい。以前お泊まりいただいていた部屋が空いております。その隣の部屋も用意してありますので」

「用意?」

「はい。エトエリーゼから伯母上の文がありまして、そこにしっかりと」

「なるほどね」

「では、これが鍵になります。お代は伯母上に請求いたしますので」

「あははは。それは変わらないわけね」

「はい、ではごゆっくりお休みくださいませ」


 俺はセテアスさんから鍵を受け取ると、ロザリエールさんを見て、階段を指さした。彼女はひとつ頷いて察してくれたみたいだね。


「ソウトメ様」

「ん?」

「『いかがわしいことは』」

「はいはいはい」

「冗談でございます」

「エトエリーゼさんに文句言うよ?」

「それだけはご勘弁を。妹はその、結構きっついので。『伯母上も……』」


 最後の言葉。エトエリーゼさんだけじゃなく、リズレイリアさんにも小言を言われるわけか。


「それじゃまたね」

「はい。ごゆっくり」


 階段を上って、いつも帰ってた部屋の前に立つと、なんだか懐かしい感じがしてくる。俺は、鍵と部屋の番号を合わせて鍵を開ける。しっかりと掃除が行き届いたなじみの部屋が視界に入ってきた。


「ロザリエールさん、これ、部屋の鍵」

「ありがとうございます。ところで、ご――いえ、タツマ様」


 ご主人様って言いそうになって、言い直したんだね。そう呼ぶのは、なるべく屋敷と黒森人族の宿舎だけにするって、彼女も言ってたからだろう。


「どしたの?」

「あの、夕食はどういたしましょうか?」

「……あ、すっかり忘れてた」

「お仕事に懸命なのは良いとは思います。ただほんとう、あたくしがついていないと、駄目なタツマ様なんですね……」

「なんていうか、ごめんなさいです」


 目を見合って、笑いがこみ上げてきて、つい、ここが外だということを忘れそうになった。


「と、とにかくさ、昨日、風呂に入ってないじゃない?」

「そ、そうでしたね」

「部屋にも風呂あるからさ、入ったら、下の食堂でご飯食べよう。ちょっと薄味だけど、それなり以上に美味しいからさ」

「そうしましょうか」


 俺はインベントリに入れておいた、ロザリエールさんの着替えや部屋着などが入った、大きめの革鞄を取り出して渡す。もちろん、タオルや彼女が気に入っている石けんなんかもね。


「では、あとでお呼びに参ります」

「うん、それじゃあとでね」


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