第55話 治療再開。
受付カウンターを離れて、毎日のように利用していた治療室のドアを開ける。するとそこは、俺がいたときのままになっていた。
机があって、そこを挟んで椅子が二つ置かれてるだけ。元々は治療といっても、包帯を巻いたり、せいぜい添え木をする程度。壁に備え付けられている、クローゼットのような棚には応急処置をするためのものが色々置いてある。
酷い怪我をしたときは、神殿へ行くことになるらしいんだけど、いかんせん利用の際の寄付金が高いとのこと。だからもっぱら、冒険者に自分の怪我を治せる程度の、低いレベルの回復属性持ちに依頼をしていたそうだ。
ただ、その冒険者たちのレベルはせいぜい一桁らしく、軽い擦り傷や切り傷はまだいいが、骨折などの酷い怪我になると、回復を促す程度にしかならなかった。それでも、毎日少しだけ魔法を使ってもらい、治るまで待つのが普通だったと聞いてる。
そんなとき俺が現れて、どんな怪我でも銅貨10枚で請け負ってしまうものだから、冒険者からの信頼を勝ち取るのは難しくはなかった。『どうしたらそんなふうになれるのか』と質問されたけど、俺は素直に『努力と根性』だよと答えたら、呆れられたっけね。
奥の椅子にどっかり座って、『個人情報表示』。するといつも見慣れた、目の前に投影されるゲームのステータス画面に似た表示が現れる。インベントリからマナ茶を取りし、一気飲みしてまたインベントリにしまうと、改めて『
今でも常に、『
定期的に『マナ・リカバー』はかけてるから、本来なら『リザレクト』で減った分がじわりじわりと魔素が戻っているのが見えるんだけど、マナ茶で重ねがけ状態になるから、おおよそ10秒ごとにちょっとだけ減る魔素残量が、面白いように戻っていくね。
準備を終えてホール側を見る。するとそこには、こっちを恐る恐るのぞき込むジュリエーヌさん。
「大丈夫だよ。怒ったりしないから」
「本当ですか?」
「ほら、さっさと治しちゃおうよ。お酒飲んでも、痛くない日がくるからさ」
この国に住む人は誰も悪くないんだ。もちろん、ジュエリーヌさんだってそうなんだから。
悪い奴は他にいる。だからそいつらに責任を取らせるための証拠を、ロザリエールさんが集めてくれているんだ。俺は彼女を信じて、辛い目に遭ってる人を治療するだけ。
「はいっ。お願いします」
うん。素直なのはいいことだと思う。
「えっと。とりあえず『
目に見えるように、ずいっと黒ずみが短くなって消えるんだ。
「……うん、黒ずみはなくなったね。それじゃ仕上げに『
「あ、ありがとうございますっ」
「はいはい、いいからいいから。とにかくね、ここにいる人たちの治療の履歴は控えていってね? いつ誰を治療したか。それが残っていたら、いつ治療しなおせばいいか、判断ができると思うんだ」
「はいっ、わかりました――あ、タツマさぁあああん」
どうしたんだろう? 急に困ったような、少し怒ってるような表情になってるし。
「ど、どうしたのかな?」
「あのですね、リリウラージェちゃんが、結婚退職しちゃったんですよぉ……」
「ありゃま。それで、まぁなんだ」
残念だったね、とでも言えばいいのかな? いやそうじゃないんだろうけど。
「はいはいはい。ジュエリーヌさん、お仕事お仕事ですよ。次は私です。私だってタツマさんにお話あるんですから」
「わかってますよ、……もう」
ぶつぶつ言いながらも、受付に戻っていくジュエリーヌさん。入れ違いに入ってきたのは、同じ受付の新人さんでエトエリーゼさん。
あれ? けどこの子やっぱり、誰かに似てるんだよな? 確かに見覚えあるんだよ、どこの誰だったかな?
「それじゃ、手袋を――」
「改めまして、兄がお世話になっております」
「はい? え? お兄さん?」
誰? 俺と近しい男性って、いたっけか? するとエトエリーゼさんは、一度下を向いて、くいっと見上げるように俺を見るんだ。そこでニヤッとわざとらしく笑って見せるんだよ。
「『昨晩はお楽しみでしたね?』――」
「あぁああああっ!」
思わず俺は、指さして叫んでしまったんだよ。
「ひっ」
「ごめんなさい。そうだ、面影があるの、当たり前か? セテアスさんだ」
誰かに似てると思ったら、セテアスさんだったんだ。うん、確かに目元が似てる。声まねも少し似てたような気がするわ。
「はい、そうです。セテアスの妹で、エトエリーゼです」
セテアスさんとは、このダイオラーデンでお世話になってた宿屋の若店主のこと。毎度毎度からかわれては、気持ちよく送り出してもらったっけ。
そうなんだよ。彼がいて、彼にあの酒場を教えてもらって、あそこでメサージャさんに出会って、俺が役立つことがあるって気づかせてもらったんだ。ある意味、恩人のひとりだったりするのかもしれない。
「なんとまぁ、セテアスさんに妹がいたなん、……あーそういえば、一緒に治療に来てた子がいたっけ?」
「はい、それが私でした」
「なるほどね。ま、とりあえずここは、セテアスさんは置いといて」
俺は何かを持ち上げるような仕草をして、横にスライドさせるようにして、置くジェスチャーをしたんだ。
「よく兄が言ってました。優しい人だけど、結構自分には冷たいって」
「あははは、よくわかっていらっしゃる。……あ、手、見せてくれる?」
「すみません、すっかり忘れてました」
やっと先に進めたよ。話に乗った俺も悪いんだけどね。
「どれどれ。あぁ、ジュエリーヌさんと同じくらいか。『ディズ・リカバー』して、よし。『フル・リカバー』。これでしばらくは大丈夫でしょ」
「はいっ、ありがとうございますっ。……前は何がなんだかわかりませんでしたが、タツマさんがどれだけ凄いか、ジュエリーヌさんに教えていただいたので。改めて、凄いなと思いました」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
「では私も、ジュエリーヌさんを手伝ってきます」
「うん、お願いね」
ぺこりとお辞儀をして、エトエリーゼさんは戻っていった。なるほどねー、セテアスさんの妹だったんだ。ほんと、驚いたわ。でもなんで、宿を手伝わないんだろうね? ギルドとも付き合いのある宿だったはずだし。
「はい、次は君だって言ったよね?」
俺は部屋の外にいた男女二人組の、男性の方を指さした。
『ほら、呼ばれてるわよ』
『いや、でも俺行っていいのか? お前のが先じゃないの?』
『いいからさっさと行きなさいよ。あなたが終わらないと、私の順番が来ないでしょう?』
小声だけど聞こえてるよ。まるで先生に注意される順番を、押しつけあってる生徒みたいだね。
「ほら、そこのお兄さんから、あとがつかえてるんだから、さっさと来る」
「は、はいっ」
照れ隠しというか、かっこ悪いと思ってるのか。渋々座るんだけど、椅子に手をついたとき凄く痛そうするんだよ。
「ちょっとごめんよ。『
「あ、本当に痛まない。すげぇ……」
二十代半ばくらいの冒険者だと思われるお兄さん。同じくらい? 少し年上? くらいの、気の強そうな女性と一緒みたいだね。
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